見出し画像

ダンジョンバァバ:第7話(後編)

目次
前編

ヤコラの手記

記:カナラ年1845

多くのエルフが犠牲になった大戦とふたつの厄災。
タリュー…… エルフの森 ”だった” 故郷を離れたエルフたちは、大陸各地にその姿を見せるようになった。そして、焼け野原になったタリューに突如現れた巨大な塔。その塔を守護するかのように町と砦を築き、他者を寄せ付けない新種のエルフ……。この不可解な現象にいち早く気づいたのは、大陸北東部にほど近い地域を治める権力者たちだった。彼らは訝しみ、密偵を放ったが、その原因を正確に突き止めることはできなかった。
賢者の言いつけによって他種族への口外が固く禁じられ、記録は全て焼かれていた事実がその背景にあったが…… 家族、恋人、友人―― あまりに多くの死と悲しみに包まれたエルフたちに、そもそもそんな指図は必要なかった。
「変異種誕生」「エルフの内紛」「エルフ大戦」などと記録され、噂が噂を呼び、吟遊詩人たちが勝手気ままに歌い継ぐこと半世紀。各種族、王国の長たちは、忘れたころになってその真実を知らされることになる。

かつて塔と迷宮から生還した賢者3名のうち、2名の奇行が周囲の目に留まるようになったのは、終戦50年目を迎えようとしていた年の冬だった。
それぞれ別の土地で余生を送っていた2賢者は、図ったように時を同じくして自室に籠る日が増え、時には何語とも知れぬ言葉で呻き、喚き、周りに当たり散らすようになった。その目はすっかり正気を失っているように見えたという。気を揉んだそれぞれの従者は、隠遁していた残り1名の賢者に遣いを送った。
立て続けに報せを受けた最後の賢者ヤコラ―― 私のことであるが―― は、すぐさまゲートを開き、共に塔で戦った旧友ウヤンの元を訪ねた。彼は蛙人族フロルグの里に身を寄せ、湖のほとりの棲家で穏やかに暮らしているはずだった。……が。数十年ぶりに再会した友を見て私は絶句した。脳裏におぞましい記憶と感覚がまざまざと蘇った。賢者の中で最も聡明だった友ウヤンが放つ魔気は―― 天の厄災そのものだった。

私は理由を考えるよりも早く、迷うことなく全身全霊を以ってかつての友をこの世から消し去ろうとした。しかし敵わなかった。私は湖に沈められ、天の厄災は忽然と姿を消した。
フロルグによって冷たい湖の底から救い出された私は、大急ぎでもう1人の賢者の隠遁先―― 猫人族フェルパーの里セレンを訪れたが、そちらも手遅れだった。かつて地下迷宮から生還した賢者もまた厄災と成り果て、周囲のフェルパーを虐殺したのちに南西を目指したという。

たった50年で終わってしまった平和を惜しむ暇もなく、私はまずタリューに飛んだ。高台に結び印したゲートから出て赤の町を見下ろすと、ブラッドエルフたちが塔の入り口に何重もの陣を構えていた。天の厄災が根城に帰還する姿を目撃した彼ら―― 常に塔と共にあった彼らは、自らが何をすべきか忘れていなかったのだ。突然転がりだした危機的状況に私は焦りを感じていた。変わり果てた旧友と事を構え、フロルグに助けられてからまだ一晩しか経っていなかったのだから。

塔の包囲は、”その時” が来るまでブラッドエルフに任せる。私はブラッドエルフの族長ソーヤに急ごしらえの計画を伝え、守備を託し、その場を後にした。直接禁忌を犯していない彼らの力はイルークに劣り、戦後に生まれた子らは尚のことだった。しかしそれでもブラッドエルフは大陸随一のスペルユーザーであることに変わり無く、これ以上に頼もしい存在はいなかった。

セレンの里を発った地の厄災―― この時はまだ地の厄災と断定できていなかったが私は確信していた―― は、恐らくセイヘン地方を目指している。50年前と同じであれば多少の猶予がある。そう踏んだ私は、一刻も早く解決せねばならぬ難題に取り掛かった。
他種族の長に接触し、真実を明かし、助けを乞い、戦士を揃える。
塔6名。迷宮6名。人数を揃えることも重要だが、戦闘におけるバランスを十分に考慮した編成でなければ勝利は無い。そしてその12名を支える多くの兵がいなければ、この危機は乗り越えられない。
共に戦ったハイエルフたちはもういない。彼らはかつての力を失い、親しい者を失い、故郷を失い、大陸中に散ってしまったのだ。今も繋がりを持つエルフは少なくないが、役目を果たせそうな者の名を私は思い浮かべることができなかった。

私はまずセレンに戻り、女王ドーラに会った。
フェルパー… 猫人族は滅多に他種族の前に姿を見せないが、ドーラは槍の達人であり、信仰深く、ヴァルキリーの最高位を有する戦士として大陸にその名だけは広く知られていた。同胞の死に強い責任を感じていた彼女は、自ら12戦士のひとりに加わった。数少ない兵は里の復旧と民の手当に充てるとして、ドーラは固く参戦させなかった。

順調な滑り出しだったが、同じく厄災の恐怖を目の当たりにした蛙人族フロルグたちの返答は「協力できない」という内容だった。フロルグは親切で、高い身体能力を持つ種族だが、一番の特徴である臆病さが表に出た結果だった。私は強制せず、命を助けてくれたことに対してあらためて感謝の意を表し、立ち去った。この戦いは文字通り命を投げ出す覚悟が必要で、無理強いしたところで良い結果が生まれるとも思えなかった。

次に訪れたテルル山のドワーフは、私を門前払いした。太古からエルフとドワーフは反りが合わないと言われていたが、閉鎖的なテルル山のドワーフの頑固さはミスリルの如しであり、その王となれば言わずもがなであった。
だが一方、多種族との文化交流を重ねてきたモリブ山のドワーフは兵の派遣を約束し、さらにはモリブ最強の戦士バグランを12名の候補に加えた。同時に、東の大陸から流れて来たという居候のサムライが助太刀を申し出た。トンボと名乗ったそのワーウルフの実力はバグランと比肩するほどのものらしく、私は願ってもないことだと歓迎した。

12名の戦士と、彼らを支える兵を集めるにあたり、私が最も期待を寄せていたのは人間族だった。人間はカナラ=ロー大陸で最も繁栄している種族であり、その王国の数も両手で数えきれないほど存在していた。国同士の小競り合いが絶えぬことは知っていたが、大陸存亡の危機が彼らを団結させ、求めに応えてくれるだろう。そう考えていた。
だが、そうはならなかった。

強大な兵力と資源を持つ三国、プラチナム、メンデレー、ストローム。その国王だけが円卓を囲むトライ・ロー評議会。エルフの賢者の切迫した様子に何かを感じ取った国王たちは、評議会への顔出しを許可した。私はまず目深に被っていたフードを払って礼を述べ、そして正直に全てを語り、最後に助けを求めた。国王たちは心底驚いた顔で聞き入り、いくつか質問を投げたが、私の目的を理解すると黙りこくり…… 互いの表情を探り合った。
「まずは他を当たってくれぬか。嫌だと言っているわけではない」
プラチナムの国王が口火を切ると、二国の王も続いた。
「確かに。今すぐ兵を貸せるほどの余裕はない」
と、メンデレー。
「ここはひとつ、ダームの変人どもを頼ってみては」
と、ストローム。
私は目を伏せ、聞こえないように溜息を吐き、何も言い返さずに辞去した。厄災の原因はエルフにあり、王たちの判断に対して憤る権利もない。ただただ、失望したのだ。軍備の拡充、領土の拡大、己の蓄財、不毛な力比べ…… そんなことしか頭にない強国の王たちに。「一国だけ断れば名折れになるが、全員で断れば怖くない」と顔に書いてある王たちに。……そして、立ち上がってくれると期待していた浅はかな自分自身に失望した。

このまま落胆しているわけにもいかぬと気を取り直し、私は要塞の国ダームに向かった。大陸中央部という、列強からすれば喉から手が出るほど欲しい場所に位置する国だが、人口は少なく、剣や鎧を一切持たない。にも関わらず数百年もダームが存続している理由は、国民の半数がサイオニックであるという点にあった。面会したダームの王は、12戦士の候補者はいないと答えた。「有能なサイオニックであればあるほど厄災の精神に強く感応し、正気ではいられないだろう」と冷静に持論を述べ、迷宮の外でモンスターを迎え討つための人員を、僅かばかり送ると約束した。「本当は全員向かわせたいところだが」と唸ったダーム王に対し、私は「わかっております」と深く頷いた。国防の要であるサイオニックが不在となれば、欲まみれの三国がじっとしているわけがないのだ。

その後、思い当たる小国をいくつもまわったが、いずれも空振りに終わった。唯一、石と水の国イムルックだけは協力を申し出てくれたが、名簿の空き枠を埋めることができそうな戦士はいなかった。

人間族をあたり尽くした私は北の大地イシィ=マーに飛んだ。ゲートで到達できる地点から徒歩で雪山をひとつ越え、バーバリアンと接触する。並外れた肉体を持ち、シャーマンとしても超一流の彼らが加わってくれれば百人力だが、愛する故郷と静かな暮らし以外に関心を持たぬ種族であるからして、期待はできなかった。族長との面会が許された私は言葉の限りを尽くして説得にあたり、イシィ=マーにも危険が及ぶ可能性を伝えた。しかし相手の回答は極寒の地に降り積もる雪のように冷たく、徒労感だけを背中に積み増しながらふたたび山を越える結果に終わった。

小人族についても、どちらも無駄足に終わった。ホビットは呑気なもので、畑と家畜の方が心配のようだった。エルフに次いで魔素の扱いに慣れているノームは是非とも頼りたい相手だった。しかし特定の住処を持たぬ彼らの足跡を追うのは、大山でひと粒の砂金を見つけ出すのと同じくらい難儀であり、途中で諦めざるを得なかった。

最後に私は、大陸南東部に向かった。火吹き山のオーガたちは難しい種族であり、他種族との連携における懸念事項は数えきれない。しかし選り好みする余裕は無かった。老骨に鞭打ち、幾度も魔素切れを起こしながら大陸全土を飛び回った結果、集まった戦士はたったの3人なのだ。ブラッドエルフから1名加えたとしても4人。己を含めて5人。戦士たちを補助する兵も不足していた。モリブのドワーフたちは屈強で頼りになるが、絶対数が足りない。ダームのサイオニックとイムルックの人間たちを合わせても、まだ十分とは言えなかった。

かつては同族争い、そしてトロルとの争いが絶えなかったオーガ族。しかしオーガ三国のひとつローレンシウムの王の尽力により、ひとまずの安定期が訪れていた。私はローレンシウム王と面識があり、彼のおかげで他国の王といっぺんに顔を合わせることができた。他種族との摩擦を煩わしく思っているオーガたちは断る可能性が高い。そんな私の予想通り、二国の王は拒否した。しかし―― ローレンシウム王は自らの息子フロンを戦士の名簿に加えることを提案した。兵については「他種族が怯え、全体の士気が乱れ、逆効果になるだろう」という理由で首を縦に振らなかった。私は食い下がろうとしたが、長きに渡りいわれのない扱いを受けてきた彼らの心情を鑑みれば言葉を飲み込むしかなかった。

さすがに休息が必要と感じた私はひとまずタリューに戻り、塔の様子を確認した。族長ソーヤが言うには、塔から門外へと現れる魔物の数に大きな変化はないが、ドラゴンフライやドゥームビートルはより狂暴になり、粗末な武器で戦うしか能のないコボルドやゴブリンの中にスペルを扱う者が見られるようになってきたということだった。
私がこれまでの僅かな成果を伝えると、冷静沈着なソーヤも珍しく苦い表情を見せて唸った。
「この程度なら百年でも二百年でも凌げよう。しかし50年前と同じ状況になればいつまで耐えられるか」
巨大な門を睨みながら呟いたソーヤは話題を12戦士に戻し、陣頭指揮を執らねばならない自らの代わりにひとりの女性を推挙した。アンナは50年前に地の厄災を討って生還した射手―― 今は亡き英雄の娘だが、弓よりもアルケミストの才ありと見極めたソーヤが厳しくその道を指導してきた愛弟子だった。アンナは「父のものです」と言い、蝋とスペルで封じられた巻物を差し出した。上質な羊皮紙には、迷宮の一部―― 最深部までの進路図が書き記されていた。記録破棄の命を破ったことは本来咎められるべきものだが、この時ばかりは英雄とその娘に感謝した。

タリューで束の間の休息を得た私は南西の地セイヘンに飛び、その朽ちた集落と無人の修道院にはまだ異変が訪れていないことを確認した。そして、修道院の西側をしばらく歩いた。50年前、厄災の討伐に命を捧げたエルフたちを焼いた場所はすっかりその痕跡を消していたが、熱と煤と灰と悲しみにまみれた記憶だけは鮮明に蘇った。あの惨劇が繰り返されるのかと思うと、私の胸はすっかりつぶれてしまいそうだった。
私は、建てることに意味があった修道院…… そこで生活を営む修道士など最初から存在しない構造物に戻ると屋根に飛び、軒先にいた先客の鴉の横に腰かけ、次の一手を考えようにも考えが浮かばず、途方に暮れた。
最終的に集まった戦士は6名。フェルパーの女王ドーラ。ドワーフの戦士バグランとワーウルフのサムライ。オーガの王子フロン、そしてブラッドエルフのアンナ。そして私。必要数の半分。せめてあと1人いれば―― 最悪の手ではあるが、賭ける価値のある計画がひとつだけ残っていた。評議会のことも頭に浮かんだが、ふたたび掛け合う気にはなれなかった。彼らは別の理由を並べ立てて断るに違いなかった。

陽が落ちはじめ、隣の鴉が飛び去った後も、私は眼前に広がる景色をぼんやり眺めていた。――見渡す限り、資源になりそうな物は何も無い土地。いくつかの森と、遠くに流れる無個性の川。豊穣の大地カナラ=ローを割拠する王たちから見れば、開墾対象にするのも馬鹿馬鹿しく、軍事的な視点からも捨て置かれて当然といった辺境の地。びゅうびゅうと音を立てながら吹き寄せる冷風は私を嘲笑うかのようで、いっそう暗澹とした気分にさせた。
「ヒヒ…。こんな場所にエルフの賢者とは珍しい」
灰色のローブを着た老婆が隣に座っていた。私は驚きのあまり腰を浮かせ、屋根から落ちそうになった。第一に、ここは無人の集落である。第二に、ここは屋根の上である。第三に、いくら思案に耽っていたとはいえ隣に座られて気づかぬはずがない。第四に、老婆は正体を見抜いた。蝋のように白いローブを纏い、自然界にはあり得ぬ捻じれ方をした杖を持っている者を見れば、確かに誰でも魔法使いを連想するだろう。だが―― フードを深く被って魔素を潜めていた私を「エルフの賢者」と呼んだのだ。
「身構えなくていいさ。別に何かしようってワケじゃない」
老婆は琥珀色の左眼を前髪から覗かせ、私の心を読んだように言った。

老婆は、自らを「ルーゴンの捨て人」と名乗った。エルフの賢者だと言い当てた根拠を問うたが、「情報通でね」とはぐらかされてしまった。警戒心よりも賢者としての知的好奇心が勝り、私は老婆の会話に乗ることにした。私がルーゴンなどという国や土地の名を耳にしたことがないと言うと、老婆は「大陸南部の山奥に存在 ”した” 小さな小さな村」とだけ答えた。
”捨て人” とはつまり ”世捨て人” ……暮らしのありかたについて言っているのか。それともルーゴンという村を失った者たちを指すのか。私が尋ねると、老婆は「どちらも正しいが、ふたつ足りない」と答えた。他にどんな意味が、と尋ねると、遠くを見つめていた老婆はまず「人に捨てられた者」と答え、そして「人であることを捨てた者」と素っ気なく言った。
私は、掌から滲み出た汗が梨の杖に吸われてゆくのを感じながら、それはどういう意味だ、と尋ねた。老婆は「一言で言ってしまえばシビトさ。汚れた息は吐くし、眠るし、飯も食うし、酒だってたらふく飲むけどね」と薄気味悪く笑いながら答えた。
淡々と、どこか冗談じみた口調だった。世人が聞けば笑い飛ばすような告白だが私は―― 戯れ言とは思えなかった。
死人。地の厄災が築いた迷宮では、ヴァンパイアロードを頂点とした不死族なる存在が戦士たちを大いに苦しめたと聞いていた。不死族の特徴と老婆には相違点が多すぎるが、ともかく死人が動くような類の怪異がこの世に存在することは事実なのだ。私は、彼女が死人であることを信じはじめていた。いくら力の衰えを痛感しているとは言えど私はまだエルフの賢者であり、虫や小動物ならまだしも…… 生者に近寄られて気づかぬはずはないのだ。

私は、本来であれば赤の他人である老婆に語るべきではない真実をポツポツと口にした。万策尽きてすっかり弱気になっていたことが私の口を軽くしたと言えるが、目の前の怪しい老婆…… 死人と自称する謎めいた存在に…… 言いようのない光明を見出したような気になっていたのも事実だった。
驚くべきことに、老婆は多くのことを知っていた。そしてさらに驚くことに、私の話を聞き終えた彼女は自身を12戦士のひとりに加わえることを提言し、補助する兵にも当てがあると答えた。
「ありがたい申し出だが、あなたの実力を知らない。あなたは何に長けているか」
試すように言うと、彼女は賢者の私ですら知らない言葉で何かを呟き、おもむろに右の人差し指で眼下を指し示した。その先を目で辿ると、いつの間にか半裸の戦士が大地に立っていた。直立不動。小柄だがオーガやバーバリアンにも引けを取らぬ筋肉の鎧を纏い、古めかしい鉄兜で頭と顔を被い、両手は粗末なバックラーと湾曲したソードという組み合わせだった。
あれは、と問うと、老婆は「大昔の民。ここの民。そして王」と答えた。老婆が指を鳴らすと、それは消えた。死人召喚に驚嘆した私は同時に、エルフの死生観とかけ離れた呪術に嫌悪した。歪んだ私の顔を横目で観察していた老婆は、特に気にする様子もなく言うのだった。
「死人が生人より得意なコトと言ったら占いかコレくらいさ」
彼女は間違いなくネクロマンサーだった。しかも死人の。
ネクロマンサー。死人使い。毒と病と呪いの使手。数百回の改訂を重ねてきた魔法学校の分厚い教本でもほんの僅か―― 断片的な情報のみが記されているだけのクラスであり、エルフの書ですら同じことが言えた。それはネクロマンサーが正体不明の存在であり続けていることを意味し、実際にその姿を見た者はほどんどいない。

ルーゴンの捨て人―― バァバと名乗る老婆を加え、戦士は7名になった。
50年前の12名と比べても遜色のない、いや、一段と強力な者たち。だが7名で迷宮と塔をいっぺんにどうこうすることは不可能。私は当初の計画を諦め、残された策で勝負することにした。そうするしかないのだ。
私を除く6名、ドーラ、バグラン、トンボ、フロン、アンナ、バァバをひとつのグループとして迷宮に向かわせ、地の厄災を討つ。統率力と生命力を重視し、リーダーはフロンと定めた。反対する者はいなかった。彼らは偏見に毒されておらず、各々が冷静に実力と役割をもとに最適解を考え、納得した結果だった。
迷宮の外は主力のドワーフ隊とダームのサイオニック、イムルックの兵で固める。それでも戦力に不安が残るが、迷宮内部で補助を担う者たちの働きでカバーできると考えた。補助隊とは、バァバが連れてきたニンジャである。サムライ同様、東の大陸から渡来したという彼らをこの時初めて見たが、テンマと名乗る黒装束の男が示した力を目の当たりにし、私は確信した。ブラッドエルフよりもずっと上手く迷宮内で働いてくれるだろうと。

6名が地の厄災を討ち、その後に天の厄災も討つ。単純な計画。
とはいえ、天の厄災を放っておけるほど猶予は無い。ここで私の役目が生まれる。かつて私が残した18階のポータルは今も生きている。進路も昨日のことのように覚えている。ローブで姿を消してしまえば大半の魔物をやり過ごすこともできよう。18階から最上階まで一気に駆け上がり、天の厄災を一時的に封じ込める。私の命を代償に。もし敵わなくとも、21階の―― あの ”ソラの間” に結界を張ることくらいは出来るだろう。厄災の力が及ばなくなれば、日に日に力を増す魔物たちの活動もある程度は緩やかになると期待したい。
外の守備は引き続きブラッドエルフが担い、攻め入る際の補助は…… 連戦を強いることになるがニンジャの集団とドワーフ隊に託す。彼らがセイヘンからタリューまで移動するのに1ヶ月ほど見積もらねばならない。ゲートを使えば一瞬だが、数千にも及ぶ兵を送れるほど使い手は多くないのだ。迷宮踏破に要する日数と合わせれば長くて2ヵ月。私の封印はその時まで充分持つはずだ。

これは「6名が地の厄災に勝利する」という前提に基づく危うい賭けである。だが彼らはやってのけるだろう。ふたつの厄災を絶息させ、禍根を完全に断ってくれると信じている。

最後に――
これは私の仮説だが、厄災を討つことと同じくらい重要なことであるからして、限られた

(手記はここで破られている)

◇◇◇

「あ? ……オイ、これで終わりか? 破られてて続きが読めねーよ」
不愉快そうに言ったセラドは隣のヘップに手記をまわし、椅子にふんぞり返った。テーブルにドッカリと足を乗せ、葡萄酒を呷り、全員を鋭く睨む。
フロン、バグラン、トンボ、アンナ、バァバ。それにサヨカ、ルカ、ホーゼ。
ニューワールドに呼び出されたセラドは唐突に「これを読め」と手記を渡され、痛み止めのせいで酷さを増した二日酔いと戦いながらしぶしぶ読んだ。バァバから「読めばわかるからイチイチ質問しないように」と釘を刺され、黙って読んだ。どうやら事情を知っているらしい8人―― 昨晩セラドの右腕と肋骨を折ったオーガの女ですら知っているらしい―― に無言で見守られながら、文句も言わず読み進めた。そうすれば彼らの言う ”秘密” がつまびらかになると期待していただけに、セラドは苛立ちを通り越して怒りを覚えていた。
「続きは?」
「我々も知らない」
フロンが端的に答える。
「んだよそれ。ふざけてんのか? てかバァバ。アンタ死んでんの?」
「ヒヒ…ちょっと違うけどまあ、そんなところだね」
フロンの隣席でパイプを吹かせていたバァバがニタリと笑う。
「コワ…… 厄災だの何だのよりそっちが衝撃的だぜ」
「サプラァーイズ」
「チッ…… 腹立つ…… でよ、このジジイの日記みてーのは何が言いたいんだ。グダグダ長げぇんだよ。もっとシンプルに書けっつーの。エルフがいけないコトしました。そのせいでブラッドエルフや厄災ってのが生まれました。倒したはずが50年ぽっちで復活しました。困ったジジイが人を集めて… アンタらを集めてまた…… 肝心なところが欠けてるじゃねーか。勝ったのか?」
「ああ」
正面席のフロンが頷くと、セラドは手をひらひらと振って席を立った。
「じゃあハッピーエンドだろ。ハイハイめでたしめでたし。皆さんの武勇伝を教えてくれて感謝感激。もうひと眠りしたら詩でも書いてやるよ」
「だが勝てなかった」
「あ?」
フロンの一言に、セラドの動きがピタリと止まる。
「……オレ謎かけは好きじゃねーんだよなあ。ハッキリ言ってくれや。オーガの大将さんよ」
「ああ、そうだな。すまない」
神妙な面持ちで素直に詫びたフロンに拍子抜けしたセラドは、やれやれと溜息を吐きながら腰を下ろした。
「ったく面倒くせぇなあ…… 続けてくれ」
「ああ。……確かに倒したのだ。50年前…… 地下21階で、我々6人は地の厄災を倒した」
「で?」
「エルフの賢者…… その手記を書いたヤコラに指示されていた通り、我々は塔に向かうことにした。この地で一晩身体を休めてからな」
セラドは葡萄酒の瓶を傾けながら続きを促す。
「翌朝…… 日の出と同時に地の厄災は復活した」
「……は?」
「念のためと置き石していたバァバが感知した。我々はすぐに21階に向かった。道中は掃除したばかりだ。生存者の捜索にあたっていたニンジャたちの助力もあり、すぐに辿り着いた。奴は確かに復活していた」
「ナンデ?」
「奴は言った。天がある限り地もあり、地がある限り天もある―― と」
「つまり?」
「一方が残っていれば、もう一方も息を吹き返す。我々はそう結論づけている。恐らく日の出がそのタイミング…… 100年前はそうと知らぬまま運良く同日に倒した。だからヤコラも知らなかった」
「……その厄災っての、バカだろ。自分でバラしてんじゃねーか」
「バカ、か。確かにな」
フロンは鼻から息を漏らし、少しだけ笑った。
「そのような考えを持たぬのかもしれない。奴は幾つか我々の言葉を発したが…… 純粋だった」
「バケモノの親玉が純粋? 笑えるぜ。で? どうにも出来ないアンタらは逃げて今に至る、ってか」
「何もせず退却したわけではない。塔で賢者がそうしたように、迷宮は我々が封じた」
「へぇ…。でも命懸けの賢者サマと違って全員生きてるじゃねーか。いや、ドーラって猫女が犠牲になったのか?」
「6人全員が犠牲を払った。ヤコラの手段と違うのはそこだ」
フロン、バグラン、トンボ、アンナの顔がにわかに険しくなったように思え、セラドは固唾を飲んだ。サヨカ、ルカ、ホーゼは後方のテーブルに座ったまま一言も発しない。一呼吸したフロンが、セラドを真っすぐ見ながら続けた。
「我々は…… バァバの、ネクロマンサーの力で ”半身” を地下21階に残し、地の厄災の動きを封じている。今もだ。迷宮の入り口はバァバの余力で結界を張っている。スペルユーザーたちは死人が使う死人使いの術に気付かない」
「……理解の範疇を超えてるぜ、それ。……まったく意味がわからねえ。塔はどうなったんだ?」
「ヤコラが命と引き換えに封じたままだ。そして入り口では…… 今この時もブラッドエルフたちが戦っている。だがその封印は解かれようとしている。迷宮も同じだ。もう長くは持たない」
フロンが言い終えると、重々しい空気が店内を支配した。セラドは葡萄酒の瓶から滴る最後の一滴を舌で拾い、全員の視線から逃れるようにうつむき…… ボリボリと頭を掻き…… 嫌な予感が思い過ごしであるようにと念じながら…… ようやく口を開いた。
「で、そんな話… オレに何の関係があるんだ」
「お前も12人のひとり。そう言っている。隣のホビットも」
「勘弁してくれよ」

【第7話・完】

第8話に続く

いただいた支援は、ワシのやる気アップアイテム、アウトプットのためのインプット、他の人へのサポートなどに活用されます。