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臥遊―時空をかける禅のまなざし:2 /慶應義塾ミュージアム・コモンズ

承前

 展示室に入る前に「展覧会の巡りかた」が。本展の鑑賞にあたっては「トリセツ」が用意されているのだ。

1週目は自由に、2周目は解説冊子を手に

会場内には最低限の作品情報しか掲出していません。臥遊(絵画の世界に想像を巡らせて遊ぶ)してください

 慶應義塾ミュージアム・コモンズの展示では、ほぼ毎回、作品図版や解説を掲載した小冊子が無償で配布されている。
 デザインも凝っており、研究活動にもとづく情報がびっしりの内容。ふつうにお金がとれるくらい、というかこちらから「払いますから……」と申し出たくなる出来で、いつも恐縮しながらいただいていた。
(そういえば、今回の展示作品の半分くらいがもともと所蔵されていたセンチュリーミュージアムも、同じ方式だった)

 今回は、1周めの最後に係員さんからお声がけがあり、希望者にB5判・40ページの小冊子が手渡される方式(PDFも選択可)。2周めは、解説を読みながら鑑賞してくださいねというわけだ。
 本展に出品されているほとんどの絵画には、賛文が付されている。また絵画以外は、墨蹟や漢籍といった文字ものであった。
 文字や書は、絵画以上に感覚的に楽しむハードルが高いものだが、小冊子にはていねいな解説が載り、本当の意味で画中に分け入ることができた。
 いっぽうで、賛の漢文と解説を見比べると解説のボリュームがかなり多く、ひとつの文字や言外に広がる世界の広大すぎることに、軽くめまいを覚えてしまった。今回ばかりは、心強い助っ人におんぶにだっこだ。逆に助けがなければ、到底このような解釈にはたどり着けまい……
 ただ、おもしろい文字・美しい文字というのはたしかにあるはずで、それらを造形的に鑑賞することはできよう。これはどうだろうか。

①相変わらずの、くせ字。角度は悪いが至近距離で撮影=’AJourneyThroughPainting’ Exhibition by KeMCo

 毛色を変えて、こちら。

②ちまっとしていて、脱力感があって、いい
=’AJourneyThroughPainting’ Exhibition by KeMCo

 このような調子で、1周めでは考えすぎずに、絵を観るつもりで字を観ればいいということだ。かろうじて判読できる数文字から文意を推測するのも楽しかろう。
 ①は《中峰明本筆尺牘》(元時代・13世紀  慶應義塾)。「笹の葉書き」といわれる、この人特有の筆。

 ②は、部分図を前回ご紹介した秀盛《楓橋夜泊図》(室町時代・15世紀  常盤山文庫)の上半分・賛の部分である。

秀盛《楓橋夜泊図》(部分  室町時代・15世紀  常盤山文庫)=’AJourneyThroughPainting’ Exhibition by KeMCo

 絵に関してはいわずもがな、書よりはだいぶ感覚的にいけるわけだが、賛のある画は、詩書画を一致させてはじめて完結するもの。2周めで賛を交えて鑑賞すると、見え方がまったく違ってくる。
 ②《楓橋夜泊図》でいえば、唐詩を踏まえた世界観をもつこと、宴のあとの侘しさを吟じていること、夜の情景であり、梵鐘の音が響きわたっていること……これらは、絵のみを穴が開くほど見つめても、読み取るのは困難だ。賛文の解釈は不可欠といえよう。
 本展の「トリセツ」に従えば、1周めで得たみずからの受け止めを、2周めで答え合わせすることができる。
 画賛の楽しみに触れられる点はもちろん、ゆっくり・じっくりと、余裕をもって絵を玩味する大切さにも気づかされる、すばらしい取り組みだと思った。(つづく


鎌倉・円覚寺にて


 ※慶應義塾ミュージアム・コモンズの展覧会レポ。


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