CHIKUTSU 〜青春の痛み〜
息子が一歳半の時に初めてちゃんと話した言葉は「ちんちん」だ。
いくら後に彼が嫌がったとしても、これはもう事実なので変えようがない。
先日、そんな彼が、お風呂場で僕のそれと自分のそれを交互に指差して「おなじ〜」なんて笑って言うものだから、大人な僕は少しムキになって「同じじゃねえよ!」と言った話を妻にしたら「そうゆうこともちゃんと話さないと行けない日がくるよねえ」なんてちょっと真面目な話題になって面食らった。
今はネットがあるし、学校での性教育も充実しているのだと思う。
でも、僕たちが小さい頃はだいぶ違ったよなと思って、思い出した話。
***
あれは中一くらいの時。僕たちは体育の授業でバスケをしていた。
パスの練習で相手とチェストパスをし合っていた時に、手が滑ってしまい、両方の手のひらでキャッチするはずのボールが胸元まで飛び込んできた。
どんっと胸にボールが当たったとき、僕は「ぎゃっ」と言って左乳首に感じる激痛でうずくまってしまった。
あれは「剣山」だ。
あの刺々しい痛みは、それまで自分が見てきたあらゆる尖ったモノの中で、最も悪意のある形状をした「剣山」が左の乳首に刺さったのだと思った。
目の前の奴がバスケットボールに剣山を仕込んだのか?
もちろん実際はそんなことはなくて、バスケットボールにはなんの細工もされていなかった。
パスの相手はすごく心配してくれていたけど、痛い場所が場所だけに「大丈夫」とだけ言ってその場を凌いで、こっそりTシャツの首元から左乳首を確認すると、そいつはぷっくりと腫れているようだった。
「なんだよこれ」
それから謎の乳首の痛みに悩まされる日々が続く。
体育でバスケの授業は続くし、当時野球部だった僕は毎日激しく運動しなければならなく、すぐに衣服が擦れるだけで激痛を感じるレベルになっていた。
何日か耐え忍ぶ日々があって、ある日また乳首に違和感を感じた。
その違和感は痛みそのものではない。場所だった。
痛みを感じたのは右だったのだ。ついに右乳首にも剣山がやってきたのだ。
こうなると考えられる原因は2つだけだった。
1.宇宙人にさらわれて両乳首に内向きの剣山を仕込まれている
2.乳がんである
どちらも大真面目に考えた末の内容だったが、1を考えたところで何も解決しないことはさすがに分かったので、僕は2を検討する他なかった。
「こんなことは誰にも聞けない」
場所が恥ずかしいし、もしそうだとすればきっともう学校にだっていけない。入院して、病院での過酷な闘病生活が待っているのだ。
だから自分で考えるしかない。どこかで聞いた曖昧な情報が頭をよぎる。
胸にしこりがあった。
あるわ。腫れてるし、きっとこれがしこりなのだ。
そもそも選択肢が1つしかなかったので、容易に結論が出てしまった。
僕は乳がんになってしまった。
少し泣いて、そして決めた。
これはもう仕方ないのだから、明日母親に言おう。
その日の体育の授業はまたバスケだった。二列になって前の相手とパスの練習が始まる。
今日は別のクラスとの合同授業で、僕の相手はひぐち君だった。
ひぐち君とは小学校の時は同じ吹奏楽部ですごく仲が良かったのに、中学になって部活が別々になってからは疎遠になってしまっていた。
思春期特有の気まずさみたいなものもあって、特に言葉を交わさずパスが始まる。僕は乳首を気にして慎重にパスを受け、そしてボールを鋭く放つ。
ひぐち君「あーちょっと軽くにして!今チクツーだから!」
チクツー?
僕「チクツー?なにそれ?」
ひぐち君「乳首が痛いの!男が大人になるときなるんだって!」
僕は受け取ったバスケットボールと気恥ずかしさを放り投げて、ひぐち君に駆け寄って抱きついた。
体育館に2人の絶叫が響いた。
※ちなみに男性が乳がんになることもあるので、違和感がある場合は早めに病院に相談を
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