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超絶技巧、未来へ! 明治工芸とそのDNA:3 /三井記念美術館

承前

 月下美人を表した、大竹亮峯さんの彫刻作品《月光》(2020年)。

 月下美人の花は、夕方から咲きはじめ、朝方にはしぼんでしまう。「夜8時ごろ開花し、2時間ほどでしぼむ」とする見方もあった(福岡市植物園)。作品解説にも書かれていた「1年にたった1度しか咲かない」とはあくまで俗説とのことだが、いずれにしても「花の命は短くて……」を地で行く、儚く妖艶な花である。
 本展に行けば、真っ昼間でも、いつでも月下美人の花が満開だ。

 しかし、本作は、月下美人の姿を精巧に写すのみにはあらず。
 じっさいに花が咲いたり、しぼんだりする……つまり「動く彫刻」なのだ。
 花の後ろ側から水を注ぐと、固く閉じていた花が少しずつ、時間をかけて開いていく。構造や原理の詳細は、秘密とのこと。サイフォンの原理を応用したものだろうか。
 開花の経過を記録した映像が、こちら。

 白い花びらは鹿の角を削ったもので、透光性をもつほど薄い。それが複雑に、そして密に折り重なっていた。
 そんな状態でも、月下美人の花のかたちを総体として保ちながら、それぞれの花びらが引っかかりを生じることなく開いていく。ここに至るまで、どれほどの時間と手間がかかっているのだろう。

 先に述べたように、展示室では「いつでも月下美人の花が満開」であった。
 会場での実演もなかったため、わたしもじっさいには、この動画によってしか開花のようすを知らない(同じ動画が、会場の外で流されていた)。
 動いているところを、いつか生で観てみたいものだ。


 ——ガラスケースに守られて、展示台の上にうやうやしく……クリップに挟まれたスルメと、茶碗の欠片が置かれている。
 至極シュールな光景であるが、れっきとした展示作品。前原冬樹 《『一刻』スルメに茶碗》 (2022年)。こちらも、木彫の作品だ。

本作を含む数点にかぎり、撮影可能だった

 やきものがすきなので、欠片のほうはすぐに素材の違いがわかってしまうけれど、乾物、スルメとなるとそうはいかない。
 スルメだけ拡大してみよう。

 ……どう見ても、スルメである。
 からっからに乾いて、うまみと塩分が凝縮された、あのスルメでしかない。条件反射で涎が分泌されるのを感じる。
 クリップやその先の金具を含めて、ひとつの材から彫りだした一木造。まことに驚くべき仕事だ。

 なぜかクリップがつけっぱなしになっているのは、風であおられて、金具が外れて地面に落ちてしまったからだろうか?
 スルメと茶碗の関係は?
 そもそも茶碗は、なぜ割れているのか?
 ……などなど、不可解なところが、まだいくらでも残っている。はっきりとした答えは出なくとも、これらの謎に考えをめぐらす楽しみも、本作にはある。

 同じ前原さんの作品として、他にも《グローブとボール》《トタンに釘、板に鎹(かすがい)》《ブランコに朴の実》を拝見。
 いずれも、素材感の再現性がすばらしいとともに、組み合わされたモノとモノの背後に、なにかしらの物語を想像したくなった。
 写実ぶりに対する驚異が尽きないのはもちろんのこと、ひとつの作品を起点にさまざまなイメージをかき立てていくという意味においても、前原さんの作品は「スルメ的」といえるだろう。
 つまりは「かめばかむほど」……ということであるが、これはひとつ前の巡回先・大阪展のコピーとして既出であった。さすがは、大阪。

 
 ——「そっくりに似せる」ばかりが、超絶技巧ではない。初めて目にする、美しいかたちもあった。青木美歌《あなたと私の間に》(2017年)。

 顕微鏡を覗かなければ捉えられないミクロの世界の様相を、青木さんはガラスによって表しているという。
 そういわれると、つらら状のそれぞれが、まるで生命を持っているように感じられる。そのまま、うねうねと伸びていきそうな……

天板が透明な台に展示されていた。
影もまた美しい


 ——これら現代の作品に対して、明治の作品としては、七宝の並河靖之、濤川惣助、漆工の柴田是真、金工の正阿弥勝義、牙彫の安藤緑山など、おなじみのオールスターが勢ぞろい。京都・清水三年坂美術館からの借用が目立った。
 並河靖之の、黒を効果的に用いた品格の高い小品に、とくに惹かれるものがあった。キュッと絞ったフォルムが、黒の締まった感じをより引き立たせる。

 こういった明治工芸のスターたちを向こうに回してもなお、強烈な輝きをみせてくれた、現代工芸の旗手たち。彼らの活躍から、ますます目が離せない。


 ※《『一刻』スルメに茶碗》 制作動画。

 ※作品名では「茶碗」となっているが、この種のものを単に「茶碗」と呼ぶのは違和感がある。「湯呑み」「湯呑み茶碗」であり、もっといえば「汲み出し」というのが適切だろう。


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