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マヨネーズがない! 第767話・3.1

「おい、まずいぞ。マヨネーズが切れているではないか!」朝から冷蔵庫を見ていた敦夫は大声で怒鳴った。
「え、マヨネーズがないんですか?」ゲイ・パートナーの正樹が、手にデコポンを持ちながら慌てて敦夫のもとに来た。ふたりはいわゆる「マヨラー」と呼ばれる代のマヨネーズ好き。

「弱ったなぁ、いつもならスーパーかコンビニに走れば手に入るのだろうが、ここはな」敦夫は底の方だけかすかに残った、薄黄色のマヨネーズと密着した透明のチューブを眺めながらため息をつく。

「事前にわかってれば買ってきたのに、そんなこと書いてなった!」正樹も戸惑いの表情を隠しきれない。今、ふたりは山の中の別荘に来ていた。ここは宿泊できる貸別荘。自炊をする必要があるが、別荘にある各調味料の使用が認められていた。

「おいおい、どうしてくれるんだ。せっかく買った焼き豚に、朝からマヨネーズを思いっきり塗って食う気満々だったのに!クソっ」敦夫は思わず舌打ちをする。「僕、買ってきた方がいいでしょうか」「正樹、馬鹿なことを言うな。ここまで片道2時間の山道だぞ、お前今から行って戻ってきたらもうお昼過ぎじゃないか。やめろそんな無駄なこと!」

 ふたりの中でも、敦夫は本当にマヨネーズ好き。マヨネーズ信者といえるほどで、味噌よりもマヨネーズの方が優れているという始末。この前も正樹が「そういえば味噌はスープにできますよ」といったら、敦夫は顔色を変えて「マヨネーズだってスープにできる!」と言い出した。それだけではない、ネットでわざわざレシピを調べて、その場でマヨネーズスープを作ってしまうほどなのだ。

「ほかの調味料は、十分にあるのに」正樹はできるだけ敦夫から離れた方が無難と思ったのか、別荘にあるキッチンの調味料を眺めている。塩、酢、砂糖、しょうゆ、ソース、ケチャップ、みりん、油とすべてそろっている。なのに、なぜかマヨネーズだけがないのだ。

「敦夫さん、もうほかの調味料で豚を食べます」この正樹の一言が敦夫の怒りをさらに上昇させてしまったのか、言葉こそ発しないが顔が真っ赤になり、体が小刻みに震えている。
「す、すみません」正樹は必死で謝るが、ここで「マヨネーズって卵でつくっているな」ということに気づく。正樹はデコポンを額に置きながらさらに考えてみる。「冷蔵庫には」冷蔵庫を見ると卵が入っている。別荘側の条件として調味料と卵、そして米の使用も認められていることを思い出した。

「マヨネーズのレシピを探してみよう」と正樹がスマホを取り出すと「正樹、あったぞ、手作りマヨネーズ簡単に作れる!」と敦夫の声。知らない間に敦夫が手作りマヨネーズのレシピを見つけたらしい。即座に立ち上がると「そこどけ!」と、ひとこと。敦夫が冷蔵庫から卵をいくつか取り出した。
「じ、じゃあ、これ」正樹はすぐに卵を入れるボールを敦夫に手渡す。こういうときのふたりの息はぴったりだ。

「正樹、黄身だけを取り出すんだ!」「はい!」手が器用な正樹は、敦夫が割った数個の卵から、うまく黄身だけを取り出すと別のボールに移す。「そこに酢と塩、それから植物油を入れて混ぜるだけだ」と敦夫。マヨネーズができることがわかったのか、機嫌がよくなっている。
 ちなみに卵1個当たりの塩は小さじ2分の1、酢が大さじ2分の1そして植物油が80mlだという。最初に卵の中に酢と塩だけ入れると敦夫が、豪快にかき混ぜ始めた。玉子の黄身は瞬く間に破壊され、他の調味料と同化していく。正樹は、その混ざりだしているボールの中へ少しずつ植物油を投下した。

 こうして手作りマヨネーズは完成した。敦夫はもちろん正樹も笑顔になったのは言うまでもない。

ーーーーーーー

「いただきまーす」正樹が手を合わせる横で、上機嫌な敦夫は焼き豚にたっぷりの手作りマヨネーズをつけていた。まだ午前中だというのに休日だからとすでに酒が置いてある。
「うん、うまい、やっぱりマヨネーズだよな」敦夫は、マヨネーズがたっぷり乗った焼き豚をうまそうに口に頬張り、それをかみ砕いてから酒を口に入れた。
「そうですね、やっぱりおいしい。正樹も同様に焼き豚にマヨネーズを塗って食べた。すでに皮をむいて身を出したデコポンも口に運ぶ。

「それにしてもすごく多くのマヨネーズどうします?」「そりゃ、さっきの空になっていたマヨネーズのチューブに入れてやるのさ、俺たちからのプレゼントだな。ハッハハハハ!」すでに軽く酔っているのか、敦夫は上機嫌。
 ところが正樹は、先ほどのレシピを確認して戸惑った。「あ、あのう敦夫さん、この手作りマヨネーズ、保存できないって書いてますよ」
「何?」敦夫の視線が正樹にぶつかった。「今日中に全部食べないと」
「そりゃまずい、作りすぎたな」敦夫の笑顔も消える。
「どうします、これ?」「今晩マヨネーズかけご飯とマヨネーズスープにして食うか」と敦夫。「そ、それしかかないですよね」正樹はそういうものの、いくらマヨネーズが好きでも、いままで直接ご飯にかけてまで食べたことがない。少し気が重くなるのだった。

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