哀しくて愛おしい記憶

私が寂しがりやなのは今に始まった事ではないが、今夜は久々にそのことに向き合ってみた。


今夜、テレビで『僕のワンダフル・ライフ』という映画を見た。予想していた通り、最後には泣いていた。こんな風な泣き方をしたのは久しぶりだ。好きな人と別れた時は号泣というか苦しい泣き方だったけど、今日の泣き方はただ溢れる感じだった。



私にはとても可愛い犬がいた。
結婚していた時に、生後2ヶ月でやってきた。
細かくお世話して、とてもとても可愛がって育てて、子供のいない私にとっては娘のような存在だった。

離婚した時ももちろん一緒に実家に帰ってきた。
そして、仕事が決まって家を出る時も一緒。
新天地でがんばれたのは、毎日、家に帰れば、彼女が待っていたからだ。わがまま娘なのに、空気の読める最高の娘だった。



犬が苦手で、人が好きで、お客さんが来れば大喜び。たくさん友達が来ると、イケメンにだけ愛想をふりまく、そんな賢い犬だった。



10歳になる頃、何年か経ったらいなくなってしまうのかもなという予感はあった。それでも健康だし、15歳ぐらいまでは生きるだろうと確信していた。


ところが別れは突然やってきた。


普段は食欲旺盛なのにあまり食べない。
鼻水が出る。
立ったまま眠りだす。

すぐに病院に連れて行った。
最初はそんなに大事になる話ではなくて、薬で何とかなるだろうと思っていた。ところが大学病院を紹介された。



結果は鼻の中の癌だった。

鼻の癌は手術が難しく、大変な手術なのに、とっても取りきれず、再発する可能性が高いと言われた。体が手術に耐えられないだろうとも。


鼻が腫れ、食事が食べられないから首に管も通した。それでも毎日、良くなると信じて声をかけ続けた。


幸い職場の配置上、平日に休みが取れたから、高速を走って大学病院に通い、特別な治療も受けた。車が埋もれるぐらいの大雪が降る地域にある大学だったけど、それも気にせず通った。治療は治験だったからお金はかからなかったが、全身麻酔と薬代でどんどんお金は無くなっていった。



それでも良かった。
毎日、生きてくれて、撫でてやると嬉しそうにしていたから。辛いのは私じゃなくて、彼女だったから、少しでも良く、少しでも楽にしてやりたかった。



毎日、仕事を終えて早く帰りたいのに、帰ってもしものことがあったらと思うと怖かった。



ある日の夜、いつものように一緒に寝そべって、いつものように時間を過ごしていた。彼女は呼吸しづらいため、あまり眠れず、よくうとうとしては、ハッとなっていた。その時もうとうとしてハッとして起き上がり、私の方に向いていたが起き上がって、横を向いた。そして少し体を震わせて、倒れた。


それをずっと見ていた私はすぐに抱き上げて、もうダメなんだなと悟った。私の腕の中で段々と呼吸が浅くなって、そして止まった。


お医者さんには、おそらく痙攣を起こした時に心臓が止まっているから苦しくなかったと思いますよと言われた。確かに吠えたりもしなかったなぁ。最期の時に一緒にいられたことがせめてもの救いだし、少しでも苦しまなかったと聞いて、涙が止まらなかった。





彼女がいなくなって、本当にさみしい。
今でもさみしいのに、その気持ちを抑えて生活していた。それが映画を見て、どっと溢れてきてしまったみたいだ。


私のところに戻ってきて欲しいけど、もう犬を飼うことは無いと思う。あんなに苦しい思いはもうできない。別れることの辛さがこんなにも跡をひいているのに。



あんなに可愛い子にはもう出会えないと思う。
私にとって唯一の相棒。
私にとって唯一の愛娘。
私が泣くと慰めてくれたなぁ。いつも一緒だった。あんまり心配かけないような生活をしないとなぁと泣きながらちょっと笑った。


幸せにしてくれてありがとう。

 

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