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たどり着くための道は無数にある

アクセスありがとうございます。
越路つぐみです。


私は人生の歩み方にも多様性があっていいと思っています。

「個人の考え方や捉え方の多様性を認めていきましょう」は、最近多くのところで耳にするようになりました。
個人の多様性を尊重できるように、違いを持ったまま暮らしていくために、取り組んでいる方の活動も大きくなってきました。


そうした中でも、私は世の中には基本ルートが示されていることがあるように感じています。
そして多くの人は、基本ルートで経験を積み、多くのことを獲得します。
ではマッチしない人はどうなんだろうと、常時マイノリティの私は考えたりするわけです。


例えば学校教育…。
今の学校教育のシステムにマッチする人としない人がいますよね。
昨今は、学校ではないところが学校で獲得するスキルや経験などを積む機会を提供してくれていて、子どもたちは学校に通うことが難しくてもどこかしらで、学校で獲得することを得られるようになりました。

私は、基本ルートを進むことで得られるものが違うルートを使っても近づけるのであれば、ルートはいくつもあっていいと思っています。
そういう意味で、学校とのマッチが難しければ、それに代わるものを使っていけばいいというのが私の意見です。

「嫌だからしなくていいよね」ではなく、他のルートがあるのであれば、基本ルートにこだわりすぎなくてもいいのかなと私が感じているのです。


私は人生の半分以上、基本ルートから外れて動いていました。
基本ルートに乗っからないことで、色々言う人もいます。
ただ、私自身が「心地よく暮らす」ためには基本ルートはマッチしていませんでした。
他の人と違うペースであったり、ルートを使っていますが、それはそれで基本ルートと違った景色が見えます。
ありがたいことに、基本ルートを歩んでいる人たちも周りにたくさんいましたので、彼らと情報交換をし、交流をしながら進んできた面もあります。

基本ルート以外の道を選んだとしても、目的の達成に近づければいい。
どこを外してはいけなくて、どこなら広げていいのか。
そのあたりが【いい塩梅】になるといいなって思っています。

そして、基本ルートをたどった人も、そうでない人も、懸命に生きる個人として接してもらえると嬉しいです。
どのルートにも無限の可能性があります。
大切なことは、自分の可能性も他者の可能性もつぶさないことではないでしょうか。

そんなことをふと思いつきました。


ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
またの機会に。

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