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藤本正雄さんがご紹介の企業様は素晴らしい(研修の技術的観点からの付言)

藤本正雄さんが8月29日に投稿なさった『部下に勧める研修を、先に上司が受講する』は、研修の発注側・提供側の両方を経験してきた私にとっては、100パーセント納得の内容でした。ここでは、藤本さんのご主旨に沿いながら、研修のより技術的な側面から若干書き添えたいと思います。
(画像出典:https://www.pakutaso.com/20220254033post-38590.html

藤本さんの記事はこちら:


1.「カフェテリア方式」研修のメリット・デメリット

 
 藤本さんがご紹介なさっている企業さんの研修システムは、次のようなものです。

「コミュニケーション」「ロジカルシンキング」「ファイナンス」など100以上のメニューがあり、年間定額利用料を支払って全社員が受け放題となる動画配信型の受講システムです。

藤本さん記事から引用


 これは、私が勤めていた研修企業で「カフェテリア方式」と呼んでいたタイプの研修システムです。カフェテリアでは、来店客はすでに作られ並べられた料理の中から好きなものを選んで食べます。それと同様に、あらかじめ用意された研修メニューの中から好きなものを選んで受講できるようになっているわけです。
 
 一方、私が勤めていた会社は、お客様の人材育成についての問題意識をうかがって、特定の問題意識にマッチする研修を一品一様で組み立てる研修(自社では「テイラー・メイド方式」と呼んでいた)に、ほぼ特化していました。

「カフェテリア方式」に話を戻します。何事もそうであるように、このシステムにもメリットとデメリットがあります。

1-1.メリット


 「カフェテリア方式」のメリットは、次の3点です。

 
【メリット1】
従業員が自分の仕事上の関心と必要性に基づいて主体的に選択できるので、「押しつけられ感」がない

 研修を受講する方々は、日々の忙しい仕事をこなしながら研修に参加するわけで、研修に出ている間に出来たであろう仕事を残業でこなす場合も出て来ます。
 受講講者ご自身が参加する意義を強く感じていないと、「教育部門から言われたから」という「押しつけられ感」が生まれてしまい、それが消極的な受講姿勢につながりがちです。
 「カフェテリア方式」では、受講者自身が参加する意義を感じた研修を受講するので、この「押しつけられ感」がなく、積極的に受講できます。


【メリット2】

ビジネスに必要な知識とスキルを系統的・網羅的に提供できる

 「『コミュニケーション』『ロジカルシンキング』『ファイナンス』など100以上のメニュー」が揃っているのは、「カフェテリア方式」の中でも、特別に充実したものだと思います。
 ここまで拡げなくても、30~50のメニューがあれば、ビジネスに必要な知識とスキルを、相当な程度に系統的・網羅的にカバーできると思います。 
 「カフェテリア方式」では、それぞれのメニューに特化した講師と教材が提供されることが多いので、知識・スキルの掘り下げもしやすくなります。


【メリット3】

研修の費用を圧縮しやすい場合がある

 これは研修を発注される企業様と研修会社との関係性による面が大きいので一概には言えないのですが、同じメニューであれば研修会社の同じ講師・同じ教材を反復して活用できるので、その分、研修会社から価格ディスカウントを受けられる可能性があります。

1-2.デメリット

「カフェテリア方式」のデメリットは、次の2点です。

【デメリット1】
受講者にとって、会社の方向性・戦略との関連が見えにくい場合がある

 これも発注される企業様と研修会社との関係性による面が大きいので一概には言い切れないのですが、潜在的なリスクとして発注側・受注側ともに念頭に置いておいた方が良い点です。
 研修会社が初めに提案してくるメニューは、どこの企業様でも通用する企業横断的・汎用的なものであることが多いのです。
 発注される企業様の方向性と戦略に合わせて作り直させる必要があるのですが、ここでの詰めが甘いと、受講者から見て自社の方向性・戦略との関連がつかみにくいメニューが並ぶことになりかねません。

 藤本さんがご紹介なさっている企業様では、このデメリットをなくすために経営陣と管理職が並々ならぬ努力をしていらっしゃるのです。

【デメリット2】

年度途中での軌道修正がしにくい

 企業の様々な活動では、年度初めに決定して走り出した計画は、なかなか軌道修正できないものです。この残念な事態がなくならないからPDCA (計画・実行・評価・修正)が大事だと言われ続けているのではないか? そんな風に思ってしまうこともあります。
 研修も同様で、年度の初めにカフェテリア方式でスタートすると、狙いどおりの効果を発揮していない研修メニューがあっても、その修正や入替えは次年度に持ち越されることが多いのです。


2.藤本さんがご紹介の企業様の優れたところ


 藤本さんからご紹介の企業様の優れたとことろは、次の2点であると考えます。


2-1. 徹底したデメリットの回避策


 何といっても、私が上で挙げた【デメリット2】の回避策を徹底して行っているところが優れています。この点に関する藤本さんの記述を以下に引用させていただきます。私の説明の便宜上、A:、B:、C:、の記号を振らせていただきました。

A:全役員・管理職(下記の上司・部下1対1ミーティングで上司となる立場の人全員)が全プログラムを順番に視聴していく

B:月に1回の上司・部下1対1ミーティングにて、自社で運用している職能評価シートに基づいて能力開発目標とする項目を決める。部下がどんな職能をどのように開発していきたいか、いく必要があるかを話し合う。その目標に沿って、どのプログラムを受講するか、目的感をもって決める。

C:受講後職場でどんな行動に具体的に取り組むかを決めて実行し、実行した結果を翌月の1対1ミーティングで振り返ってPDCAをまわす。ミーティングの面談記録をつけてHRシステムで履歴管理する。

藤本様記事から引用/A:、B:、C:は楠瀬が付記

 
 Aを行うことで、「カフェテリア方式」で提供される個々のメニューが自社の方向性・戦略と合致しているかどうかを確認できます。これは、大変に大きい。これがあるときに「カフェテリア方式」のメリットが最大になると言っても良いと、私は考えます。

 B・Cでは、「カフェテリア方式」のメニューと社員の能力開発目標をガッチリ結びつけています。社員の能力開発は会社の方向性・戦略に沿って推進するものですから、ここでは、各社員の働き方にまで落とし込んだ形で会社の方向性・戦略とメニューを整合させているのです。

 Cは、社員が研修一般にありがちな落とし穴にはまるのを防ぐ働きもしていると考えます。その落とし穴とは、研修が「一過性のイベント」に終わってしまうことです。
 受講者は、研修を受けている間は、その内容が理解でき、職場に帰って使えると思っていた。ところが、実際に職場に帰ると使えない・使わない。こういう事例が、残念ながら、実に多く見られるのです。
 そうなってしまう理由は、次の➀・②です。

➀職場に帰って取り組む行動課題を研修の中で具体化しきれていなかった。
➁具体的な行動課題をもって職番に帰ったが、上司の理解がなかった。

 ➀は、どちらかというと研修講師が至らないために生じる事態です。とはいえ、研修後にCのプロセスが控えていることを受講者が知っていれば、何とかしてより具体的な行動課題を設定しようと努力するので、講師の至らなさをカバーできる可能性が大きくなります。

 ➁は、部下が受けてきた研修内容に対して上司の関心が薄いと生じる事態です。Cのプロセスを設定することで、上司は部下が受けてきた研修内容に必然的に関心を持つようになります。しかも、Aで、上司みずから部下と同じ研修を受けているのですから、なおさらです。


2ー2.社外の視点を織り込んだ社内の能力指標創出の可能性

 
 上述のCでは、自社の職能評価シートと「カフェテリア方式」の研修メニューを結びつけています。つまり、社内の能力指標と社外の研修メニューをリンクさせているわけです。
 このプロセスを深掘りしていくと、研修を提供する企業の視点という社外の視点を織り込んだ社内の能力指標を創り出せる可能性があります。

 企業を取り巻く環境変化と技術革新の速度が上がってくると、これまで自社の成功を支えてきた知識とスキルのセットだけでは足りなくなる可能性があります。
 つまり、社内の既存の能力指標では、明日必要になる能力を測れないだけでなく、それが指標として登場すらしないという事態が起こり得るのです。
 「リスキリング」が注目を集めているのは、既存の知識・スキルと変化する現実の要請がかみ合わない事態がすでに発生しているからではないでしょうか?

 「カフェテリア方式」の研修体系は、企業横断的にビジネスに必要な知識・スキルを系統的・網羅的に揃えてきます。その中には、「今まで当社には必要がなかったが、これからは必要になる知識・スキル」が含まれている可能性が非常に大きいのです。

 「社内の能力指標に合致する研修メニューを選ぶ」という方向だけでなく、「研修メニューに照らして社内の能力指標を見直す」という方向での検討も加えることで、環境と技術の変化に対応した社内の能力開発指標を創り出せる可能性が大きいと、私は考えています。

 以上、藤本さんの投稿に刺激されて、私の経験から来る技術的な観点での考察を付け加えさせていただきました。ここまでお付き合いただき、ありがとうございました。


『藤本正雄さんがご紹介の企業様は素晴らしい(研修の技術的観点からの付言)』 おわり




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