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人は単純?

心理は複雑?

 人の心理は単純か複雑かで問われると、多くの人は複雑と捉えます。

単純なら思い悩んだり、困ったり、哀しんだりせず、機械のように何でもやれたり、出来ないことは出来ないと判断したりするでしょう。

複雑だからこそ悩んだり、困ったりします。

逆にチャレンジしたり、楽しんだりできるのも人というもの。

このように考えると人の心理は複雑だからこそ、人と定義出来るのではないか、とも思います。

しかし、心理は複雑であったとしても、それを、心理学からみると単純であることも多々あります。

心理学は単純?

 例えば、コントロール錯覚と呼ばれるもの。コインを投げて5回連続で表が出ると、次は裏が出ると思いませんか?確率論的には「表」か、「裏」かの50%なのですが、私たちはそれまでの結果によって確立が変わると思いこみます。

 他にも根本的帰属の誤りという理由付けに関しての心理の動きが分かっています。人がどんな環境に身を置いていたかという事を考えず、その人だけを見て個人のみに責任があると考えてしまうようなことです。

あの人だったから、こういう行動をした、という理由をつけてしまうのです。さも自分には関係ないような。逆に自分の場合は環境や状況のせいでしてしまったと考えます。個人の特性ではないよ、と言わんばかりに。

理由を考える時は根本的帰属の誤りが働きやすいです。心理学では外的要因と内的要因の綱引きの結果、行動が変わると言われていますので、きちんと状況まで考えなければいけません。

 また、確証バイアスという知っていることを強化し、知らないことを排他するような心理や集団思考においてのワナなど多くのことを「心理学」では教えてくれます。

知ると使う

 教わることができ、知ることができる、というのは万人において平等だと思いますが、それを「扱う」ことや「抗う」ことは難しいです。

この辺に複雑さがあります。コントロール錯覚という心理の動きを心理学が教えてくれていたとしてもやっぱり、10回もコインを投げて全部表立ったら次こそは裏だと思うし、TVやネットニュースなどで人が事件を起こしたりすると、その人そのものに原因を探し、「私は違う」と思い込んだりするでしょう。

正論だけでは人は語れません。

状況だけでも人は語れません。

心の動きをきちんと理解して、自分の特性を把握しながら、その学問を活かしていくのです。

自分を知れば大丈夫

 まず、私たち自身の特性を知り、先人達が築き上げてきた複雑な心理を単純に表してくれている心理学を活用しましょう。

すべては私たち自身がどのような特徴があるか、特性があるか、など知り、理解するところから始まります。

私たちが思っているより、私たち自身はちっぽけであるかもしれませんし、偉大な存在であるかもしれません。

ちっぽけさや偉大さは何かを基準にしていますので、基準点を探すようにしてもいいでしょう。また、意外と○○が好き、とか見栄っ張りとか分かると、それが私たちの判断を邪魔している可能性があります。

まずは己を知ること、次にどのようになりたいかを決め、そのために何が必要か学び、体現すること。それこそが「人は何にでもなれる」ということだと思います。

己を知るためにも思考習慣は定期的に見直していきましょう!



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