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ホームレス、トーマス・ヴァンスの軌跡 a story of Thomas (4)

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第四話

再起への道(1) 約束

  1992年11月3日は風と雨で明けた。
  大統領選挙のその日、マンハッタン116丁目、1番街と2番街の間の仮設投票所に詰め掛けた人々の中に、トーマス・ヴァンスの姿もあった。社会福祉重視を一貫して主張してきた民主党は、ホームレスに投票権を与える運動を進め、クリントン氏への支持層を広げていった。ホームレスを経験した事のあるトーマスもこの日、「クリントンなら雇用を増やしてくれるだろう」という願いを抱いて一票を投じた。

  トーマス・ヴァンス、1949年ルイジアナ州ニューオーリンズ生まれ。数学教師の母親に育てられた彼は、奨学金でイリノイ州のノースウエスタン大学に入学する。電気工学を専攻し、電気技術者免許を取得。その後、ニューオーリンズの石油会社に就職したが、86年のオイルショックによって失業。電気工組合のつてを頼ってニューヨークへやって来た。再就職したが、翌年再び失業。この時期にトーマスはドラッグに手を出してしまう。1ヶ月後、貯金を使い果たした時、彼に残されていたのはホームレスとして生きることだけだった。

  「転落は、あっという間だったよ」ー。

  冬は地下鉄駅の地下道が、夏は公園のベンチが身体を休める場所だった。「空き缶拾いをして命をつないだ」。アーリンと知り合ったのはその頃だ。彼女もまたホームレスだった。しかも麻薬常用の。

  1989年6月、彼らの暮らしに変化が起きた。ロウアーイーストサイドの廃墟で、つまりれっきとした屋根の下で生活出来るようになったのだ。「今は人生の"ダウン"の時期。でもこれからは、上向きになると思うんだ。住む場所も見つかったし」。ホームレスからスクワッターへ。この移行が、トーマスの顔に明るさをよみがえらせた。

  そんな彼に私は夢を語ることになる。今となっては、若さゆえの無謀な言葉に思えてしまう。あの夏のトンプキンス・スクエア・パークで、トーマスと交わした約束。

  「トーマス。ボクはいつか君のサクセスストーリーを作り上げたい。君がもう一度職を得て、きちんとした家に住み、幸せな家庭を築くまでをフィルムに収めていこうと思う」。

                          (つづく)

  

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