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真面目な人間になります。どうか許してください。

再読の部屋  No.7 夏目漱石作「虞美人草」 明治四十年(1907年)発表

最近、いくつかの手続きで電話番号やメールアドレスを誤って入力/記入するという、とんでもないケアレスミスをしてしまいました。頂けるはずの連絡が全くなかったため手続き元で確認したところ、ミスが判明しました。あまりに集中力を欠いた、情けないミスに、「すべて、私の責任です」と落ち込んでいたら、夏目漱石「虞美人草」の小野清三の、

真面目な人間になります。どうか許してください。

という言葉が思い出されました。一体、小野さんはどういう気持ちであの言葉を口にしたのだったっけ・・・・。そんな興味から夏目漱石「虞美人草」を再読してみました。

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「虞美人草」のテーマは、甲野藤尾が象徴する利己と、彼女以外の人々が守ろうとする道義の戦いと考えられます。物語では、藤尾が自分に相応しいと認めた小野さんが、次の二人の女性の間で大揺れした後、藤尾を拒絶するまでが描かれています。
・利己の象徴である藤尾。美人、才気、財力の持ち主。
・道義の象徴である小夜子。小野さんの恩人の娘で数年前に結婚の口約束をした。

藤尾を後押しするのは、その実母。作者がマクベスに登場する老婆を引き合いにして、「謎の女」と記す女性です。外交官の夫が亡くなると、甲野家の全財産を手に入れるため、相続者である、先妻の息子(藤尾の母違いの兄甲野欣也))の追い落としを図ります。

一方、反藤尾派の旗振りとなるのは、藤尾の兄、甲野欣也の友人で、甲野家の父方の遠縁の息子である宗近一(むねちかはじめ)です。

藤尾派と反藤尾派の間に立つ小野清三は、藤尾の家庭教師です。大学卒業時に恩賜の銀時計を賜ったという秀才ですが、資産はない青年です。

藤尾に引き寄せられる小野さんは、反藤尾派に「真面目になれ」と喝を入れられた結果、藤尾との駆け落ちを思いとどまり、藤尾に、次のように謝罪しながら、小夜子を選ぶと宣言します。

「宗近君の云う所は一々本当です。これは私の未来の妻に違いありません。――藤尾さん、今日までの私は全く軽薄な人間です。あなたにも済みません。小夜子にも済みません。宗近君にも済みません。今日から改めます。真面目な人間になります。どうか許してください。」

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この作品は、以前、現代の感覚で読んでしまい「次の点が読み取れない」と感じたことがありました。
・藤尾に関心を持つ男性たちは、彼女のどういった点に魅力を感じたのか?
・小野さんは、小夜子に、道義上の責任だけでなく、愛情を感じているのか?

しかし、「利己と道義のせめぎ合いの末、道義が勝った」「利己の代表である藤尾が、道義の象徴である小夜子に敗れた」物語として割り切ることで、派手なお芝居を見るような華やかな印象を受けました。その点がとてもおもしろく感じられました。

よろしかったら、「虞美人草」、お楽しみください。

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