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007「最果ての季節」暗闇を怖いとは思わなかった。

 その晩、わたしは昼間に居間で練習していてそのまま忘れてきてしまったリコーダーを取りに、母屋から旅館への渡り廊下を戻った。時刻はすでに深夜をまわっていた。一度眠ったのに、ふと目覚めて、翌日の授業で使うことを思いだしたのだった。
 真夜中の好奇心は妙な使命感を湧きたたせ、わたしは毛糸の靴下と半纏を羽織って部屋を出た。
 庭の灯篭が、下からは雪に、空からは月に照らされていた。窓に沿った西側の廊下は差し込む光でずいぶん明るく、薄暗い昼間とは趣ががらりと違った。勝手口近くで目当てのものを見つけたわたしは、静まり返った旅館を見渡し、もう少し歩いてみようか、という気になったのだった。

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1,217字
学生時代にとある公募で一次審査だけ通過した小説の再掲。 まさかのデータを紛失してしまい、Kindle用に一言一句打ち直している……

❏掲載誌:『役にたたないものは愛するしかない』 (https://koto-nrzk.booth.pm/items/5197550) ❏…

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