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将棋にチャレンジ? 第539話・7.15

「へ、ヘヘヘヘ! ついに買っちまったぜ」これは今から1ヶ月前のこと。今井は、届いたばかりの将棋セットを嬉しそうに眺めた。

 今井は早速封を切る。「うん、いいなあ、木の駒だよ。こんなものは上を言いだしたら仕方がない。まずはこれからだ」今井は真新しい将棋の駒を眺めながら自分の世界に入った。
「さて、将棋のセットは買ったが、対戦相手が必要だ。となればやっぱり」今井は友達の中で、最も将棋通の今西を呼ぶことにした。

「え、将棋セットを買ったから指したい? 今井、お前やったことあるのか」「無い」
「つまりそれは、駒の種類とか、動かし方も」「あ、あ、だからお前に教えてもらおうと思ってな」
「......」

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  今井に呼ばれた今西は、1時間後にやってきた。

「お前、将棋やったことないんだよな」「ああ」「そりゃ無理だよ」
「何で」「い、いやなんでって。将棋がどれくらい奥が深くて難しいのか知っているのか?」
 驚きとあきれ返りが混じったような今西、今井はただ首を振る。
「知らないけど、ほらよく街角で指しているのとか、あれに憧れるんだ。この絵とかさ。日本の将棋じゃなかったな。中国のやつだったかな」
 そういって今井は一枚の絵を今井に見せる。

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「これチェスみたいだな。将棋でないことは確かだ。でも形から入るのか? まあいいや。おまえ、将棋セット買ったもんな。まず動かし方もだけど、そもそも将棋のルールはわかるか」
「こいつを取るんだろ」今井は、そういって王将の駒を手にする。
「お、おお知っているな。わかった。とりあえずやってみるか。その都度やり方を教えるよ」

 こうして今井は事実上初めて将棋を指す。今西はその都度、将棋の駒の動かし方やルールを説明する。だから結果は当然今西が勝つ。
「ずいぶん強いな。全く歯が立たないよ」
「ハハハハッハハ!。俺は小学生の時から将棋を指してんだぜ。お前のように駒を動かすのがやっとに人間に俺が」
 今西は大笑い。今井は不快な表情のまま睨みつける。
「おい、今西どう言うことなんだ。ちょっと将棋が詳しいだけじゃないか!」
「ああ、だって俺プロ目指してたことあるからさ」今西は意外なことを涼しい表情のまま返す。
「え、プロ? 今西、おまえ将棋のプロ目指してたの?」思わず驚きのあまりに声が裏返る今井。今西は大きく頷く。
「そう、俺は将棋の棋士に憧れた。静かなる戦いというか。それに若い人が多い」「ああ、そういえば年を取ると弱くなるものなのかな」
「特に最近はそのようだな。俺は町中では無敵だった。だから自信をもってプロを目指そうとしたんだ。だけどその世界に入ってわかったよ。いきなり違う世界とわかってさ」
「つ、つまり周辺はそんなに強いと」「ああ、次元が違うんだろうなあ。プロでやる奴らは」こう言って今西は大きくため息をついた。そして今西は先ほど対決が終わった将棋の駒を手にする。それは香車。
「でもやっぱり棋士の姿、テレビとか見ても今でも憧れだねえ。若いのに和服着て、じっと座って考えるところなんて、見ていて最高だ」

 今西が駒を手にして、かつての自分を思い出すような視線を向けていた。今井はそんな今西を見て複雑になる。指し方も知らない入門以前の者が将棋を指してほしいといったことに、罪悪めいたものを感じた。

「ねえ、今西」「うん、どうしたもう一回やるか?」「いやあのう。1か月後にもう一度やりたい」「一か月後? 何で。別に今もう一回やったらいいじゃないか。そのうち上手くなるぞ」
 だが今井は首を横に振った。「いや、そのう、たぶん今の俺では対局以前の問題だと思うんだ。だからせめて対局できるレベルになってからもう一度やりたい」
 今西は首をかしげたが、今井の表情がまじめなことを感じ取った。「そ、そうか。よし分かった。1か月後を楽しみにしよう。ちゃんと予定しておくからさ」そう言うと今西は立ち上がりそのまま帰って行った。

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「形になるまで、今西から『対局相手』と思われるレベルまで頑張るぞ」今井はこの時から、将棋を真剣に覚えようと努力した。将棋に関する本を集め、またひとりでも対戦できる将棋ゲームで練習を繰り返した。最初は初級レベルでも全く歯が立たなくなったが、毎日ひたすら将棋を指すことをつづけた。だから気がつけば上級クラスの設定でも、互角に指し合えるほどにまで上達してきた。

「よし、明日はいよいよ今西との対決。恥ずかしくないようにしないとな」今井はひとり呟きながら、また将棋のゲームを楽しんだ。

こうして約束の一か月が経過。「おう、今井約束の日だな」今西は笑顔で今井の前に来た。
「ああ、今西だいぶ将棋を勉強したんだ。今度は今西の対局相手になれると思う」
「ほう、それは楽しみだ。よし早速指してみようか」
 こうして今西と今井は1か月ぶりに対決。序盤は今井が駒の動かし方がわからないときとは、明らかに違う指し方をして驚く今西。「ほう、結構学んだようだな。よしやりがいがあるぞ」
 ここまで明らかに余裕で勝てると思っていた、今西の目が真剣になる。それを見た今井は内心喜んだ。こうして指し続けるふたり。
「よし、俺の勝ちだな」やはり最終的には今西が勝った。さすが本気でプロを目指そうとした男の実力は、1か月程度の頑張りで歯が立つわけはない。

 だが今西の表情は1か月前とは違った。「お前よく頑張ったと思う。ちゃんと将棋指してきたから俺びっくりしたよ」
「だったら俺、お前の対局相手に」「なった。十分だ!」それを聞いた今井は、努力が実ってほめられた気がして、涙が出そうになるのを必死でこらえるのだった。


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シリーズ 日々掌編短編小説 539/1000

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