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神有月の参拝

「うん、発祥の地で食べるぜんざいは、やはりうまいな」「先生!そろそろ行きましょう。目的が違いますわよ」
 自称・歴史研究家の八雲は、助手の女性・出口とともに出雲大社の参道のぜんざい店で休憩していた。

 出口は8歳年上の八雲のことを「先生」と呼んでいるが、実はふたりは同棲しているカップルのような間柄。しかし八雲なりのこだわりがあり、外では「先生」と呼ばせていた。そして八雲も「出口さん」と呼ぶ。もちろん出口もそのことは承知しているのである。
 この日は、歴史の探訪という「仕事」のため、ふたりともフォーマルな姿で来ていた。八雲はグレーのスーツで白いシャツ、焦げ茶色のネクタイをしている。また出口も同様に白いブラウスを下に紺のスーツ姿。タイトスカートを履いている。

「出口さん、慌てなさんな。そんなことわかってますよ。さて行きましょうか出雲大社に」と言って出雲は立ち上がると、自ら財布を取り出して会計を済ませる。
「でも先生、本当に出雲大社に行って、わかるのでしょうか?」「それは、言ってみてのお楽しみじゃないか。なぜ10月になると出雲に神々が集まるのか?それに他の地域では神無月(かんなづき)というのに、なぜ出雲だけは神有月(かみありつき)などと名乗っているのか? それは実際に現地に来てみれば、何かがわかるかもしれないということだ。急ごう」

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 ふたりは参道を歩き大社方向を目指す。日本有数の有名神社というだけあって、平日なのにもかかわらずそれなりの人が参拝に訪れていた。
「先生、勢溜(せいだまり)の大鳥居が見えてきました」「うん、出口さんあそこからは、いよいよ境内で神域となる。神有月であれば、多くの神々が来ているはずじゃ。油断ならぬぞ」
 そういうと八雲は大きく深呼吸。そのあと両手のすべての指を握ってグーの形にする。さらに手をずらすように前にファイティングポーズ。「まさか出雲に来ている神々と戦う気?」
 いつものこととはいえ、出口はときおり不可解な行動をとる八雲の行動を見ると、笑いをこらえるのに必死になる。

 八雲は気合が入ったまま鳥居をくぐり中に入った。今度は左右に顔を動かしながら周辺を確認している。
「出口さん、少しでも気というかそういう違和感があれば教えてくれ」しかし実のところ、出口はそういう非科学的なものにはどちらかといえば否定的である。「目に見えないものとかよくわからないわ。せめて早朝か深夜なら人も少なくて、殺気のようなもの感じそうだけどね」

 この後鉄の鳥居と呼ばれている2番目の鳥居をくぐった。このあたりから松林がお生い茂る参道になる。出口も「らしい感じになってきたわ」と嬉しそうつぶやき口元を緩ませてスマホを取りだすと撮影する。
 ちなみに先ほど見せた八雲のファイティングポーズから始まった独特の気合は、このころにはすでに終わっている。以前にそのことを質問すると「これは5分間行えば十分」と八雲の独自解釈。
 いったいどこまでが正しいものなのか、出口はわからなりに楽しんでいた。

 もうひとつの鳥居を潜り抜けると銅鳥居と呼ばれている鳥居が見えてくる。
「先生、いよいよ荒垣内に入ります。この先がいよいよ拝殿です」
「そのようだな。そういえば、さっきから何か力のようなものを感じる」「やはりパワースポットだからですかね」
「どうだろうか? まあ気のせいかもしれないな」と八雲。
「え!なんじゃそりゃ」と出口は頭の中で突っ込む。
「まあ良い。とりあえず、大国主神(おおくにぬしのかみ)を主祭神とする出雲大社で、粛々と参拝を済ませよう」

 こういってふたりは拝殿の前に来た。昭和の時代に再建された拝殿は、大きなしめ縄が特徴的。それを眺めているだけで威圧的に感じた。しかしそれにはふたりはあまり気にならない。そのまま拝殿の前に進み出ると参拝する。ここに来る前に出雲大社の参拝方法は他の神社と違うことを、来る前にふたりで確認済みであった。

 まず二度拝礼する。そのあと柏手を四回打つ。ふたりは合わせるように同時に打つ柏手。4回ともしっかりとたたかれており、周囲にエコーのように響いた。そして最後に大きく一礼。

 参拝を済ませると本殿のほうを歩く。もちろん本殿瑞垣内には入れないが、その周囲には道があり一周できる。そこから高床式住居のような独特の造りをしている、出雲大社の本殿の様子をしっかり眺めることができた。
 あとは境内にある摂社や末社、あるいは彰古館と呼ばれる宝物館にも行き、一通り出雲大社を満喫すると、外に出てきた。

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「無事に参拝が終わりましたね」「ああ、で神の存在は確認できたか?」との八雲の質問に、出口は首を横に振り「いえ、まったく感じません」
「やっぱり無理だったか」「先生仕方がありません。神々のことはもはや信仰するかどうかにもかかわることかと」
「出口さん、そうではなく」「そうではなくとは?」
「実は神を迎える行事は残念ながら、今の暦では11月下旬になる。旧暦の10月10日ということなんだ」
「え?また現在の暦でも10月10日になっていないのに! なんで今日、出雲大社に来たんですか?」
「それをいうなら、出口さんはなぜここに来る前に、そのことを私に問いたださなかったのかね」「え?あ、ああ!」八雲からの思わぬ反撃を食らい、そのあとの言葉が出ない。

「本音を言うと11月も下旬になると寒いし、見物客も多いから。やっぱりそのときに来るべきだったか」
「先生!それって」
「世の中はグレゴリオ暦と旧暦が共存しておるから仕方あるまい。まあいいや気分だけで、ハハッハアハハハ!」と言って大声で笑う八雲。
「あちゃー」出口は斜め後ろであきれ返った表情をしながら、右手を額から顔に置いて少し頭を前かがみにする。
 とはいえ、ここは日本有数の縁結びの神。出口にとっては内心は八雲とデートのような旅行をしに来たのだと楽しんでいる。そして参拝時には、変り者と知りつつもなぜか惹かれている、斜め前の人と結ばれることをひそかにに願うのだった。


(本文2500字相当)

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