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【短歌と和歌と、時々俳句】27 初日の出

 初日の出が見たいと言ったのは長男である。インフルエンザでどこにも行けなかった年末を終えて鬱屈としていた僕たちは、家族全員で見に行くことにした。
 鹿児島の元旦は良く晴れて暖かかった。海に向かう人は多い。海岸沿いのコンビニの駐車場には隙間なく車が並んでいた。東の空はすでに朱の色が深くなってきている。その朱が一番濃い空と接する山の端が、蚊取り線香みたいにじんわり赤く輝く。次の瞬間眩い光が溢れだした。日の出だ。

 始まりの光を眺めていると詩情があふれ出す。日本文化を担ってきた先達はそんな日の出をどう歌ったのだろうか。

 まずは初日を歌う短歌をみてみよう。『短歌表現辞典 天地季節編』には初日を歌う短歌が並ぶ。その一首目は斎藤茂吉の作品だ。

にひとしの真日まひのうるはしくれなゐを高きに上り目蔭まかげして見つ 

斎藤茂吉

 上句の「にひとし」は新年のこと。「真日」は日の美称だ。『万葉集』に由来する言葉である。
 下句では初日を眺める作中主体の振る舞いを描く。「目蔭」は普通、上から差し込む光をさえぎるために手の平を目の上にかざすことをいう。しかしここに登場する光は目の高さに現れた初日から差し込んでいるはずだ。すると「目蔭」の目的は光をさえぎることではない。この語は「高きに上り」と連ねて使うことで作中主体のワクワク感を表現しているとみたい。初日の出を待ち望む心を身体動作で表現しているというわけだ。 
 格調高い初日の出への期待を身体動作で演出してみせた。斎藤茂吉、やはり上手い。

 茂吉を短歌の世界に導いた佐佐木信綱にも初日の歌がある。

春ここにるるあしたの日をうけて山河草木みな光あり

佐佐木信綱

 初日を見る主体を描いた茂吉とは対照的だ。信綱は初日の光を浴びる景色を描いた。信綱の景色の中では日の出をきっかけに山河草木それぞれが自ら光を放っているようだ。それはどこか宗教性すら感じさせる。『涅槃経』の「一切衆生悉有仏性」を想起させる光景だ。
 そんな光景に導く「春ここに生るる」がまた凄い。「春が生まれる」というだけなら単なる綺麗な擬人化だ。しかし「ここ」の一言がその場の確かさを与えた。世界中で生命が産声をあげる春。それが今ここに誕生したのだという強烈な確信だ。
 初日が生み出す神々しいほどに美しい春の光景。そしてその誕生に立ち会ったという確かな感動。この歌もいい。

 古典和歌に目を転じてみよう。すると和歌の世界ではほとんど正月を歌っていないことに気づく。勅撰集の冒頭歌は『後拾遺集』を除きすべて立春を歌う。その『後拾遺集』の冒頭歌を掲げておこう。

いかに寝て起くるあしたにいふことぞ昨日をこぞと今日をことしと

どのように寝て起きた朝だというので、特に区別して言うのでしょうか。昨日を去年と、そして今日を今年と。

小大君(現代語訳は久保田淳・平田喜信校注『後拾遺和歌集』(岩波文庫 2019年)による)

 こちらは『古今和歌集』の冒頭歌

年の内に春はきにけり一とせをこぞとやいはん今年とやいはん

在原元方

と同様の発想だ。してみると『後拾遺集』の歌は立春の歌を正月に当てはめて詠んだものだろう。正月らしい風景を詠んだ歌とも言えない。その他の正月の歌も宴などを題材にしていて叙景歌と言えそうなものはなかなか見つからない。
 文例で初出主義を貫く『日本国語大辞典 第二版』で「初日はつひ」を引くと

むめが香の筋に立よるはつ日かな

『炭俵』各務支考

が掲げられている。初日の風景が歌の対象になった時代は近世以後だったのかもしれない。

 続けて俳諧・俳句の初日を見よう。先ほども参照した『日本秀歌秀句の辞典』で掲げられている初日の句は次の一句のみだ。

白粥の茶碗くまなし初日影

内藤丈草

 更に『合本俳句歳時記 第五版』(角川書店 2019年)で「初日」の項を開いてみよう。すると内藤と時代が近い上島鬼貫も

うちはれて障子も白し初日影

と詠んでいる。俳諧の世界の初日は随分と白が強調されているようだ。そういえば先の各務支考の

 むめが香の筋に立よるはつ日かな

も白い世界だろう。梅の香りの道筋をたどるように差す初日の光にふさわしい色は白だ。

 近代俳句はどうだろう。『合本俳句歳時記 第五版』の続きを見てみよう。正岡子規の

初日さす硯の海に波もなし

に描かれた初日は波もない静かな書の世界にさしこむ。

初日出づ一人一人に真直ぐに

中戸川朝人

の伸びやかさも好きだ。

なみにをどり現れ初日の出

高浜虚子

の元気よさも魅力的。

やうやくに谷の十戸へ初日影

佐藤和枝

の鄙びた初日も味わいがある。

 やはり先達の言葉には力があるとしみじみ思う。短い言葉で描く個性的な世界観。上手いよなあ。

山の端を燃やして出づる初日影扇の形に海染めてけり(ぼく)


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