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謎は謎のままが美しい。でも、解かずにはいられない。

ほんの感想です。 No.54 谷崎潤一郎作「秘密」 明治44年(1911年) 発表

ある早起きした日のこと。テレビを点けると、突然、金色に縁どられた白い仮面の女性の顔がアップで現れました。さる国から皇子との結婚のため宮廷を訪れた公主が、皇帝を始めとする男たちを、仮面による謎オーラで怯ませた場面でした。

それは、公主の瞳の輝きや口元の美しさを目にした人々が、「仮面の下の顔は、どれほど美しいのだろう」と否が応でも期待で胸を膨らませてしまう場面でした。

ところが、番組のエンディングで仮面を外した公主を目にすると、私が感じた彼女の謎オーラは、すっかり消えてしまいました。とても美しいのだけれど、一度その顔を認識したことで、美しさへの興味がなくなってしまったかのようでした。仮面によって、本来は持たない謎パワーを身に着けることができた、ということなのでしょう。

そんなことを考えていたら、谷崎潤一郎の「秘密」という作品が思い出され、主人公がある女性の秘密を知り、興味を失った理由が、少しわかった気になりました。

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「秘密」は、次のような物語です。
感受性の鈍りから、「一流の芸術や一流の料理を玩味できない」ことに悩む「私」は、それまでの生活を一転させ、寺で起居し、「自分の神経を震わせ慄かすような、不思議で奇怪なこと」を求めていきます。

「私」がやってみたのは、次のようなことでした。
・寺の自室で、壁の四方に住職秘蔵の地獄極楽図などをぶら下げ、白檀や沈香を焚き、敷いた緋毛氈敷に寝転がって、陶然とする。
・夜の散歩で冒険をする。当初は、日々異なる服装で出かけたが、小道具を使った変装の楽しみを知った。さらに女物の衣装を身に着け、相応しい化粧を施して出歩くことを楽しむようになった。
・夜の散歩で、旧知の女性を見かけ、その謎めいた様子に惹かれる。彼女の秘密を解き明かすことに夢中になる。

そして、「秘密」の終盤、「私」は、女性の謎を突き詰めようと、彼女の秘密に夢中で迫っていきます。一方、「私」という人間を熟知していた女性は、「謎」が明かされぬよう心を砕きます。

しかし、あることをヒントに、「私」は、女性の謎を解いてしまうのです。その結果、・・・・・・。

「秘密」の最後に描かれた「私」の心情は、次のようなものでした。

二三日過ぎてから、急に私は寺を引き払って田端の方へ移転した。私の心はだんだん「秘密」などと云う手ぬるい淡い快感に満足しなくなって、もっと色彩の濃い、血だらけな歓楽を求めるように傾いて行った。

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「秘密」を読むと、自分が欲するものへと向かうときの、ひたむきさ、貪欲さ、妥協の無さ、一所懸命さなど、どんな言葉でも言い尽くせないような、谷崎潤一郎の集中ぶりを感じます。今日は、そんな谷崎パワーから元気をもらった気がしました。

ここまで、読んでくださり、どうもありがとうございました。


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