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振り返って、確かめる

彼女があのとき思っていたこと。
ノートに書いていた気持ち。
それがいまは抜け落ちてしまって、気づいたら違う人になっていた。

振り返って、確かめる。
そんないつでも手を伸ばせばできることが、
いつの間にか億劫になってしまって、
毎日を同じように過ごすことに安定を見出した。調子が良かった。

何かを得ようとしたならば、何かを差し出さないといけない。
彼女はそれを理解していた。
私が安定と引き換えに差し出したのはなんだろう。
考えてみると、その代償はあまりにも大きかったのかもしれない。

暮らしの中で溜まっていくいろいろな感情を、
彼女の心の中の瓶に溜めていく。
溜めていった感情はなるべく目に入らないように、
匂いがしないように蓋を閉める習慣がついた。
そうすることで、現実にあったその感情たちは非現実になった。
自然といつまでも考え込んでしまう、
他の誰かにとって思索の対象にすらならない些細な物事について、
彼女が思い悩む時間はどんどんと減っていった。

目まぐるしく動く彼女の心の内の仕組みが変わった。
美しいものを見て、ただただ美しくて満足する。
感動するものを見て、涙を流す。
人と一緒にいて、楽しかった時間だけ採取する。
彼女の心を傷つけてしまうようなことは、見なくなった。

それはそれまでの彼女を作り出した仕組み。
それを彼女は差し出して、安定を得て、豊かさを失った。

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