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短編小説『エスカレーター』

「今日ラジオ聴いてたらさ」
「え、ちょっと待って。レイちゃんラジオなんか聴くの」
「聴く聴く。ずっと聴いてる」
「正直俺、どうやって聴くかも知らない」
「うーん、耳でというよりはハートで聴くって感じかな」
「それは俺の期待している答えではない」
「いつも期待通りの女なんてつまらないと思うけど」
「それはその通りかもしれないけど期待通りに答えてほしいときもあるよね」
「せっかくの二人の時間なんだから正解ばかり求めなくてもいいじゃない。まあ、いいわ。いまはradikoっていうアプリでも聴ける。あたしはアプリで聴いてる」
「アプリってなんでもあるんだね」
「それってちょっとラジオをみくびりすぎだと思うよ。飲食店とか普通にラジオ流してるとこ多いし」
「それって食べるのがメインだからでしょ」
「どういうこと?」
「だから、飲食店でラジオが流れてるからってラジオを聴きに行く人はいないでしょ。何か飲んだり食べたりしにいくところにラジオが流れてるわけでラジオを聴きに行ったらご飯も食べれるわけじゃないじゃない」
「じゃないじゃない」
「なんだよ」
「いや最後、じゃないって二回言ったなと思って」
「そんなことばかり気にしてたらそれこそラジオなんて内容入ってこないんじゃないの」
「うーん、ラジオはだって喋ってるのがわっくんじゃないから。そこまで気を許してないっていうか、それにあたしはラジオに話しかけることはできないからね、いや、話しかけることはあるけどDJの人にはあたしの声は聞こえないから」
「話しかけてるの?」
「ほら、昔お父さんがプロ野球中継見ながら文句ばっかり言ってたじゃない。あの感じかな、そんなところで親子なんだなーって思ってしまう」
「うちの父親はそういうタイプではなかったけど」
「わっくんのお父さんの話は今してないから。あたしのとこはピッチャーが一球放るたびになんだかんだ言ってたから。いまの配球は違うとか、そうじゃないとか。笑っちゃうのがお父さん、名前が雅之なんだよね。漢字も鈴木と同じだよ」
「そこは違わないんだね」
「そうそう」
「孫権劉備」
「いや、あたし三国志詳しくないから」
「そうやって言えるほどには三国志がわかるようになってきたね」
「そりゃあ、まあ、お付き合いするってそういうところがあるんじゃないの」
「まあ、それは人それぞれだと思うけど」
「関羽が死んだときは声が出たからね」
「そんな話がしたかったわけ?」
「違う違う、そうじゃなくて。あ、雅之は別にいいんだけど。なんだったかな。そうそう、あ、もう孫権と劉備はいいからね。だからその、お昼の番組で境目がわからないものっていうテーマでメッセージを募集してたの」
「境目?それは例えば思いやりと余計なお世話の境目とか、そういうこと?」
「まあ、そういうことだけど、そんなふわっとした感じのメッセージは誰も送ってきてなかった」
「ふわっとしてるかな。根源的な問題だと思うけど」
「根源的は大袈裟」
「愛と恋の境目とか、浮気とそうじゃないの境目とか?」
「うーん、もっと何だろ。歌謡曲とJポップの境目とか、そうめんとにゅうめんの境目とか」
「そういうことか、それと比べれば確かに俺のはふわっとしてるかも」
「でしょ?で、そのテーマであるリスナーがエスカレーター歩く人用にどっち側を空けておくかの境目がわからないっていうメッセージを送っていて」
「あー、あの東京はどっちで大阪はどっちみたいなやつ」
「そうそう、じゃあ名古屋はどっちなのっていうね」
「関ヶ原で変わるのか、とか」
「そうそう」
「孫権劉備」
「いや、もうそれいいから」
「魏と呉の境目は」
「そこは張遼に任せておけばいいから、話をエスカレーターに戻すと、いまはもうエスカレーターはどちらも空けずに歩かないでおきましょうっていうことになってるわけよ」
「うん、それは俺も知ってる」
「そんななかで番組としてこのメッセージを取り上げてしまう、その迂闊さにあたしは腹が立ってさ」
「ラジオってそういう聴き方するものなの?」
「言ったじゃない、ハートで聴くって。ハートで憤ったわけよ、あたし。DJはDJでその話に乗っちゃってさ」
「エスカレーターに乗ったわけだ」
「確かあのDJさん、R高校からR大学入ってるから実際エスカレーター式なわけよ」
「それは今関係ないよね」
「関係なくても流れ乗るのが会話でしょ」
「とりあえず流れはいいからエスカレーターに乗ってよ」
「わかった、エスカレーターは歩いてはいけないっていう世の中の、それこそ、流れを無視したメッセージを取り上げちゃって、それを嬉々として読むDJがいてさ。これって誰が悪いんだと思う?DJさん?ディレクター?よくわかんないけどプロデューサーとか?ADとか?」
「ラジオの人たちの役職なんてわからないよ」
「ほんとに杜撰な仕事してるなって」
「ハートで憤ったわけだ」
「ねえ、誰が悪いの?」
「誰が悪いかっていったら、俺はやっぱり一番悪いのは董卓だと思うよ」
「それは確かに。曹操より悪いよね」
「そうそう」
「孫権劉備」
「やり返された」
 そこには魏でも呉でも蜀でもない二人だけの国があった。あたしたち二人は熱いキスを交わした、ワンダフルトゥナイト。君はいとしのレイラ。

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