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僕と彼の男二人暮らしの家に母を入れた。

「今、同棲しています。 ですが、相手は女性ではなく男です」 

数ヶ月に一度くらいの頻度で送られてくる「元気にしてる?」という母からのラインに、ずっとチャンスを伺っていた僕は今しかないと思い、脈絡もない言葉を返信に添えてカミングアウトを実行した。
そして、今日が母の日であるということに気が付いたのはメッセージの送信ボタンを押した後だった。

よりによって母の日に僕は、花を贈るでも日頃の感謝を伝えるでもなく、ずっと自分が背負ってきた十字架を勝手極まりないタイミングと方法で押し付けてしまったのだ。

メッセージに既読がついた時、母はどんな表情をしたのだろう。
同じ空間にいたであろう父に気取られぬ様、気持ちを整理していくのはとても大変だったと思う。

「混乱しています」

既読が付いてから10分程して返ってきた母からの言葉はたった一言、これだけだった。

同棲という状況に舞い上がってカミングアウトをした訳ではないこと。
どちらかが養うとか非現実的なことではなく、ちゃんと生活費は折半して自分の経済力で賄っていること。
そして、僕は母が想像していたであろう“孤独が好きな神経質な人間”とかいう訳ではなく、ちゃんと誰かを好きになる気持ちを持ち、今はその誰かと協力しながら日常を送っているということ。

状況を想像するには充分すぎるほどの7文字の言葉に対して、僕は怒涛の文章量でこの様な感じのことを一生懸命に伝えた。
自分がゲイであるとかなんとか、そういうのは二の次で、「ちゃんと他人と交わる人生を歩めている」ということをどうしても伝えたかったのだ。

何度かやりとりのラリーが続き、それから数日後には改めて母と直接会って話をすることになる。

もう僕はカミングアウトをした時に伝えたいことは伝えきったつもりでいたし、母も「まだ混乱しているけれどあなたが幸せならそれでいい」というスタンスに落ち着いてくれていた。
そんなこともあって、実際に会う時には互いにもうあっけらかんとしていて、かしこまった話をすることなど無かったのだが、ランチを終えた後に一つ提案をしてみた。

「……ウチ、見てみる?」

色々と分かってもらうのも、安心してもらうのもそれが一番なんじゃないか、って実はその日を迎える前から考えていた。

それまで僕は一人暮らしらしく1Kの部屋に住んでいて、引っ越しをした理由も「家賃が安くていいとこを見つけたから」ということにしていたのだが、本当に住んでいる部屋は同棲をする為に引っ越した1LDKだし、家賃が安いのは家賃手当をさっぴいた金額を二人で折半しているからだ。

住所は伝えていたのでさすがに「何かおかしい」くらいは思われていると踏んでいたが、そんなことは無かったらしい。

「いいの?」と、遠慮気味の母を連れ、家まで案内する。

パートナーには事前に母を家に呼ぶかもとは伝えていて、さすがにまだ会わせるのは早いので、その時間は外に出て貰うようにお願いしていた。

長居をするほどの家ではないし、殺風景な男二人暮らしの部屋から母が何を感じ取ったかは分からない。
一旦は受け止めたつもりでも、生活感が放つ生々しさを纏った現実に、やっぱりダメージを受けてしまった可能性もある。

それでも母は確かに言った。
「良い家だね」と。

これまでも、引越した先で親を部屋に入れたことはあったが、その度に母は「良い家じゃない」と、言ってきた。
僕からすると、住んできたどの家も良いも悪いもない小さな部屋なのだが、親的には地に足ついた生活感が伝わり、そこから得られる安心感からくるのが「良い家」という感想なのだろう、と想像していた。

今回も、同じように思っていてくれたら嬉しい。
ちゃんと地に足がついていて、同性愛なんて遠いどこか自分の知らない世界の話ではなく、ちゃんとここに生活があるんだ。と、母が実感し、安心したからこその「良い家だね」だったのならメチャクチャ嬉しい。

誰かと一緒に生活を営んでいる部屋に身内を招き入れるのは、恐らくこれが僕にとっては最初で最後の経験になるだろう。
今のパートナーと別れたら、同性パートナーと同棲なんていう生産性の無いことはもうしないだろうと思うからだ。

母の日に十字架を送り付けた上に、生々しく二人の生活感を見せつけて、最初から最後まで身勝手極まりないと分かっているが、僕はこれで良かったとも本気で思っている。

親が生きている内に、ちゃんと自分が選んだ誰かと作り上げた生活があった証を見せることができて良かった。
結婚して安心させることは出来なくても、経験値として誰かと日常を生きた喜びを知っていることを示せて良かった。
大袈裟かもしれないが、本当にそう思っているのだ。

もうすぐ今年も母の日がやってくる。
受け入れてくれてありがとう。
今年こそはちゃんと、カーネーションと日頃の感謝も贈ろうと思っている。




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