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なぜ「実地指導」は怖いのか?

介護保険制度のもとに事業を営んでいる事業所・施設において、法令遵守は絶対である。もちろん他業界でも各種法律や条文などは規定されているだろうが、介護事業を営んでいる者にとって、どんなキャリアを積んだ介護職員であっても、数多くの経営難を乗り越えてきた実業家であっても、その名前が付いた通達が届くと余命宣告をされたような気持ちになるものがある。

その名は「実地指導」。

・・・とは言え、世界恐慌レベルの話でも生命に危機を及ぼすものでもない。
実地指導とは簡単に言えば、介護保険に関する地域の管轄部署による定期調査と考えてみて差し支えない。法令に熟知した指導員が数年に1度、介護保険事業を営んでいる事業所や施設を訪問し、事前に提出した調査票や当日に提示する書類をもって運営要件を満たしているか確認する。大抵は必ず指導や改善事項があるもので、その内容に即して改善し、規定日までに改善報告を提出して終わりである。書類の記載ミスなどの微々たるものもあれば、人員配備の見直しなどもあるため収束まで1~2ヶ月くらいはかかる。

ちなみに実地指導のことを「監査」と呼ぶ介護職員がいるが、監査は法令に大きく抵触している事業所に対して事前通達なしで行われるものである。実際は実地指導なのに、うっかり「今度、うちの事業所で監査があるんだ」なんて言った日には、「あの事業所は何か大きな問題があるのか!?」とあらぬ疑惑を持たれてしまうので注意されたし。

さて、このように実地指導というものを定義してみると、言ってしまえば定期検査、いじわるな言い方をすれば抜き打ちテストみたいなものと分かる。しかし、頭で分かっていても多くの介護事業所や施設において「実地指導」という言葉を聞くと戦々恐々としてしまう。その証拠に法改正のたびに「〇年度版対応 実地指導対策」「これさえ分かれば大丈夫」といった書籍も多く出版されているほどだ。

一方、介護事業所の恐怖とは裏腹に世の中は変化している。介護保険制度が始まって20年以上は経過し、介護と言えども一般企業と同じくらいの法整備がなされているうえ、運営基準に対して整備する事項も明確になっている。そのため、実地指導も年々効率化されており、指導員も確認もヒアリングも実にスピーディになっているし、指摘事項も改善要請もぐうの音もでないほどに納得するものばかりだ。

・・・なぜこのように断言できるのかと言うと、私は過去に訪問介護の管理者として2度の実地指導を経験したことがあるからだ(令和4年度で2度目)。そして1度目と2度目では5~6年ほどのスパンがあるので、過去に曖昧だった解釈が、現在は明確になっているなどの変化を実感している。
指導を受ける側としても1度目で色々と学んだことから、以降は何かあるたびに管轄部署に質問をしたり、様々な雑誌や資料をもとに整備をしてきたと自負はある。しかし、いざ2度目の実地指導の通達が来たとき、確かに1度目よりは落ち着いていたが、多少の恐怖心や不安は抱いたのが本音だ。

・・・なぜ「実地指導は怖いもの」という認識があるのか?

2度の実地指導を受けてこの疑問を考えてみたところ、いくつか要因が挙がったのでお伝えしたい。予めお伝えしておくと大抵は「考えても仕方ないものばかりじゃん」と突っ込みが入るだろうものばかりだ。ご了承願いたい。

まずは、介護事業を運営している側が「法令に対して恐怖心や苦手意識があるから」である。実地指導で対面するのは各所を回っている法律に熟知している指導員だ。そのような人を相手に、無知なこちらが色々なことを質問や指摘をされても対処できないのは目に見えている。だからこそ恐怖と不安でいっぱいになってしまうのだ。
これに対しては対処は1つしかない・・・法令を勉強しよう。

次に「大丈夫だと思うけれど、”何か”問題があるかも」という漠然とした不安があるからだ。これは旅行前などに何度も持ち物を確認したけれど、何となく不安が募りまた荷物を確認するような心理と同じだ。やれることはやったともうならば最終調整に留め、後は何もしないほうが良い。もしも部分的な不安点が明確になっているならば、事前に指導員へ問い合わせして質問するのも良いだろう。

また、「不備がある」という自覚があるからこその恐怖もあるだろう。これは意外に多いのではないか。例えば、昨年の法改正において義務化となった業務継続計画(BCP)などが典型的だろう。これは令和6年3月までの猶予期間があるとは言え、この点を指導員に現状を確認されて「これからです」というのは罰が悪い気持ちになるだろう。しかし、先方も分かっていることなので必要性はお互いに認識しているのだから、そこまで怖がらなくても良いと思う。
しかし、意外に多いのは「家族に同意書を貰っていない」「署名の不備がある」ということから、慌てて書類を作ったり署名を貰いに行く(通称:スタンプラリー)ということである。これは計画作成担当に任せっきりにせず、事業所内で定期的に確認し合う体制があったほうが良いだろう。

最後に、介護事業所とは全く関係ない要因を述べる。それは人間はどんなに自信があることであっても、「テストされる」「評価される」「何か問題があれば指摘される」といったことに対して抵抗感を覚えるということだ。
これは上記の「漠然とした不安」に似ているが、人間は自分に確証があるようで、客観的に証明する場面になると急に確証が持てなくなることが多い。

この点において介護における分かりやすい例がある。それは認知症診断だ。「もしかしたら認知症かも」と思われる人に受診(認知症診断)を勧める世の中だが、当人に話をすると頑なに受診を拒まれるケースは少なくない。これにも色々な要因は考えられるが、当人が第三者に認知症と「判断される」「レッテルを貼られる」ということに不快感を抱くことも1つだろう。受診をしなければ認知症であるとも、そうでないとも判断されない。しかし、受診しなければ認知症かどうかも明確にはならない・・・当人も周囲も何とも悩ましい問題なので慎重に進める必要がある。
しかし、実地指導は拒むことはできない。白黒つけなければいけない。放置していたとしても当日が来れば指導員はやってくる。もはや通達が来たら不安だろうが何だろうが、腹を括るしかないのだ。

このように実地指導に対しての恐怖心に対する要因を1つ1つ並べていくと、何となく対処法が見えるものもあるし、もはや考えても仕方ないものもあるとご理解いただけたのではないだろうか?
言ってしまえば、ただの定期検査に対して「実地指導は怖いもの」というイメージが独り歩きしているように思える。

とは言え、このように書いている私自身、2度目の実地指導でも構えて臨んだことは確かだ。どんなに整備したつもりでも不安は残ると理解している。
しかし、そこで指導を受けたことや指導員とのやりとりから見えてきたこともあるので、それは別記事でご紹介したいと思う。なるべく活用性のある内容を投稿したいと考えているので、その際は一読いただければ幸いである。

ここまで読んでいただき、感謝。
途中で読むのをやめた方へも、感謝。

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