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失敗と反省とほろ苦さ 第1054話・12.18

「こうして改めて10年ぶりの店に入ったんだ」「へ、それがどうしたってんだ?」一瞬にして否定された田中は表情が固まる。
 否定した中田は全く気にしていない。「だから10年ぶりに入ったことって自慢か?そうじゃねえよな」
 ふたりは忘年会の3次会だ。最初は20人くらいで始まった忘年会が2次会では8人くらいまで減っている。2次会終了で解散となったが、「もう一軒行こうぜ」と中田が田中を誘ってきた。田中も本当は帰るつもりであったが、飲み会そのものは嫌いではなかったので、中田につきあったのだ。

 そんな中の会話の途中で、否定されたとあっては田中はショックもあったが、徐々に怒りを感じ始めている。田中もここに来る前ずいぶん呑んでいたから冷静さを欠いていたのだろう。中田は勝ち誇った様子、酒の力でマウントを取れたことを喜んでいるかのように笑顔を見せる。さらに田中にたたみかけようと余計なことを言い出す。

「俺なんか、10年ぶりどころか1年ぶりの店すらないんだぜ、そんなご無沙汰しているようじゃ相手のお店に失礼だ。そうは思わないか?」
 中田は田中を挑発し続ける。いつもならこの程度で怒る田中ではない。だが酔いがそのようなセーブを解いていたようだ。ついに体を震わせながら右手を力強く握ったかと思うと、テーブルに思いっきり振り落とす。直後に大きな音が鳴り響く。

 だが中田も酔っていて、田中が怒りに満ちていることに気づいていない。田中は下を向いていたから表情が見えないこともある。
 それ以上にいつもなら気配りができる中田が、酒のせいでそれを欠いていた。彼もまた酒を飲んだおかげで、いつもとは状況が違って、言わなくても良い余計なことを言ってしまったのかもしれない。

「おいおい、何やってんだ。酔ってんのか?」瞬時に田中は顔を上げると、顔を真っ赤にして中田をにらみつける。鬼の形相になっていた。それでようやく中田は異変に気付く。田中は何も言わずにいきなりな方に殴りかかってきた。
「おい、待て!」慌てて田中のこぶしを避ける中田。よろけながらも立ち上がるが、そのときは田中が中田の胸ぐらをつかむ。
 中田は顔色が変わった。「まて、まて!」田中は無言のまままだ殴りかかろうとする。だが田中も相当飲んでいるのか足元がふらつく、つかんだ胸ぐらはあっけなくほどけた。

 中田はすでに酔いがさめている。田中は何も言わずに怒りをぶつけていて、恐怖を感じた。田中がふらついてテーブルにぶつかる。店の周りの人が慌ててふたりを見た。中田は恐怖のあまりトイレを行くふりをしながら席を立つ。田中が起き上がる前にすでに店を出ると、イルミネーションの光輝く町中を走って逃げてしまった。

 残された田中は、起き上がったが中田がいない。「....…」怒りに任せてもう一度テーブルをたたく。店の人が慌てて近づいてくると「大丈夫ですか?」と聞いてきた。
 だが、田中も中田がいなくなったようでようやく気持ちが収まったようで、「あ、いえ、すみません。お騒がせしました。お勘定お願いできますか?」と、冷静そのもので言い終えると、後はひとりで残りの酒を呑み、静かに帰って行った。

ーーーーー
「やっぱり後味が悪かったなあ」あの日から2年が経過している。この日も忘年会だがメンバーが全く違う。
 実はあの日は忘年会と中田の送別会であった。中田はあの日付で退職し、最後はみんなで忘年会を兼ねた送別会をしてくれた。

 中田は飲み足りないと思って声をかけたが、それに応じてくれた相手が田中である。仲が良すぎでも悪くもなかったが、みんなが帰りを急ぐ中、田中だけがつきあってくれたのだ。
 中田はそのあと夜行バスに乗って引っ越し先に向かうことが決まっていた。荷物はもうすべて引き払っており、後は酔った気分で気持ちよくバスに乗って移動しようと思っていたのだ。

「あの30分が悔やまれる。ギリギリまで何で呑もうと思ったんだろう。それから喧嘩別れみたいになったこと」友達でもない田中だけに、連絡先もわからない。一応会社には後日、なんどか連絡を入れたが田中が、席を外しているタイミングが続く。田中は仕方なく事情を説明してほかの人に謝っていたことだけを伝えた。


「なるほど、それで1次会で」現在の職場の同僚である山中と中山は中田の話に何度もうなづく。「というわけで、僕は2次会にはいかないんだ。ごめん」そう言って同僚たちと別れ、中田はひとり静かに街を歩いて行った。
 あの日以降、中田は飲み会には付き合うが1次会で帰ることを決めている。同じような過ちを犯したくないと思ってのことであった。
 では田中とはあのままかと言えばそうではない。中田が現在の場所に引っ越ししてから1年後、12月にようやく田中と話ができた。一度会うこととなり、イルミネーションが輝く夜の街の中で、ふたりは再開できたのだ。
 最初に中田が必死で謝ると、田中も手を出そうとした自分の愚かさを謝り、あっけなく和解は成立している。

「だけど、もうやめておこう。呑むのは1次会で十分だ」クリスマスイルミネーションを見ながら中田は小さくつぶやく。同じようなイルミネーションなのに2年前の調子乗っていたとき、1年前の反省したとき、そしてほろ苦い思い出に浸る今年、同じように光輝くイルミネーションで、も全く別のものな気がしている。「ほろ苦い思い出は、人生の教訓になる」と思った中田であった。



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シリーズ 日々掌編短編小説 1054/1000

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