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〈新春スペシャル〉2023年の鑑賞「落ち穂拾い」:4

承前

■鴎外の食 /文京区立森鴎外記念館(7月9日)

 森鴎外は、なにを食べていたのか?
 よく知られる好物が「饅頭茶漬け」だ。

 高校生の時分、興味本位で再現したことがある。同じく米と餡を使った「おはぎ」があるくらいだから、“甘いご飯” への抵抗感さえ取っ払ってしまえば、そう違和感はない。もっとも、違和感がないというだけで、あえて一緒に食べなくてもいいかなという感じだったが……
 こちらの食品サンプルをはじめ、鴎外や身近な人びとが書き残したなかから、食にまつわる記録を集成する本展。
 饅頭茶漬けはともかく、基本的に素食を好んだ点には、幕末生まれの明治人、さらに医師としての質実剛健さがみえるいっぽう、来客にはロールキャベツを出し、外食は精養軒など高級レストラン。宮中での陪食も。渡欧帰りのハイカラさや政府の要人、斯界の重鎮としての一面をうかがわせる。森家に残されたレシピの再現、鴎外が食したであろう店のメニュー表なども興味深かった。
 ポスターに使われたかわいいイラストは、鴎外の直筆。食膳の形式や作法を記した冊子からの抜粋で、近世の文書を写したものと思われる。たどたどしくも、鴎外のきまじめさが伝わってくるほほえましい絵であった。

奇しくも当日は、101年めの鴎外忌。遺言書の実物も拝見できた


■北斎 大いなる山岳 /すみだ北斎美術館(8月25日)

 一時より落ち着いたとはいえ、登山やキャンプはまだまだブーム。「山ガール」の呼称もすっかり定着した感がある。
 葛飾北斎といえば《冨嶽三十六景》だが、富士山の他にも、各地の名山を描いた作が多数存在する。山ガールだという担当の学芸員さんこだわりの企画である。
 面目躍如といえるのが、キャプションに付されたひと口メモ。実在の山を描くものに関して、じっさいはどんな山なのか、たとえば「初心者でも登りやすい」といった豆知識を得ることができる。
 栃木県足利市の行道山を描く《諸国名橋奇覧 足利行道山くものかけはし》(すみだ北斎美術館)。実景と比べてみると、あながちデフォルメともいいきれない断崖絶壁ぶりである。標高も低く登りやすいというから、訪ねてみたくなった。

 もちろん《冨嶽三十六景》からも複数枚が登場。
 これらを含めて関東近郊の山が多く、北斎の絵とひと口メモを契機として、思わず山へ繰り出したくなる展示であった。


■ステレオ写真に浮かび上がる幕末・明治の日本 Part2 /日本カメラ博物館(9月3日)

 半蔵門ミュージアム「堅山南風《大震災実写図巻》と近代の画家」とともに訪問。
 幕末・明治の日本を撮影した古写真の展示であるが、会場のようすはちょっと特殊だった。
 壁には同じような写真が2枚ずつ左右に並べられており、鑑賞者はオペラグラスに似た「ビューアー」を両目で覗きこんで、それらを観る。ビューアーの目盛りを絞ってピントを合わせていくと……左右の写真が中央でひとつに重なると同時に、立体的に見えてくる!
 これが「ステレオ写真」である。
 被写体は伊豆・下田や江戸・東京の風景が中心で、現在の風景を思い浮かべながら違いを楽しんだ。
 風景に写りこんだ当時の人びとや、労働者が主題となった作品も興味深い。風景と違って、演出(ヤラセ)が多いのだろうが……それも含めて、撮る側がなにを求めてカメラを向けたか類推するのが、おもしろいのである。

(つづく)

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