親と私
父は子供や配偶者を対等に扱うことができない人間で、話し合いができない人でした。
その事に気が付いたのは高校生くらいでした。
それまでは、父に対して意見を言う時に普通のトーンで話していても、まともに取り合ってくれない事に苛立って感情的になっていました。
結局その事を咎められて、『お前はすぐにヒステリックになる、お母さんにそっくりだ。お前は頭がおかしい。』とお決まりの暴言を吐かれて、何を言っても無駄な状態になります。
引き続き暴言に対して反発したり、私が意見を変えずに自己主張すると、父に謝るまで暴力を振るわれ、家の中を追いかけ回されるので逃げるために外に出ると玄関の鍵を閉められます。私は鍵のかかっていない車に入り、泣いて過ごしていました。
こういう出来事が、18歳までよくありました。
父が話し合いの出来ない人だと理解してからは無駄に傷付かないようにしていました。
自分の意見を冷静に話しても、まともに取り合わずにヘラヘラしてきたら父と対峙している暇があったら、自分のために今できる事をしよう。と素直に切り替えるようにしていました。
私は父に期待する事を辞めました。そして父の期待する娘になることも辞めました。
どこかで期待に応え続けて、まともな意見を言えるようになれば、話を真面目に聞いてくれる、理解してくれると勝手に思っていたのが間違いでした。
私は父が嫌いです。父は18年間一生懸命に育てたのに親不孝な娘だと思っていることでしょう。
父と暮らしていた頃、私は生きた心地がしませんでした。別に誘拐されても、事故に巻き込まれても、◯んでもいいくらい自暴自棄になり、自身を哀れんでいました。
母は寂しい人でした。
母の生い立ちは複雑なようであまり話したがりませんでした。子供の頃はとても寂しかったと言っていました。
恐らくそれは大人になっても、そうだったのでは無いかと思います。
養父が亡くなった頃でしょうか?ある時から熱心な仏教徒になり、お経を唱えたり、お寺に通うようになりました。
お守りや数珠などを家族分買ってきては、身に付けるよう言われていました。
突然、家出したこともありました。母はきっと限界だったのでしょう。
母はたくさんの悩みを抱えていたはずです。
家事、育児、そして父からのモラハラとDV、嫁姑問題など心当たりがあるだけでも、これだけあります。
母は気軽に頼れる身内も味方も居なかったと思います。もう、家を出るしか無いくらい苦しい気持ちは私が父から逃れたかった気持ちと似ているところがあります。
家出から連れ戻されてからも、精神病で入退院を繰り返しており、その後両親は離婚しました。
それでも、母は愛に飢えている人なので結局父とは今でも連絡を取り合っているようです。私は母のことを到底理解できそうにはありません。
類は友を呼ぶとは、この事を言うと理解しました。
子供たちに「愛してるよ」や「大好きだよ」という言葉をかけてきますが、本当に子どもが大切で言っている訳ではありません。自分が言われたい、愛されたいからやってるです。
母にとって子どもとは、自分を無条件に愛してくれて、母を幸せにするために尽くしてくれて当たり前の存在なのです。
母は「将来、お金が無くなったら、こなつに養ってもらって暮らそうかな」や「お祈りしてお寺にお金を入れなさい」などと言います。
私は母に期待するのを辞めました。
どこかで、愛があり理解がある母になってくれると思っていました。
病気を治すことも、お祈りを辞めさせることも、自分には出来ないことを理解し、母とは縁を切りました。
淡々と両親の話をしてみました。
いかがでしたか?
一応、ノンフィクションです。
こんな家の事情を言ってはいけないと思う方もいるかも知れません。日常生活ではこう言った話はしません。そのせいか、ごく幸せな家庭で育ったような発言をかけられることがあります。
私にはそれが辛いし、よりマイノリティを強く感じ、傷つきます。人間とは他人の不幸には興味ないのに他人の幸福には嫉妬する生き物です。
表向きには、私の事を美化して想像しているなら、ご自由にどうぞ。という諦めモードですが
心のどこかで、本当の事を知ってもらいたいと思って書いてみました。
親が離婚して、父と暮らしていた期間は本当に修羅で地獄でした。
精神的にも不安定で、いつもどこか具合が悪かったですし、突発的に不安や悲しみに襲われて涙が出てくることもよくありました。誰にも迷惑をかけずに消えたいと考えていました。
いつも、この頃に比べたら今はなんと幸せなんだろうと思います。それでも、この過去があって良かったとは1ミリも思いません。
傷ついた事が無くなる訳でもありません。今でも誰かに傷つけられる事がとても怖くて、臆病者です。人と浅い付き合いしかできません。関係性が深まるのが怖いのです。
そのためなら、フィクションも作ります。私は道化になります。理解されない、されたくない人たちに哀れな顔で見られるのは心の底から嫌だからです。
良い意味でも悪い意味でも、私は人に期待しません。私の心のシャッターは開くことはないです。
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