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ブックレビュー 橋本忍著『複眼の映像』

『羅生門』『生きる』『七人の侍』『ゼロの焦点』『切腹』等、数々の名作の脚本を書かれた橋本忍さんが亡くなりました。
そこで昨日は打ち合わせに行く際、橋本さんの自伝本『複眼の映像』を鞄に入れて出かけました。
複眼の映像』は、名脚本家の誕生秘話、黒澤明監督との出会いや共同執筆の様子などを知ることができる一冊で、電車の中で軽く読み返すつもりが引きこまれてしまい、あやうく乗り過ごしそうになりました。

この本によると、橋本さんが初めてシナリオというものを目にしたのは、傷痍軍人療養所で結核の治療を受けていた時のこと。
同室の男性が貸してくれた雑誌にたまたま映画のシナリオが掲載されていたそうです。
その後、三年以上かけて初めての作品を書き上げ、それを伊丹万作監督に送って、指導を受けるようになったとのこと。

オリジナル作品を書き続けていた橋本さんに、ある日、伊丹監督が「原作物に手を付ける場合はどんな心構えが必要だと思うか」と訊ね、橋本さんはこんな風に答えたそうです。

「牛が一頭いるんです」
「牛……?」
「柵のしてある牧場みたいな所の中だから、逃げだせないんです」
 伊丹さんは妙な顔をして私を見ていた。
「私はこれを毎日見に行く。雨の日も風の日も……あちこちと場所を変え、牛を見るんです。それで急所が分かると、柵を開けて中へ入り、鈍器のようなもので一撃で殺してしまうんです」
「……」
「もし、殺し損ねると牛が暴れ出して手がつけられなくなる。一撃で殺さないといけないんです。そして鋭利な刃物で頸動脈を切り、流れ出す血をバケツに受け、それを持って帰り、仕事をするんです。原作の姿や形はどうでもいい。欲しいのは生血だけなんです」
 伊丹さんは私から視線を外し、天井を見た。鋭い目だった。なにも言わなかった。天井の一点をじっと見つめたまま――息の詰まるような、長い沈黙が続いていたが、やがてぼそっと言う。
「君の言う通りかも……いや、そうした思い切った方法が手っ取り早いし、成功率も意外に高いのかもしれない、ライターが原作物に手をつける場合にはね……しかし、橋本君」
 伊丹さんは視線を自分へ向けた。その厳しい瞳には、微かだが柔和な慈愛に似たものも滲み広がり始めている。
「この世には殺したりはせず、一緒に心中しなければならない原作もあるんだよ」

この会話が既に映画のワンシーンのようですよね。
橋本忍作品を観たことがないという方は、この機会にぜひ……。
素晴らしい作品ばかりなので、どれがお勧めなんてことは言えないんですが、もし「時代劇はちょっと……」という方がいたら、『生きる』とか『砂の器』あたりからがいいかもしれません。

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