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ダンジョンバァバ:第15話

目次

雲ひとつない空から降り注いでいた烈しい日差しは和らぎ、ドゥナイ・デンに夕暮れの気配が漂いはじめている。闇夜に乗じて激しさを増す魔物の襲撃に備え、大穴を囲む戦士たちは小休憩を取る。

地べたに腰を下ろした戦士たちに見守られるなか、数台の荷車と共にプラチナム王国兵がやって来て、魔物の残骸を次々と荷台に積んでゆく。放っておけば邪魔になるのはもちろん、毒素や腐敗によって病が蔓延する恐れがあるからだ。
あらかた死体が片付くと、今度は別の兵士たちが大量の砂土を運んできて、せっせと地面に撒きはじめる。血でぬかるんだ足場がこの包囲戦で有利に働くことはない。
黙々と作業をこなした王国兵たちは死体を焼きに、あるいは砂土を補充するために、荷車を引いてゴロゴロと去ってゆく。この地にやって来た当初のお気楽さはどこへやら、俯いた彼らの顔には暗い影が落ちている。

戦いの火蓋が切られてから、7日が経っていた。

第15話『空をゆくもの』


この7日で、32名いたハンターのうち8名が戦死し、4名は急ごしらえの医療施設で今も生死の境をさまよっている。仲間を失う者が続出したことでグループ間の異動や併合が行われ、現在は4グループ体制、うち1グループが交代で食事と束の間の睡眠を取るという方法で何とか凌いでいる。

ルシアス率いる黒騎士隊は、その勇猛な戦いぶりによって信頼を得るに至っていたが、彼らもまた5名の隊士と2頭の馬を失っていた。
黒兜に覆われた黒騎士隊の表情は窺い知れないが、酷暑に不向きな装備と、この数刻で倒した魔物の数を鑑みれば、今すぐにでも十分な休息が必要なことは明白だった。

「なぁ、本当にアイツら寝てるのか?」
ハンターのひとりが、水筒を回し飲みしながら呟いた。その視線は、大穴の向こう側を守備する一団…… ニンジャに向けられている。
揃いの装束に頭巾という出で立ちで、柿渋色のニンジャが4名、藍色4名、黒色4名と色分けされた総勢12名のニンジャ。彼らは参戦してからこのかた、ひとつ戦いが終わるたび横一列に座って胡座をかき、食事と排泄を除けば1インチも動かない。
「呼吸はそう言ってるな」
水筒を受け取ったシーフのヤットは、固い干し肉を水で流し込んでから答えた。壮齢を過ぎた身だが、その観察力は衰えていない。ニンジャは胡座をかいたまま眠っているか、それに近い状態で身体を休めているかのどちらかだ。
「来てからもう何日目? 5日? 交代するつもりないのかしら」と、隣のハンター。
「さあな。ニンジャってのはよく知らん。……ま、おかげで助かってるんだ。このまま頑張ってもらったらいい」
大きくあくびしたヤットは皺深い目尻を涙で湿らせ、仰向けに寝転がる。
事実、ニンジャの一団が加勢してからというもの、犠牲者は激減していた。おかげで交代制もそれなりに上手く機能している。

(だがよ…… 俺たちはそろそろ限界だな)

ここにいるハンターたちは、いずれも寝食の制限が当たり前のダンジョンで魔物と戦ってきた強者揃いだ。だがバァバが言った通り、この戦いは勝手が違いすぎた。体力と気力はじりじりと削り取られ、生傷は増える一方。武具の手入れをする暇もない。
少しでもこの状況を好転させるべく、大穴に対して物理的な防衛策をいくつか講じてもみたが、今は「這い上がって来た敵をひたすら殺すのが一番マシ」という結論に落ち着いている。
さらなるニンジャの増援を期待する声もあったが、今回駆けつけた12人のひとり、頭領のテンマがそれを否定した。彼らの役目は別にある。
結局のところ、モリブ山から来るというドワーフ軍の到着を待つしかないのだ。戦力の増強はもちろんだが、訓練所跡に設けられた工房がバテマルやドワーフの手によって稼働するようになれば、マジック・アイテム―― ハンターたちが扱う貴重な武具を、安心して託すこともできる。

「主役サマたちはどこ行ったんだか」
盾にこびりついた魔物の肉片を拭いながら、ウォリアーが不満げに呟いた。
「トンボは休憩中だろ。他も事情があるって話だ。ぐちぐち言うな」
ヤットが寝転がったまま睨みつける。
ハンターたちは、地の厄災に挑む者たちの名を既に聞かされている。馴染みがあるのはトンボ、バグラン、アンナ、バァバの4人。この包囲戦で誰よりも多く魔物を狩っているトンボを除けば、バァバが数回様子を見に来た程度だ。
「ねえ覚えてる? ヘップちゃんが訓練場で対決したとき。バァバがゴーレムをいくつも出したじゃない? あれ置いといてくれればいいのに」
女メイジが口を尖らせて言った。
「あほ。そうは出来ないから、そうしないんだろ」
ヤットがピシャリと言うと、メイジの口はさらに尖る。いつまで続くのか分からぬこの状況に、皆が苛立っている。
「アンナさんに診てもらいたいなぁ。一発で元気でちゃうのになぁ」
包帯を巻き直しながら、若いハンターがボヤいた。
アンナはヒーラーではないが、その卓越した医療スキルとアルケミストの秘術によって、これまで多くの命を救ってきた。今この場にいるハンターも例に漏れず、過去何度も診療所の厄介になっている。
「アンナはあのセラドって男に付きっきりなんでしょ? こっちだって怪我人だらけだっていうのに」
セラド。その名を聞いたヤットは、テルル山から来た陽気なドワーフレンジャー、アイーレの顔を思い浮かべた。かつてダンジョン中層でひとり死にかけていたセラドを救出したのが、アイーレのグループだ。そのアイーレは今、瀕死の重傷を負って王国医師たちの看病を受けているが、他の3名と同様に容体は芳しくない。もしアンナが優先順位を変えて治療に加われば、彼ら4人が生還する可能性は格段に上がるだろう。
――だが。
「無いものねだりするな。俺たちは ”やる” と言ったんだ」
ヤットは自分に言い聞かせるように言った。

――ニンジャが一斉に立ち上がった。

その姿を見たハンターと黒騎士隊も、腰を上げて戦闘態勢をとる。
大穴をぐるりと包囲する戦士たちは、不意打ちや引きずり込みを警戒し、穴から一定の距離を置いて陣を敷いている。
ほどなくして、魔物の奇声が穴の底から響いてきた。一種ではない。二種でも、三種でも。もっと多い。
「嫌な予感がするぞ」
呟いたヤットの眉間に深い皺が刻まれる。音の様子がいつもと違う。魔物の声や足音が近づいてくる一方で、遠ざかってゆく音もある。まるで ”何か” を恐れ、一心不乱にあちこちへと逃げ散っているような――

(逃げている? 何から?)

それが暴れ狂う巨人族であれば、先日と同じく地鳴りのような足音が耳に届いているはず。初日のような巨大ブロッブが暴走している可能性も考えるが、シーフのセンスはそれを否定している。
ヤットはニンジャを見る。黒装束のひとりが地面に耳をあてている。彼らも異変に気づき、正体を探ろうとしているのだ。肌が粟立ち、首筋に汗が伝う。
「大物が来るぞ!」
ヤットの警告に、張り詰めていた場の空気がさらに緊迫する。
はじめに大穴から有翼の下級悪魔―― 多少の知能を持つインプやガーゴイルらが飛び出し一目散に飛び去ろうとする。レンジャーの矢とニンジャの手裏剣が、漏れなくそれを阻止する。次にコボルドやグレムリンなど上層の魔物たちが、穴の底に積まれた瓦礫や土を踏み台にして這い上がって来た。さらには明かりを好まぬブラックドッグや、上層ではまず見かけないミノタウロスまでもが登場し、ハンターたちに動揺が走る。だが思っていたよりも数が少なく、40名を超える戦士たちは難なく敵を殲滅する。

集落の中心地にふたたび静寂が訪れ、乾いた風の音と、戦士たちの息をつく音が響く。
「……なんだクソ、脅しやがってこの野郎」
軽傷を負ったサムライが大穴に近づき、忌々しそうに唾を吐いた。
「あほ! さがれ!」
ヤットが怒鳴る。
「……おっ?」
サムライが目を凝らす。穴の底の暗がりに…… 碧く光る大きな宝珠がよっつ。
「おいやったぞ! お宝――」
――が、ぎょろりと動いた。それが巨大な魔物の眼だと気づいた時にはもう、サムライは火だるまと化していた。灼熱の火線が夕空に向かって長い直線を描き、囲む者たちが絶句する。
悪賢く身を潜めていた怪物の巨大な頭部と太い首が、ゆっくりと地上に現れた。捻れた2本の角。爬虫類を思わせる面構え。人間など容易く咬み殺すであろう凶悪な牙――
「ド、ド、ドラゴン?」
誰かがひっくり返ったような声で叫んだ。これから訪れる夕闇のような、青紫色の竜。その分厚く硬い顎が動き、口腔から赤い光が漏れる。
「ヒッ?」
正面で立ち竦んでいたウォリアーは盾を構える暇もなく、ブレスに焼かれて死んだ。
「ボサっとするな! 防御詠唱! 他は時間を稼げ!」
ヤットが腹の底から声を出すと、ハンターたちは弾かれたように動き出す。
一方、怯まず行動していた黒騎士の陣からは、長大なランスを構えた2騎が駆け出していた。ドラゴンの死角から突き刺しにかかる。
「なっ?」
突撃する隊士の黒兜から呻き声が漏れた。大穴の底から、ドラゴンの頭部がもうひとつ現れたのだ。
「回避!」
ルシアスの号令は間に合わず、突進していた2騎は馬ごと炎に呑まれて死んだ。後方の隊士が巻き込まれそうになるが、身の丈ほどもある大盾を構えた巨漢の隊士が割り込んで受け流す。

「ヒッヒッヒ。テンマよ、ありゃあ、あの傷、あの竜は」
黒装束の老ニンジャが掠れ声で呟くと、テンマはゆっくりと、そして深く頷いた。
「間違いない。まさか地上に姿を現すとは。血の臭いにつられたか…… それとも儂らを嗅ぎつけたか」
その鋭い眼光は、ドラゴンの頭や首に残る無数の古傷に向けられている。テンマは腹を決め、大穴の向こうまで届く声を発した。
「聞け! 敵は一体! ふた首竜ツインドラゴン! 首は互いに庇い合う! 接近戦を仕掛けてはならん!」
「じゃあどうしろってんだ!」
ハンター側から投げやりな声が返ってくる。
「遠くから攻撃を浴びせ続けろ! 魔法、弓、槍、石、なんでもいい! 穴から出すな! 耐火に自信のある盾持ちはブレスから味方を守れ! あとは儂らに任せよ!」
渋柿色と藍色のニンジャたちが早駆けしながら次々と手裏剣を投擲し、手本を見せる。致命の一撃には程遠いが、ドラゴンは煩わしそうに首を振り、小虫を焼き殺そうとブレスを横薙ぎに吐く。ニンジャたちは素早く回避し、ドラゴンを挑発し続ける。離れた位置で機を狙う黒装束4人から、激しい闘気が立ち昇る。
「ヒッヒッヒ。テンマよ、此処が主とわしの死に場所かのう」
老ニンジャが愉快そうに笑い、指をごきごきと鳴らす。
「たとえ儂らが斃れようと、若い衆がいる。里も滅び…… む?」
テンマが空を振り仰いだ。ニンジャの一団も頭領の様子に気づき、ドラゴンに意識を向けながら空を一瞥する。

上空。茜色の太陽を背に、何やら巨大な塊が迫って来る。

「なんだありゃ?」
ヤットが手で庇を作り、目を細めた。ヒュンヒュンという聞き慣れぬ音が次第に大きくなり、ハンターと黒騎士もざわつきはじめる。
「……船?」「バカ言え、船が飛ぶわけ……」「いや…… 船だ」「船だぞ!」
それは一隻の船。大型交易船ほどもある巨大な船。まるで鎧を着せられたように、全体が鈍色の金属に覆われている。船の上には楕円形の袋―― 船と同じくらいの大さに膨れ上がった巨大袋がふたつ浮かんでおり、船は袋に吊られる形で空を飛んでいるように見えた。船尾に備えつけられた巨大風車のような機構が高速回転し、ヒュンヒュンという風切り音を鳴らしている。
ありえない光景に地上の面々は心を奪われそうになるが、耳をつんざくようなドラゴンの咆哮で我に返る。
「何なのよもう!」「なぁ、ありゃ敵か?」「知るか! 死にたくなきゃ目の前の敵に集中しろ!」
みるみるうちに近づいて来た空飛ぶ金属船は、高度を下げながら戦場へと差し掛かり、大穴上空を通過するタイミングで船べりから何かを投下した。

(人?)

ヤットは目を疑った。
大小ふたつの人影が猛スピードで落ちてくる。

(ドワーフと…… あれはバテマル?)

ひとりは、燃える2本の剣を握り締めた全身金属鎧のドワーフ。モリブの王、隻眼のジアーム。
そしてもうひとりは巨大な斧と戦鎚を握り締めた女バーバリアン、バテマルである。
殺気に反応したツインドラゴンがふたつの口腔を真上に向け、2本のブレスで迎え撃つ。
「オオオオオリャァァァァ!」
ジアームが吼え、【灼熱の星明かりの双剣】で火線を斬り裂きながら落下する。
「ウラァァァッ!」
共に落下するバテマルも吼え、虹色に輝くバックラーで炎を防ぎながら戦鎚【パーフェクト・デストロイヤー】を振りかぶる。
落下の勢いを乗せたふたりの武器が、堅固な竜頭の片方を斬り、片方を粉砕し、三つ巴になって大穴の底に姿を消した。

現実離れした出来事に、戦場が静まり返る。

――ジアームとバテマルが穴から姿を現すと、わっと勝利の歓声が上がった。各々が隣の戦士と肩を叩き合い、あちこちで安堵の笑顔がこぼれる。
だが喜びも束の間、大穴から空へと舞い上がる巨大な影。全身を晒したツインドラゴンが翼を広げ、突風を巻き起こす。片方の頭部はずたずたに斬り裂かれ、力なく垂れ下がっているが、もう片方は頭蓋を砕かれながらも動いていた。ふらふらと高度を上げ、逃げ去るような挙動を見せる。
「逃がすな!」
ニンジャの手裏剣に続き、遅れて放たれたレンジャーの弓が次々と胴体に突き刺さる。ツインドラゴンは苦しげに叫びながらも、なりふり構わず翼を動かす。
「まさか死んでおらんとは……!」
ジアームが唸った。飛行船は集落近くの平地に向けて着陸態勢に入っており、追撃できる状態ではない。
ゆっくりとドラゴンが遠ざかり、紫色の空に溶け込んでゆく。
「あと一歩ってところでよぉ!」
「馬で追うか?」
「仇を…… みんなの仇を討たなきゃ」
「だめだ。ここの守備が手薄になる」
「何か手はねぇのかよ!」
全員が口惜しがっていたその刹那、空の彼方から飛来した一筋の雷光が竜のこめかみを貫いた。一瞬遅れて雷鳴が鼓膜に届き、ツインドラゴンが落下してゆく。
「は?」「えっ?」「なに今の」「スペルか?」
突然訪れた強敵の最期。唖然とするハンターたちの影で、老ニンジャが肩を揺らす。
「ヒッヒッヒ。テンマよ、ありゃあ、あの槍、あの猫人族は」
「カカッ。ドーラ…… 快復したか」
頭巾の下でテンマが笑う。
「ククッ。ドーラ…… 復活したね」
テンマの隣でバァバも笑った。テンマが驚異の目を見張る。
「バッ、バァバ? いつの間に…… 驚かさんでくだされ」
「ヒヒ…。嫌な予感がしたからやることホッポリ出して来てみたけど…… 取り越し苦労だったね」

空駆けるヒッポグリフに跨ったヴァルキリーが一騎、夕闇の空を切り裂きながらドゥナイ・デンに向かって来る。

◇◇◇

戦況を一変させた3名―― ジアーム、バテマル、ドーラが、ハンターと黒騎士隊に囲まれて称賛の声を浴びていた。建物の陰から一部始終を覗き見ていた数名の王国兵も、興奮と憧れが入り混じったような顔で戦士たちに拍手を送っている。
やがて称賛の言葉は飛行船、フェルパー族、ヒッポグリフに関する質問攻めに変わってゆく。奇異の目で見られることを嫌ったドーラがヒッポグリフに騎乗し、空へと逃れた。
ニンジャ衆とバァバが輪の外でその光景を眺めていると、ジアームが人波を掻きわけ、ブンブンと手を振りながら近づいて来る。
「よぉうバァバ! 待たせたなぁ!」
「ヒヒ…久しぶり」
「トンボはおらんのか?」
「熟睡中。長い獣化の反動がね」
「あいつめ。他人のために無茶する性格は変わらんか」
モリブ山に転がり込んできた若いころのトンボを思い出し、ジアームは心配そうに鼻息を漏らす。
「あの船は?」
テンマが尋ねた。ニンジャの里も情報を掴んでいない空飛ぶ船。ジアームが満面の笑みで胸を張る。
「おうおう! 凄いだろ? バァバも見たか? ワシらの技術の結晶、装甲飛行船を!」
「ああ。まさか本当にやってのけるとはね。ありゃ大陸の常識を変えちまうよ」
バァバはそう言って、飛行船が着陸した方角を見やった。建物に隠れて船影は見えない。しかし耳聞く者たちは、その船に乗って来た軍勢が集落に近づく音を捉えている。
「ガッハ! まだまだ進化するぞ? それに名前もある。その名も…… スカイブレイカー!」
「野暮ったい名前だね」
「ガッハ! ワシに文句を言われてもなぁ! バグランが名付け親よ」
「クク…。あのジジイがつけそうな名前。高い所が大嫌いだった」
「……イシィ=マーで務めを果たし、最後を迎えた」
「そうかい。おかげで頼もしい一団が加わったようだね」
バァバが微かに口角を上げる。その視線の先には、蒼白く透き通った巨熊や大狼に跨り疾走してくるバーバリアン族の姿があった。
「おう。自分らも連れていけってうるさくてな。先発隊の人数を削って乗せてやったわい」
「ヒヒ。賢者ヤコラですら説得できなかった北の引き篭もりがねぇ……」
「バテマルが架け橋になり、バグランが彼らの心を動かした。モリブの本隊もこっちに向かっとる。安心して潜って来い」
「助かるよ。本当にね」
バァバが神妙な面持ちで言う。
「ガッハ! よせよせ、らしくもない。ドゥナイ・デンに雪が積もるぞ」
「ヒヒ…ありえるね。なにせドワーフとバーバリアンが降る天気だ」

バーバリアンの一団が戦場に到着し、術を解いて下乗する。持ち場に戻っていた戦士たちも押し黙り、北方のバーバリアン族を期待と好奇の眼差しで盗み見る。男女問わず長い黒髪を編み、色白の顔は彫り深く、太い眉が勇ましい。そして全員の額と頬に刻まれた入れ墨は、それぞれ違うように見えて、一部の者同士は揃いの形をしていた。
族長のダイオンがバァバ、テンマ、ジアームの前に歩み出る。人間族としては平均的な背丈のテンマよりも頭ふたつ近く大きな偉丈夫。
駆け寄ったバテマルは、ダイオンと、その背後に控える4傑よりも後ろに並ぶ。彼女はバァバを見つめ、何かを伝えようとするが、バァバは目だけで「わかっているさ」と合図する。
「ラウラの族長、ダイオンと申します。我らバーバリアン族、この戦いに加えてくださるのであれば、全身全霊を捧げるつもりです」
「ヒヒ…歓迎するよ。堅苦しいのはナシ。そのかしこまった言い方もダメ」
「……承知した。受け入れに感謝する」
「そんじゃ、さっそく仕事をお願いしようかね。力自慢で、鍛冶の腕もいいバーバリアンにうってつけ」
「狩りではないのか?」
「クク…頼もしい言葉。だがそれは後のハナシ。まずはさっき殺したドラゴンね。村の北東、壁にぐるっと囲まれた施設の近くまで運ばせるから、解体して武具の製作や強化を。半分はおたくら、もう半分は装備がヘナチョコなそこのハンターたちの手に渡るように。ドワーフと協力を」
「承知した」
「ヘナチョコで悪かったな」
耳のいいヤットが小声で言った。だがその顔は笑っている。ドラゴンを素材にした強力な武器や防具があれば、ハンターたちの犠牲は間違いなく減るのだ。
「ヒヒ…。それとね。数名は負傷者の治療に参加してほしい。シャーマンがいてくれると助かるのさ」
「承知した。治癒術に特化した者を3名出そう」
「どうも。で、ジアーム」
「ん? 酒か? 酒場にあると聞いたがそれなりに積んできたぞ」
「お前さんは、人間が突貫工事でこしらえてるあちこちの設備点検と改良を指揮しておくれ。建築と拠点防衛に長けたアンタだからこその頼み。運んできた先発隊の数は?」
「60だ。5名は船の保守にまわる」
「なら45名を包囲戦に充てて欲しい。残りは工房と、土工の監督」
「おうし! 任せとけ。そんじゃ行こうやダイオン。さっさと仕事を片付けて、ここの奴らと親睦会だ! ガッハッハ!」
ジアームに急かされ、バーバリアンたちが中央通りを東に向かう。
バテマルだけがその場に残り、沈鬱な表情でバァバを見下ろしていた。バァバがゆっくりと歩み寄り、バテマルをじろじろと観察する。
「ヒヒ…。イイ女がさらにイイ女になって帰ってきたようだ」
「バァバ、バグランのことだが――」
「そのバックラー」
バァバが遮る。琥珀色に光る左眼が、バテマルの左腕に装着された【再生の】ミスリルバックラーを凝視している。
「……フム。ジジイの鎧をモリブの火で打ち直したね?」
「ジアームが是非にと」
「……フムフム。お前さんが使うには最高の選択で、最高の出来だ。さすが、アタシが見込んだ鍛冶師…… 頼み仕事の仕上がり具合も楽しみだよ。モリブに忘れて来ちゃいないだろうね?」
バテマルが頷く。
「ヨロシ。……で、背中のソレは【巨人の】戦斧…… あのジジイはね、レジェンダリー・ウェポンを蹴ってソイツを愛用していたのさ。理由、聞きたい? 聞きたいね?」
ズイ、と迫られ、バテマルは戸惑いつつも無言で頷いた。
「ヒヒ…。じゃ、行こうか」
バァバはくるりと踵を返し、すたすたと歩き出す。
「どこへ?」
「ニューワールド。立ち話もなんだからね。トンボを叩き起こして一杯やりながら話そうじゃないか。さ、早くしな」
慌てて老婆を追いかけるバテマルの足取りは、無意識のうちに少しばかり軽くなっていた。

【第15話・完】

【第16話に続く】

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