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デザイン発注者が知っておくべきこと(5/5回)

デザイン発注者が知っておくべきことと題して全5回に分けて書きます。本記事は最終回。
第1回はこちら。第2回はこちら。第3回はこちら。第4回はこちら

よく聞くトラブルと原因

最終回の今回は、発注側もデザイナー側も誰も幸せにならないトラブルの事例集です。
発注側が、本記事のような正しいデザイン発注の仕方を知っておくべき最も大きな理由は本項で取り上げるようなトラブルを避けるためでしょう。
よく聞く事例を以下に紹介します。いろいろなトラブルの話を聞きますし、我々自身体験した事例も入っています。
基本は時間とお金に関するトラブルです。

1. プロジェクト終わらない問題

最も多く聞くのがこの問題かもしれません。
どんなプロジェクトでも意思決定のタイミングがあって、そこで次のステップに進む決断が責任者によってなされます。デザインに関する意思決定が難しいのは、デザイナーのアウトプットは数値や効果測定がしにくいものも多く、かたちなどに関しては素人でも好みなどの主観であやふやな意見を言うことができてしまいます。デザイナーから出てきたデザイン案の修正依頼を具体的に指示出来ずに、何度もあやふやな指摘や修正依頼が出続けることで一向にプロジェクトが先に進まない悪循環に陥るケースは非常に多いです。もちろんこの間デザイナーの稼働に対してデザイン会社は費用を負担し続けることになるため、追加費用がかかり続けることになります。契約時にこういった際の費用に関する取り決めがしっかりとなされていない場合、発注者側はいいデザインが出てこないという不満を抱き、デザイナー側は意思決定基準がコロコロ変わるしどんどん利益が減るという不満を抱くことになります。発注側にデザインに関する意思決定がちゃんと出来、具体的な修正意図を伝えられる人材が必ず必要です。


2. プロジェクトが始まらない問題

終わらない問題の次に聞く問題は始まらない問題でしょう。
デザイナーが必要とされるプロジェクトは何かを作り上げるプロジェクトです。そのため前提として仕様や予算やスケジュールを細かく決める必要があり、そのために発注前提として依頼前のデザイナーに協力を仰ぐケースも多いです。ただ、精緻な制作計画はリソースのかかる業務なので、デザイナーが発注前にサポートする際はコストを負担していることになります。無償の打ち合わせばかりに呼ばれていつまでもプロジェクトが始まらない、何週間もさんざん無償で付き合わされて発注は結局来なかったなんていう話も多く聞きます。実質デザイナー側が発注を餌にコスト負担を強いられることになります。


3. 完成してない問題

プロジェクトが終わらない問題に近いのですが、デザイナーのアウトプットが気に入らない、完成してないと判断したので発注側が支払いをしないと主張するケースです。意思決定問題に近い内容かもしれません。
デザイナーの報酬というのは本来実働に対するフィーであるべきですが、納品物の完成を条件とする契約を結ぶことが多いです。この契約の問題は、何をもって完成とするかが検収側(発注側)の判断に左右されるため、デザイナー側では完成させたのに、発注側は完成していないと主張が食い違うケースがあります。また、発注側がこの構造を意図的に使い、納品を受けたのに出来が良くないから支払わないと主張し意図的に支払いをしないという悪質な発注者が一定数存在するのも悲しい事実です。
近年はアプリのデザインやウェブサービスのデザインのように永遠に改善の必要があるデザイン領域が増えてきたこともあり、期間コミットを条件とし、完成品納品を条件としない契約も増えてきました。それらの契約形態が上記の問題を実質回避する手段として使われていたりもします。

4. どんどん仕事が増える問題 

デザイナーが入って進行するプロジェクトではデザイナーがやらなくてもいいけど、デザイナーがやると速い雑務というのが発生することが多いです。例えば、印刷業者の選定、機材の見積もり依頼や選定、サーバーの設定や手続き、工場への発注、委託業者との打ち合わせ等々。
契約時にデザイナー側はこれはクライアントがやってくれるだろうと考えていて発注側はそういった業務の存在も知らなかった、プロジェクト進行につれ様々な雑務が浮かび上がる、契約時に分担を規定していないためなんとなくデザイナー側が動くようになる、雪だるま式に雑務が増えるがフィーには反映されないためデザイナー側の損失が増えるといったケースです。
雑務が増えれば本来の仕事の密度が下がり完成度が落ちることもあるでしょう。デザイナーは労働集約型ビジネスなので、どの雑務まで自分たちが担当するかということを契約時に合意しておかないと無償労働が増えることになってしまいます。最悪の場合は、良かれと思って業務外の雑務を手伝ったらそこで事故がおきて責任を追求されてしまうケースです。こういった雑務は発注側は事前に存在を把握できないケースも多いので、どういう雑務が出てくるのか、それらの担当や責任はどちらが負うのかは契約時にしっかり決めておくべきでしょう。そうすればデザイナー側もきちんと対価を得た上で適切なビジネスができますし、発注側もアウトプットのクオリティへの心配がなくなることでしょう。
またこういった事態を避けるために、デザイナー側もつい何かを手伝ってあげたくなっても、本来の依頼業務以外には手を出さないようにするなどの意識が重要でしょう。あのデザイナーは、こちらが頼んでもいないのにこんなこともやってくれたんです!という話は美談になりがちですが、その裏には多くの表で語られない事故が存在すると意識しておくべきでしょう。

5. プロジェクトが突然中断する問題 

どのようなプロジェクトも様々な事情で途中で中断せざるを得ないこともあります。これは組織や環境の変化に追従が必須の事業活動である以上ある程度は避けられません。
プロジェクトが途中で中断せざるを得なくなった際にそこまでの費用を発注側は支払う必要があります。しかし、デザイナー側からの費用の見積りがプロジェクトのフェーズごとにされていない場合も多く、どのくらいの金額を支払うべきなのか交渉をしなければいけなくなることがあります。
人間は結果が見えて終わってしまったことに対しては価値を低く見積もってしまう傾向があるので、この段階でデザイナー側と交渉をすると費用感に対する感覚が食い違ってしまいトラブル化し、どちらかが不満を感じたままプロジェクトを終了させることになってしまいます。
デザイナー側は労働集約型のため、本来稼働予定だった期間を埋める案件を探さなくてはいけなくなったり実質損害を負うことにもなります。このように双方不幸を抱えることがないよう、契約時にプロジェクトが中断した際の費用についてもしっかり契約しておくことが必要です。

6. 期待に添えない問題 

凄腕のデザイナーであれば必ずクライアントの満足がいくものを作れるわけではありません。特にグラフィックやプロダクト、ウェブサイトの細かい意匠的なデザイン部分などは、個人の趣向に左右される感覚的な判断によるところも多く、採用決定者の文化背景や好みに大きく依存することになります。そのため、そこはデザイナーがコミットするには限界があることを発注側とデザイナー側双方が理解した上で、期待値の調整と合意をしておくことが重要です。
発注側はすごい人に頼んだのだから必ず自分たちの期待しているものが出てくると過剰な期待をせずに冷静でいること、デザイナー側は主観的な判断に左右される部分は自分たちが責任を取れないという事実を事前に伝えることが必要でしょう。企業とデザイナーの間にはスペックシートでは表せないような相性があり、それは実際に仕事を共にしてみないとわからないのです。この期待値を合わせておくことで、プロジェクトが終わらない問題のいくらかは回避できるかもしれません。

上記のトラブルはよく耳にする一例であり、実際はもっと多くのトラブルが起きています。発注者側、デザイナー側双方がお互いのためにこれらに対する予防線を張っておくべきでしょう。
発注側とデザイナー側は共に事業を進めるパートナーであるべきで、お互いが損をしないようにフェアな関係を築くべきです。実際それができている企業は事業もうまくいっています。
トラブルは誰も幸せにならないので双方が歩み寄りつつ、トラブルを避ける工夫をすべきなのは言うまでもありません。

デザイン発注者が知っておくべきこと、まとめ

全5回、いろいろ書きましたが、デザイン発注側が意識してやらなきゃいけないこと、知っておくべきことを大まかにまとめると以下のような項目になるでしょう。

・依頼するデザイナーの業務範囲や職能をしっかりと理解する。
・契約書をちゃんと細かく作る。曖昧なスタートはとにかく避ける。
・MTGの議事録はちゃんとつくり、双方でレビューと共有をする。見解の相違が議事録にあった場合は即座に解決する。
・疑問に思ったことはすぐにコミュニケーションする。
・適切な期待値を持つ
・答えがない検討のループにはまらない
・事務的な手続きはしっかりやった上で相手を信じる。
・支払い手続きはちゃんとやる。やれるように責任をもって動く。

細かいことはもっと、もっと、ある

今回書いたのはどんなプロジェクトでも知っておいた方がいい最低限のデザイン発注のノウハウで、実際はプロジェクトのケースごとに最適な進め方や商習慣などがあると思います。
デザインの発注マネジメントのような外部パートナーや社内他部門連携などのコミュニケーションを仲介する仕事は時間も頭脳も使うので、本来は専門のマネージャーを置くのがベストですが、なかなかそうはならないことも多いと思います。そんな状況でデザイナー系パートナーがプロジェクトに必要な場合はここまで書いたことを把握するだけで発注側・プロジェクト推進責任者の方は随分楽になるはずです。

全5回、いかがでしたでしょうか。デザイン発注に悩むビジネスパーソンに有益な情報になっていると幸いです。それと、書いてみて気づいたのですが、これらはそのまま、デザイナーがクライアントに「お仕事の前にお互いトラブルを避けるためにこちらに目を通して頂けると嬉しいです」みたいに使ってもらえるのでは、とも思いました。

デザイナーという職種は基本優しい人が多いです。それもあってか、ビジネス交渉が苦手な方が多く、かなり理不尽、無理がある条件で仕事をしてしまっているケースが多いのです。発注者側もデザイナー側からちゃんと言ってもらえなければわからないことが多いです。そういった状況がもとで結局依頼者の期待に添えれなかったり、体調を崩してしまったり、誰も幸せになれなかった話を沢山聞いてきました。そういう発注者、デザイナー側、お互い不幸な状況をすこしでも減らせるといいなと思っています。

おわり

(リアクションやコメント等頂いたら追記したり修正していくと思います)

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