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小説 「私を 想って」

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高校二年生の鮎沢鞠毛(あゆさわ まりも)は自分の名前について悩んでいた。 でも、不器用な性格もあって相談できる友達はいない。   父、正臣(まさおみ)の再婚相手の涼花(りょうか)… もっと読む
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私を 想って 第十一話

私を 想って 第十一話

 田舎のひっそりとした神社のお祭りにしては、盛大で豪華なものだった。階段の下から見上げたことしかなかったから、境内が予想以上に広く立派なことに驚いた。
 夜店もたくさん出ていて、にぎやかな空間に自然と笑みが浮かぶ。子供の頃、近所でお祭りがあっても外から眺めるだけで、こんな風に誰かとお祭りに出かけたことはなかった。
 人混みの中にいるのに、何かを気にしたり、怯えたりしなくていい感覚を初めて知った。多

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私を 想って 第十話

私を 想って 第十話

 篤人のお父さんと妙さんが戻ってきたのは、だいぶ経ってからだった。和さんは、やはり長期入院になるらしい。お見舞いは和さんの様子を見ながらということになった。涼花さんは病院で手続きを終え、一度家に帰ってからお店に向かったと、妙さんから聞いた内容がスマホにも届いていた。
 帰り道にファミレスでお昼を食べ、篤人の家で夕食をもらってから家に帰った。

 誰もいない家は静かすぎるのになぜか耳が痛い。乱暴に水

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私を 想って 第九話

私を 想って 第九話

 気がつくと朝になっていた。カーテンの隙間から勢いの強い日差しが床を照らしている。
「痛っ」
 立ち上がろうとして思わず声がでた。
 膝を抱えた格好のままだったから、背中が痛い。眠っていたのか、それとも起きていたのか。視界も感覚もぼやけていてよく分からない。
 家の中は、静まりかえっていた。
 狭い借家にいたときもそうだが、広い家に一人でいると、よりいっそう自分が一人ぼっちなんだと感じる。
 昨夜

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私を 想って 第八話

私を 想って 第八話

 めずらしく、涼花さんは夕方に帰ってきた。早めにお店を閉めてきたそうだ。そのため、いつもなら涼花さんのいない週末の夕食だけど、三人そろって食べることになった。

 昼間和さんの口から聞いた涼花さんと、目の前にいる涼花さん。その二人のイメージがかけ離れていて、どうしても重ならない。
 それは、涼花さんの怒っている姿を一度も見たことがないからだ。 
 涼花さんはいつも笑顔で和さんのお母さんになりきり、

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私を 想って 第七話

私を 想って 第七話

  涼花さんがお店を開く週末を迎えたが、妙さんの捻挫はまだ良くなっていないようで、再び私が和さんのお世話をすることになった。 
 怖いから嫌だとは言えない。
「ごめんね、今日も鞠毛さんに頼んでしまって。午後には砂山さんが来てくれるけど、何かあったらすぐにメールしてね」
 涼花さんは私の気持ちには何も気付いていないのだろう。私だってこの気持ちをどう説明していいのかわからない。いつものように涼花さんは

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私を 想って 第六話

私を 想って 第六話

 週明けの月曜日は、涼花さんは「昨日はありがとう」と丁寧にお礼を言い、人に会う用事があるからと、朝から家を空けていた。そのお陰で、あまり顔を合わさずに済んだ。
 今日は砂山さんが朝から遊びに来ている。
 和さんのお世話を一人でできたことをすごく評価されたが、それほど喜べなかった。
 悶々としていたら、あっという間に時間が過ぎてしまい涼花さんが帰ってきた。いつもと変わらない様子の涼花さんを見て私も何

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私を 想って 第五話

私を 想って 第五話

 毎週金曜日から日曜日の三日間は、涼花さんが経営するカフェのオープン日だ。

 朝から出かけて、帰ってくるのは夜遅くになるときが多い。和さんは一人で自分のことはできるとはいえ、一人きりにするのはまずいだろうということで助っ人を頼んでいた。
 隣の地区に住んでいる和さんの妹の妙さんが、家に来て一日世話をしてくれることになっている。「ヘルパーさんに頼まなくても、私も元気だし、姉さんの面倒くらい大丈夫だ

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私を 想って 第四話

私を 想って 第四話

 マリーさんだ!
 いや、正確な名前は知らない。私と父は、その植物をずっとマリーさんと呼んでいた。亡くなった母が大好きだった植物だと父が言っていたことを覚えている。

 マリーさんは借家の軒下に生えていて、父が仕事に出かけるときは毎回、「お守りになるから」と、まだ柔らかい先の部分を摘んでは、ポケットに入れて持って行っていった。

 マリーさんに近寄って、父がしていたように柔らかい部分を摘む。清涼感

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私を 想って 第三話

私を 想って 第三話

 昨夜はなかなか寝付けなかったが、夏休み最初の日はいつもより早く目覚めた。確実に寝不足だけど、ゆっくり寝ていたい気分にはなれない。

「おはようございます。あの、何か手伝うことってありますか?」
 台所に立つ涼花さんに声をかける。

 ここ数ヶ月、毎日目にしてきた当たり前の光景。今日も同じく涼花さんが台所にいることに、ほっとした。
「おはよう。食事の準備はほとんど終わっているから、手を借りなくても

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私を 想って  第二話

私を 想って  第二話

 トトトと、リズミカルに廊下を歩く音がする。その足音が私の部屋の前で止まると、一瞬のためらいもなく襖が開けられた。
「暑いな、窓あけようぜ」
 篤人はまるで自分の部屋のように入ってきて、私の返事を得ることなく部屋を横切ると窓を大きく開けた。昼間ならあまり手入れのされてない芝生の広場とその向こうにある雑木林が見えただろう。周囲に明かりのない今は、夜の暗闇が広がるばかりだ。

 窓からぬるい風とともに

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私を 想って 第一話

私を 想って 第一話

 思春期特有の悩みなら数年我慢すれば解決するけれど、
 私の悩みは一生続くと思う。

「鞠毛さん、そろそろ晩ご飯にしましょう」
 私は台所から呼ぶ涼花さんに「はい」と返事をして、通知表を手にとった。
 気が滅入る。その原因は、通知表の中身ではない。表紙に書かれた自分の名前だ。
 鮎沢鞠毛。
 やっと馴染んできた名前であると同時に、ずっと私を悩ませてきた名前。そしてこれからも悩ませ続けていくのだろう

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