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EP 04 満腹の間奏曲(インテルメッツォ)01

 「コニスちゃん、まだ……おかわり食べる?」
「はい、ほしいです」

 口の端に小さな笑みを零しながらコニスが答え。
 ヒナタが思わず苦笑いを浮かべた。
 ヤチヨも目を真ん丸にしてその様子を見ている。

「嘘、でしょ……」
「はっはは、ハハハ……」
 
 その状況にソフィも笑うことしかできなかった。
 普段彼らが食べている食事の量のおよそ三食分を既にコニスは平らげていた。
 
 更に、その量を超えたとしてもコニスの胃袋は未だに満たされてはいない様子で次の料理を待っていた。
 
 最初はその体型に見合わない食欲に『かかってきなさい』とばかりにヒナタも威勢の良い顔をしていたのだが。
 さすがにそろそろ白旗を上げたいのであろう疲弊した様子が垣間見えていた。
 
「……少しだけ、時間ちょうだいね。コニスちゃん」
「はい、待っています」

 ヒナタが頭を抱えながらキッチンへと消えて行く。
 隣に座っていたヤチヨがソフィの左肘を小突いた。

「もちろん。ソフィ持ちだからね。今日の食材の分は補填よろしく」
  
 そう、ヤチヨが、こっそりとソフィに耳打ちをする。

 食料とそれを調達するための資金に関しての心配はソフィにはない。
 しかし、コニスが育ち盛り……という理由でだけは片づけられないほどにその食欲は異常であるようにも見える。
 コニスのあの小さな体のどこにそんなに入っているのか……彼女への謎がまた一つ生まれていた。 
 
 いや、もはや人体への不思議と言っても過言ではないかもしれない。
 
「はぁ……困ったわね。これを出した上でまだこれ以上コニスちゃんが食べるなら……いよいよこっちの食料が尽きるわ……でも、これなら」

 ヒナタが誰にも聞こえない独り言をポツリと呟き。
 完全に空っぽになった冷蔵庫をじっと見つめる。 
 
 自警団を出る際に、食料を冷気によって保存できる便利なこのエルムを選別に貰った。
 使い始めてもう随分と経つがこのように食材がすっからかん状態になるのは、ツヴァイに手伝ってもらってこの家に運び込んできた時以来だった。
 
 そして、そんなヒナタの最終兵器……もとい料理。
 その存在が鍋の中でグツグツと煮えたぎりその完成を知らせるような音が耳に届く。
 子供用のスプーンをしっかりと握りしめ次の料理の到着を待つコニスの表情は正に真剣そのものであった。
 既に、空になった皿は積み重なっているというのにコニスのその小さなお腹は足りないという遠慮がちなくーくーと可愛らしい自己主張を続けていた。

「さぁ。お待たせ。できたわ」

 そう言って、鍋つかみをつけたヒナタが鍋と共にキッチンから現れる。
 その存在を見て、ヤチヨとソフィの表情が凍りつく。
 
 それは、二人にとって恐怖の対象。
 恐ろしい記憶が一瞬で頭を通り過ぎていく。

「ヒナタ……それは……まさか……」
「えぇ。ホッチョムーテルよ」

 その名前を聞き、ソフィとヤチヨの表情が更に強張る。
 この謎の料理に対して、二人ともとにかく良い思い出がない。

「ソフィ、どうしたのですか……?」

 様子の変わったソフィに対して、コニスが不思議な表情を浮かべる。

「なっ、なんでもないよ。コニス」

 そう言って、ソフィが無理矢理引きつったような笑みを浮かべる。

 ソフィはヒナタがここまで遠慮なくおかわりを要求するコニスに対して怒っているのかも知れないと感じたが、すぐにその考えを払拭する。

『違う、ヒナタさんはそんなこと思う人じゃない』

 間違いなかった。ヒナタもこの料理を出すしかないほどに追い詰められてるのだ。
 
 これまでに出てきた料理はどれも美味しいものばかり。
 しかも全て、違うものを提供していた。
 個人のレパートリーで考えれば凄まじいバリエーションの数々だった。

 しかし、ヒナタはそもそも料理人ではない。
 趣味が料理というどこにでもいるような、女の子だ。
 そのレシピが尽きるのは残りの食材、材料との兼ね合いもあって自然なことである。
 
 そんな彼女が最後に放った刺客、いやメニュー。
 
 とても今日出会ったばかりの人には決して出すべきではない正に初見殺しの料理の究極の料理。

 その料理の名は……。
 

 ホッチョムーテル……。

 それが今、コニスの目の前にドンと置かれた。

 「さぁ召し上がれ。コニスちゃん」
「いただきます」
 
 コニスはスプーンを手に取り、ホッチョムーテルの入っている鍋へと入れる。
そして、並々とスプーンに乗った食材をなんの躊躇もなく口へと運ぶ。

しばらく咀嚼した後、二口、三口と次々にスプーンを中へと入れ。   
凄まじい速度で食していく。
 
「あの……ヤチヨさん。ボク、夢でも見てます? それともあれはホッチョムーテルではなく別の料理でボクたちが何か勘違いをーー」
「現実を受け入れなさいソフィ。あたしも信じられないけど、あの子が今、食べているのは間違いなく、ホッチョムーテルよ……」
「……そんな、バカな……」

  あの奇妙奇天烈なあの料理をコニスは、苦戦することもなく、もくもくと食べ進めている。
 時折つぶやくように辛いや甘い苦いなどの感想も飛び出している。
 つまり、きちんとあの不可思議なホッチョムーテル独自の味の変化も起きているがキチンとその対処を行いつつ食べているという事になる。
 
 ……コニスの食べる速さは落ちるどころか、どんどんその速さを増していく。
 慎重に食材を選定しつつ食べる必要があるこの料理を適切な手順で食べている事に衝撃が走る。
 
 というのもホッチョムーテルは最後まで食べきれる人というのはほとんどおらず、その結果残すことがこの料理のマナーなどという後天的に無理やりこじつけられたようなルールすら存在する料理だ。
 お祭り料理と言えば聞こえはいいが、まるでゴールに辿り着けない迷路のようになっている。 

「これとこれはおいしい。逆に、これとこれはおいしくないそんな気がしますにがにがです……では、これ、と一緒ならばどうでしょう……か……うん。んまんまな気がします」
「嘘……!? この子。初めてのホッチョムーテルを攻略している、ですって……」
 
 初めて食べる人は必ず途中にゲロマズな食い合わせを引き当ててしまいその存在に負けてしまうはず。
 それが三人の見解であった。
 
 しかし、コニスは、その三人の見立てを裏切り自分たちが見た事のない手順を組み合わせて食べ進めていく。
 そうか二種類では他の何かと組み合わせてもダメな食材は、三種類もしくはそれ以上を同時に食べる事も必要なのか。
 などとこの状況とは関係ない感想までもを抱く始末だった。

 そして、コニスはそのスープの一口すら残さずに、見事に。

 完食したのである。

 その光景に流石のヒナタも、驚愕の表情を浮かべた。
 ホッチョムーテルを完食出来る人がいたなんてとハッキリわかる表情をしている。

 ヒナタの思惑では必ず残ってしまうこの料理で強制的にかつ自然に食事の時間を終わらせようとしたのだろう。

「……おかわりありますか……?」

 その一言にヒナタが膝から崩れ落ちる。

「ヒナタ!?」

 ヤチヨが駆け寄り。ヒナタを支える。

「くっ完敗……だわ。私にはあの子の胃袋を満たしてあげることができなかった……」

 ヒナタは、そう呟き。悔し涙を流していた。

 何故、そこまで悔しがっているのかはソフィもまるでわからない。
 ヒナタを支えているヤチヨも同じく悔し涙を流している状況も理解が及ばなかった。
 
 しかし、これだけはわかる。
 ヒナタが人知れず敗北を味わっている。
 こんなヒナタを見るのは珍しい、いや、初めてかもしれなかった。
 ヤチヨは完全にその状況に乗っかって遊んでいるようにしか見えない。

「あの……」

 状況がおかしいと流石のコニスも気づいたのだろう。スプーンを持ちながらゆっくりとヒナタへとコニスが近づいていく。
 
「コニスちゃん……ごめんなさい……もう……おかわりはーー」
「そこで本当にあなたは諦めるの?」

 その時だった。室内に力強い声が響き渡る。

「だって……もう私一人じゃーーえっ……?」
「そうね。ヒナタ一人じゃもう限界かも知れない。でもねーー」

 ふと、ヒナタが顔をあげたその先には三人の人物が立っていた。
 勝手に家に入ってきたのだろうか?
 何の脈絡もないこの登場、そして腕組みをする三人はヒナタの目になぜか神々しく映る。

「おっ、お母さん!? どうして……?」
「うふふ。懐かしい友人に会っていてそういえばここから近いなーと思って久しぶりにヒナタの顔でも見て帰ろうとふと思ってね。なんとな~く寄ったのよ」

 そう言って、ヒナタの母がそばにいる二人を突然紹介しだした。

「紹介するわね。ヒナタ。この人はホッチョムーテルの生みの親ラ・ポルテの総支配人であり、お母さんの学院時代の学友トニーよ!!」
「ウッフン。新作ククル・パンチョム。よろしく、ねっ」
「う、生みの親!? この奇妙奇天烈な料理を!? この人が?」

 やけにキャラの濃そうな中年のおじさんがウインクをして自己紹介をする。
 その様子に、三人が唖然とした表情を浮かべる。 

「そして、こっちは今はシンガーをしていて あの名曲『はみみ』の生みの親!! モナよ」
「あの……はい。よろしく」
「はみみってあの!?」

 ソフィには心当たりがある人なのだろう。
 先ほどのキャラの濃さからは程遠い。もう一人の控えめな自己紹介に違った意味で三人は言葉を失った。

「そして、皆さんご存じ。ヒナタのお母さん。ヨウコさんです」

 そう胸を自信満々にトンっと叩く、ヨウコを尻目にヒナタとコニス以外の二人は固まっていた。

「んっ……あなた……」

 ヨウコがゆっくりと近づき、ヤチヨの顔をじっくりと見つめる。

「えっ……なんですか……?」
「どこかで見たこと……」
「「……あー!」」

 ヤチヨとヨウコが二人同時に何かを思い出した声をあげる。

「昔、サロスと一緒に怪我したときに治してくれた。優しくなかった怖い先生!!」
「そうそう……確か、フィリア君もあの時には一緒だったわね。まぁ……すっかり大きく……はなってないけど。元気そうで良かったわ」
「えっ……あっ、はいっ」
「えっ!? ちょっ、ちょっと待って。お母さん、ヤチヨと知り合いなの!? それにどうしてそこでフィリアの名前が!? お母さん、どういうーー」

 二人の間に入り込むように、ヒナタが立ち上がり。慌てた表情を浮かべる。

「昔、ちょっと、ね……」
「でも、あの時。あたし、ヒナタ見かけてないよ?」
「あの頃……ヤチヨちゃんが来た頃の私とヒナタの関係は最悪でね。職場はもちろん。家でも避けられてて話もろくにしてなかったのよ」
「お母さん。あの頃の話はーー」
「はーいストップ。昔話に花を咲かせるのも良いけど。まずはーー」

 トニーと紹介されていた人物の声と手をパンパンと叩く音に全員の顔が、トニーへと向けられる。
 今までスプーンを持ったまま固まっていたコニスまでもその視線をトニーの方へと向けた。

「腹ペコな子のお腹を満たしてあ・げ・る。それが優先じゃない?」

 ビシィっと指差した先を全員が見つめると、コニスがはキョトンとした顔でまた一つお腹をくーと鳴らした。

「そうねトニー……よし、ヒナタ手伝って?」
「!?」
「お腹を空かした子が目の前にいるのよ。母親として見過ごせないわ」
「あちしもシェフとしてのプライドが燃えて来たワ」
「でもでも……お母さん……家にはもう食材がーー」

 そんなヒナタをかき消すように、トニーがその両手に抱えた。
 大量の食材の入った袋を見せつける。

「食材も、あーたの知らないレパートリーも、あちしの中にあるわ。だから安心してヒナタちゃん」
「……う、うん!」

 心の折れかけていたヒナタの心に再び火が灯った。
 
「ヒナタ!?」
「ヤチヨ……私はもう大丈夫よ。お母さん、そしてトニーさん。私に力を貸してください」
「ウッフン。もちろんよ。ヒナタちゃん」
「さて、腹ペコの子をいつまでも待たせているわけにはいかないわ。分担して作るわよトニー」
「了解よ。ヨウコ」
「ヒナタ、あなたは私の手伝いをお願いできるかしら……? ついでにおふくろの味ってやつもまとめて教えてあげるわ」
「うん。わかった」
「あっ、あの」

 ヤチヨがヨウコのそばへと駆け寄り。その目を見つめる。

「あなたがヤチヨちゃんだったなんてね。ヒナタから話はいつも聞いていたわ。いつも、ヒナタと一緒にいてくれてありがとう」
「あたしこそ。その……あの時助けてもらったし……それに、ヒナタが一緒にいてくれて嬉しかったのはあたしも同じですっ!」

 そのヤチヨの真っ直ぐな瞳に、ヨウコは笑みを浮かべる。
 自分の娘が変わるきっかけとなった子と一度ちゃんと会ってみたかった。
 こうして昔、小さな縁があって出会っていた子が、自分の娘の、いや、もしかしたら親子の絆を取り戻すきっかけもくれていたかもしれないだなんて、とヨウコは嬉しくなった。

「あの……あたしもお手伝いしたいです! その……あの時のお礼をしたいから!」
「……ありがとね。ヤチヨちゃん。それじゃあトニーの助手をお願いしようかしら!」
「うんっ!!」

 意気揚々と、キッチンに向かうヨウコとトニーとそれにつき従うように入って行くヒナタとヤチヨ。

 取り残されたソフィ、コニス、そしてモナの三人は何をするわけもなく。ただ呆然とその様子を眺めていた。


つづく


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