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“『すずめの戸締まり』を映画音楽の視点から読み解くと?”特集(TBSラジオ「アフター6ジャンクション」)

音楽ライターの小室敬幸です。2022年1月11日放送のTBSラジオ「アフター6ジャンクション」で、“『すずめの戸締まり』を映画音楽の視点から読み解くと?”特集にゲスト出演させていただきました。以下は、番組内で話しきれなかった内容まで含んでおります。Spotifyなどで配信されているポッドキャストと共にお楽しみください。


『君の名は。』以前から読み解く新海誠監督と音楽

・新海監督はゲーム会社の日本ファルコム出身
・会社ではオープニングムービーを制作しており、5年ほど勤務したのちに退社。
・その後、8ヶ月かけてほぼ一人で制作したのが(短編や試作を除くとデビュー作にあたる)『ほしのこえ』(2002)

・『ほしのこえ』は、(CGアニメーションの戦闘シーンなどを除いて)ダイナミックに動かない。(CGアニメーションを除いて)短いカットを積み重ねて、シーンを作っていく。
⇒そのため、音楽や音でシーンの統一感を作っている。
⇒作品の大部分をたった一人で制作していたが、完全に外注しているのが音楽部分だった!

・『ほしのこえ』から4作目の『星を追う子ども』までは、日本ファルコムの同僚だった天門(本名 白川篤史)さんが音楽を担当。
・3作目『秒速5センチメートル』と4作目『星を追う子ども』では、主題曲は既存曲を導入したり、他の作曲家が編曲や補作で加わったり……。
・5作目『言の葉の庭』では完全に別の作曲家を起用。しかしこの一作のみ。
・続く『君の名は。』の際に、好きなミュージシャンの名前としてRADWIMPSを挙げたところ、はからずもこれが実現。
⇒『君の名は。』以前の新海作品を観ると、「ピアノソロ」と「主題歌」が重要であることが分かる。
⇒野田さんがもしピアノソロ曲を書けなければ、このコラボレーションは上手くいかなかったのではないか?

『君の名は。』(2016)

・サウンドトラックに収録された27トラックのうち、21トラックの作曲者は野田さん個人名義。
・桑原彰(ギター)さんがバンド編成のインストを、武田祐介(ベース)さんがシリアスな音響重視の楽曲を、数曲ずつ担当。

🌟OPで流れる「夢灯籠」のイントロでギターの逆再生が使われている。
⇒彗星が落ちた日(秋)から、夏に時間軸が戻るのを表現?
⇒タイムリープものであることをほのめかす演出?
⇒ちなみに「夢灯籠」は、主人公2人が初めて対面するかたわれ時の場面でインストになって流れる。そうすることで、その部分の「夢灯籠」の歌詞が重ね合わされている。

🌟ED直前、主人公2人が東京で再会する直前に流れている「なんでもないや (movie edit.)」のラストでは、ギターの通常再生と逆再生が共存。
⇒主人公2人の3年のギャップを埋めていく。

🌟続く「なんでもないや (movie ver.)」では逆再生が使われていない!
⇒3年のギャップが埋まったことを表現。

こうした2人の時間差を新海監督は、かたわれ時の場面では瀧に時計回り(時間が進む)、三葉に反時計回り(時間が戻る)させたり、東京で再会する場面では瀧が階段をのぼり(時間が進む)、三葉が階段をくだる(時間が戻る)ことでも視覚的に表現している。
⇒『すずめの戸締まり』でも類似の演出があり、鍵を締めるのは反時計回りだったり、自転車で出発する時には鍵が時計回りしたりすることで表現している。

『天気の子』(2019)

・ソースミュージック(劇中の登場人物たちも聴こえている音楽)には既存曲を使用。
・アンダースコア(劇伴)は、桑原さん、武田さんが1曲ずつで、大部分を野田さんが作曲。
🌟本作で野田さん(と新海監督)は新しい試みを始める。それが物語のプロセスにあわせて、主題歌のインストを分割して劇伴にするという手法。

例)「グランドエスケープ (Movie edit) feat.三浦透子」
第1段階:陽菜にハンバーガーをもらう「02. 優しさの味」でAメロが初登場第2段階:逃げ込んだ廃ビルで、帆高の前で晴れを祈る「08. 晴れゆく空」でBメロが初登場
第3段階:フリマの初バイトで晴れ間が差してくる場面の「11. 初の晴れ女バイト」でサビが初登場
第4段階:クライマックスの救出シーンで初めて歌詞付きで歌われる
⇒つまり陽菜と帆高が出会い、その距離を縮めていくなかで、曲が生まれていく!
⇒ちなみに「 愛にできることはまだあるかい」は細かくみていくと、7段階に分けて、劇伴に使っている。詳細は別記事で全編の音楽分析を書いてあるので、参照しながら鑑賞し直すと、印象が大きく変わるはず。

『すずめの戸締まり』(2022)

・サントラ収録曲のうち、桑原さんは1曲、武田さんは0曲に。
・そこに今作ではメタルギアソリッドシリーズなどを手掛けていた陣内一真さんが加わり、主にミミズが現れる場面と、身も蓋もない言い方ですが久石譲っぽい音楽が求められた場面を担当。
🌟それでもやはり中核を担っているのは野田さんで、『天気の子』を発展させた手法で作曲している。
🌟野田さん作曲のうち、物語の根幹とかかわる楽曲は、エンドロール2曲目(つまり映画の最後)で流れる主題歌「すずめ」から派生している。

⇒そもそも「すずめ」のAメロは、新海監督から最初に脚本を送られ、何回かのやり取りの後に、まず生まれたもの(少なくとも2020年9月14日の段階では出来ていた)。新海監督と野田さんが出演した関ジャムでは「この曲で今回きっと映画になりますよ、いきましょう」となったと新海監督が話していた。これはどういう意味なのか?

・「すずめ」という歌はAメロ、Bメロ、サビ……この曲自体がプロセスを踏むように出来ている。(以下、他の譜例も含めて、同じ色が割り振られている部分は、同じ音の動きをしているという意味)

・Aメロのハミングが最初に劇中に登場するのは、開始からおよそ12分後にタイトルが出るところ!……なのですが、実はその直前にも同じメロディが登場する。それが「廃墟の温泉街」の3'15"から。
⇒ここは主人公2人が初めて一緒に戸締まりをするシーンで、その際に子供の声(=すずめの戸締まりされた記憶)が聴こえてくると、ワールドミュージック風の合唱が「すずめ」のAメロを歌う。これにより、OPで断片的に描かれた主人公 岩戸鈴芽の過去と、戸締まりが関係していることを暗示。

⇒この後も、このメロディがはっきりと出てくる場面では鈴芽の頭のなかで過去とか、自分自身の内面に意識が向いている。
⇒このメロディにあてられた歌詞は「君の中にある 赤と青き線 それらが結ばれるのは 心の臓」。おそらく「赤」は心臓から血液を送り出す動脈、「青」が血液を心臓へ戻す静脈のこと。ミミズが動脈で、戸締まりの際に鍵から青く光るのは静脈と考えると、人々の記憶から消えていくと発生する後ろ戸は「心」。その後ろ戸のなかにみえる常世は黄泉の国のことなので、鈴芽の心は死者側や過去に取り残されたまま……。

余談:
映画音楽の機能としては、『アナ雪2』の「The Voice(アアーアアー)」に近い。没ver.のAメロは(旋律自体が異なっているのですが)、歌詞は「闇の中で光るは君の声 それを刹那手繰りよせ」と、より「The Voice』に近い。

🌟もうひとつ、とても大事なのがサビのメロディで、これの使い方が今回の最大ポイント!サビのメロディにあてられた歌詞は「なんで泣いてるのと聞かれ答えれる」
⇒これは映画冒頭の夢でみた「小すずめ」のシーンのことを指している。『すずめの戸締まり』という作品は、「小すずめ」が泣いている理由を追っていく物語。
⇒このプロセスを、サビのメロディが徐々に出来ていくプロセスで表現。

・「二人の出逢い」……2音(ラ・ソ)
・「手当て」……3音(ミ・レ・シ) 
⇒ Aメロの要素も組み合わせて、ミミズの歴史を語る際のライトモティーフに
・「キャットチェース」……3音×2(ラ・ソ・ミ/レ・ド・ラ)
・「夜のフェリー」……3音を含んでいるが変奏して脇道へ
・「猫探し」(桑原彰)、「二人の時間」……5音(ラ・ソ・ミ・レ・ド)

・「東京上空」……4音(だけど原調、原キー/レ・ド・ラ・ソ)
 ⇒ ちなみに中心となる旋律はAメロの変奏(ここが本丸であることを演出)

・「決意〜旅立ち」……ついにハミングで完成形(レ・ド・ラ・ソ・ファ・ソ・ラ)が登場=予感が確信に変わり、この物語が他人事ではなく自分事に。
⇒ただし、サビの歌い終わりである「君と手を取りたい」という歌詞がつくメロディだけがまだ流れず、この結論はエンディングまでとっておかれる。

・「戸締まり」……いよいよ物語の最終的な結論が示される場面で、寂しく悲しげな「すずめ」のAメロの後、サビのメロディの変奏(レ・ド・ラ・ファ・ソ・ラ)がオーケストラの壮大なサウンドで鳴り響く。

・「カナタハルカ」……エンディングで「すずめ」より先に流れる、野田さん自身が歌う曲。
 Aメロ:「すずめ」のメロディから派生。
 Bメロ:「カナタハルカ」のAメロを変奏。
 サビ:前半のメロディは「夢じゃなかった」という曲に酷似、そして後半に出てくるメロディが「すずめ」Aメロの変奏で、歌詞が対応(ぼくにはない⇔きみのなかにある)している
 Cメロ:リズムを崩す部分で「すずめ」Aメロを明るく変奏し、ハッピーエンドへ。

ちなみにこんな音楽演出も……
・「自転車の二人」……叔母である環さんと一緒に自転車に乗るシーンで流れるが、これは前半の海部千果(あまべ ちか)と夜な夜な話すシーンの音楽「二人の時間」を変奏したもの。
・「草太の元へ」……途中から聴こえてくる旋律が『君の名は。』における「御神体」という楽曲に酷似。つまり、要石になった草太≒御神体。


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