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惑星の旅 第598話・9.12

「わかった。じゃあね」私はコスモスファームと言う小さな農園をひとりで運営している。一緒に住んでいる彼、一郎は大学に勤務する研究者。今電話があって、今日はどうしても大学に残って徹夜でやりたいことがあるという。だから明日の朝帰ってくる。つまり私はこの日の夜は独りぼっち。

 ひとりで静かに夕食を済ませた。外をみると雨が降っている。「今日はひとりだし天体観測は無理ね」といって、私は一枚のDVDを取り出した。「今夜はせめてこれでも見て寝よう」私はさっそくDVDをセットする。タイトルは『惑星の旅』。1年前に一郎が貰ってきたもので今まで何度も見ている。

 内容は太陽系の惑星をひとつずつ紹介していくもの。もう知っているような内容が多いけど、とにかくヴィジュアルがきれいで本当に惑星の前に来ているような気がするから好き。特に好きなのはガス惑星。木星とか土星のようなガス惑星には、地球のように地面に足をつけるとかできないと聞いている。
「一体、木星の表面ってどんな感じなのかしら?」私はそんなことを考えながらいつもガス惑星の説明を聞いていた。

ーーーーー

 ちょうどDVDが終わるとき、後ろで物音が聞こえる。「え、何?」私は音のする方を見ると、そこにはひとりの男性の姿。「え! あなた誰?」思わず震えながら私の表情は硬くなった。
「そんなに怖がらないで。僕の名前はジュピター。君は」
「ジュピター? 木星の英語名......」その男性は、よく見ると優しそうな表情。銀色の宇宙服のようなものを着用していた。「あ、私は真理恵です」
「そう真理恵さんか。ねえ、君は惑星を旅したい?」「え、あ、それはそうだけど」「だったら今から行こう。最新の宇宙船があるんだ」
「ええ??」 私は今ここで起きていること、訳が分からない。ところが突然「真理恵さん行くよ!」とジュピターと名乗る男性に腕を引っ張られ、そのまま外に出た。外は雨が降っているが、ジュピターはお構いなし。私は唖然としたまま裸足で外に出た。

「ほら」ジュピターが上に手を挙げた」「え?」頭から降りしきる雨。だが指をさした方向には、何か大きな乗り物のようなものが浮いている。「え、何で、これって夢」私は頬をつねったが痛い。
「さ、真理恵さん行くよ」とジュピターが手を上げる。するとジュピターは宙に浮く。同時に私も。そして上空の乗り物に吸い込まれていく。「え、これって、う、宇宙人...... まさか私さらわれているの?」

 私が頭の中で混乱していたが、気がつけば宇宙船の中にいる。「真理恵さんはいこれ」と渡されたのは、ジュピターが着用しているのと同じ銀色の宇宙服。「こ、これを着るの?」ジュピターは頷く。
「宇宙空間は真空だし、宇宙線などがあって体に危険なものが多い。この宇宙船の中は、地球と同じ環境だけど、上昇時とか危険だからしっかり着ておいて」
私は訳も分からず、言われたまま服の上から宇宙服を着る。最後はフルフェイスのヘルメットを渡された。ジュピターもヘルメットを装着。

 私はジュピターの後ろの席に座っている。指示に従い、シートベルトは装着済み。「では、出発」彼の一声と同時に、突然大きな音が鳴ったと思うと、急激に上に引っ張られる。「キ、キャー」座っている席にシートベルトのおかげで、どうにか体は固定したままだ。だけどヘルメットをしているとはいえ、いつ体が天井にぶつかるのではという恐怖が私を襲った。

 数十秒後にジュピターが「よし大気圏を脱したよ」と一言。気がつけば先ほどのような重圧も何もない。「ほら、今、月の前を通過したよ」
 ガイドのように解説するジュピター。私は窓越しから見える大きな月を見る。「うゎあ。やっぱり映像や地上とは違う」そのとき私は、無邪気に感動した。

「さ、もうじき火星だよ」「え、早い!」「真理恵さん、この宇宙船は地球の技術よりもはるかに優れている。最高時速は光速まで出せるんだ。だからあっという間なんだ」と解説。
「ということは、ジュピター、あなたひょっとして宇宙人? エイリアンなの」私がついに問いただした。ここでジュピターはヘルメットのシールドを開けると、笑顔を見せながら
「そうかもしれないね。でも僕からしたら、真理恵さんも宇宙人だけどね」と笑った。

 間もなくして近くまで来た火星を見る。「確かに赤い」私の率直な感想。「真理恵さん火星に降りてみる」とジュピターの一言。
 私は首を横に振り「出来たら火星じゃなくて木星が見たい」と言った。「OK!」ジュピターはそういうと、宇宙船を操作。火星の前から高速に飛び出す。そしてあっという間に小惑星帯を通過し、木星の目の前まで飛びぬけた。
「木星は、僕と同じ名前だね。だから僕も実は好きなんだ」と、ジュピターは再び笑顔。「そうだ真理恵さん、宇宙遊泳してみる」「え? そんなのできるの」「ちゃんとヘルメットと宇宙服を着用していればできるよ」
 私はチャンスとばかりに宇宙遊泳のチャレンジを申し出る。こうして宇宙船から、すぐ目の前に木星が浮かぶ宇宙空間の投げ出された私は、水中を泳ぐように宇宙空間に漂った。

「あれが大赤斑か。本当に目玉みたい」私は赤くて大きな木星の目玉と目が合う。ところがそのときに突然のトラブル。「あれ、ちょっと、え!」私は宇宙船から離れている。必死に宇宙船の方に泳ぐように近づこうとするが逆に、ますます遠ざかって行った。「え、ジュピター助けて!」
 私は声を出すが当然聞こえない。ふと吸い込まれる方を見ると、確実に木星が近づいているような気がした。「まさか木星に吸い寄せられている! ちょっと、あれに吸い込まれたら!」
 私はどんどん大きくなる木星を見て恐怖を感じた。さっき見たよりも倍近く大きく見える大赤斑。まるで獲物を捕らえたとばかりに私を見つめている。私は、なおも足掻いた。そんなことをしても何も変わらない。木星に近づく速度が、ますます早くなってきている気がしている。「いやああああ!」

 私が声にならない声を出していると、突然目の前に網のようなものが見えて体が囲まれる。そして木星への接近が止まった。そして今度は木星から遠ざかる。見ると宇宙船がすぐ目の前に来ていて私を網ですくって引き寄せていた。こうして私は無事に宇宙船に戻れる。
「真理恵さん。大丈夫?」「ジュピター。ごめんなさい。油断してたら急に」
「それは仕方がないよ。どうやら君は木星の引力に捉えられかけたようだ。とにかく無事で何より。よし、次は土星に行こう」

 ジュピターは私が木星に対して恐怖を思っていると思い、すぐに土星に向かった。
「この距離なら大丈夫。土星がきれいだ。真理恵さんもう宇宙遊泳はしないだろ」「あ、はい、しません」私は小さく頷いた。
「土星の輪はこのくらいの距離でないと美しくない。真理恵さん理由は知っている」ジュピターは私に質問をしてくる。
「はい、これは小さな石みたいなのが並んでいるから」「お、よく知っているね。たしかメートル単位から小さいのだとマイクロメートル 位の粒子の集団。だから近づくと美しいどころか、かえって邪魔をする存在にすぎないんだ」
 私はジュピターの説明を何度もうなづいた。「もしこの人がエイリアンで、この後どこかの星に連れ去らわれても、多分大丈夫かも」
 私はいつしかジュピターに信頼を持てるようになっている。

ーーーー

「そろそろ帰ろう」「え、まだこの先に天王星とか海王星があるのに!」私はまだ続きの旅行ができると思っていたので、突然帰ると言われて思わず茫然とした。「だけどもう帰らないと、朝までに戻れない」
「あの、いいわよ。私は戻らなくてもいい。もしあなたに異星に連れ去らわれたとしても」
「ダメだよ、それは。君にはパートナーがいるし」「あ!」私は彼のことを思い出した。「だから天王星はまた今度ね」「わかった。絶対に約束よ」

 こうして私は土星から地球に戻った。その間の所要時間は全く分からない。気がつけば青い地球が姿を現している。「今から大気圏に突入するよ。真理恵さん、シートベルトは」「大丈夫。しっかり締めたわ」
 そして宇宙船は大気圏に突入。真っ暗だった外の風景は、突然赤く燃えるようになっている。そして激しい揺れが体を襲う。だが上昇時ほどの重圧はなかった。やがて揺れが収まり宇宙船は停止。「よし到着した。地上に降りるよ」
 ジュピターがそういうと、地上10メートルくらいから地上に落下。理由はわからないけど、ゆっくりと地上に着地する。すでに雨はやんでいるが、地面は濡れていた。
「あ、そろそろ夜が明ける。僕の存在が知られると何かと厄介だから、これでお暇するよ」「あ、ありがとうございます。でも約束は」「うん、わかっている。天王星と海王星ね。真理恵さん今度必ず行こう」
 私は脱いだ宇宙服をジュピターに渡すと、彼は嬉しそうにほほ笑んでくれた。

 そして彼はそのまま地上からゆっくりと上がっていき、10メートル上空にある宇宙船に吸い込まれた。そしてドアが閉まると、あっという間に急上昇。見えなくなった。

「あ、消えた。夢のようだけど、絶対に違う気がする。ジュピター不思議な時間をありがとう!」 
 私は天に向かって大きく何度も手を振った。気がついたら太陽が昇っている。「真理恵早いな。て言うか、なんで靴も履かずに、裸足で外出ているんだ?」振り返ると彼、一郎が帰っていた。
「あ、お帰りなさい。え、ありゃ。私、寝ぼけてた」私は頭に両手を置いて適当にごまかす。「あの、ごはんは?」「ああ、帰りに駅前の牛丼食べてきたよ」「そしたら今から寝るわよね」
「うん、そうする」すると私は突然眠くなる。「ふぁああ、じゃあ私も一緒に寝ていい」「え? さっきまで寝てたんじゃないの」
「え、いや何となく一緒に寝たくなったの」そう言うと私は彼の腕にしがみついた。


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シリーズ 日々掌編短編小説 598/1000

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