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【第7話】さらば小田原、ハローのり子


旧号

前説

やあ読者諸豚ごきげんよう。こちらはすっかり暑さも和らいで秋まっしぐらといった様相を呈しているが、そちらはどういったご塩梅だろうか。

こうしていざ秋の入り口に立ってみると、不思議とあの嫌で嫌でたまらなかった夏の蒸し暑さが愛おしく思えてくる。無論、再び目の前にあの暑さがやって来たら辟易するのは言うまでもない。単に、無い物をねだるのは人間の永遠なる性ってだけの話。

さあさ、それでは早速本題へ。

本編

旅から戻りいよいよ10月の小田原行きが現実味を帯び始めてきた頃、一つの小さな亀裂が僕の中に生じていることに気付いた。そいつは日増しに大きくなっていって、一週間あまりで僕の決意はそこから全て漏れ出してしまった。ちゃんとジップロックに入れておくべきだったと後悔してももう遅い。

その状況下で僕にできることといえば、小田原の物件に断りを入れることぐらいのものだった。

当時の日記を読み返してみると、生々しい葛藤の痕跡が随所に刻み付けられていた。そのうちの一つを引用してみよう。

個撮スレンダー系JD中出しモノで一発。本当は個撮JKコス中出しモノで抜くつもりだったが、フィニッシュ直前で動画が途切れるというハプニングにより急遽変更。

なんという悲劇。赤十字社も真っ青の非人道ぶり。むしろカットするべきは冒頭のショッピングモールで買い物するシーンの方ではないだろうか。と言ったら先輩諸兄からは「いや、むしろそのシーンあってこその個撮だろ」とお叱りを受けるかもしれないが、フィニッシュし損なっても同じことが言えるだろうか?

わずかでもリカバリーが遅れればあなたは真っ暗な画面とともにいき果てることになる。そのときの心境を深く想像したあとで、空を見上げてみてほしい。そこに見えたものこそが、あなたのアナザースカイ。

いやいや、とんだとんでもない茶番に付き合わせてしまった。せめてものお詫びとして「むしゃくしゃしてやった。誰でもよかった。今は反省している」と棒読みさせていただきたい。聡明なる先輩諸氏の中にはもうすでにお気付きの方もいらっしゃるかもしれないが、上の二段落は個撮における「冒頭のショッピングモールで買い物するシーン」と同義である。

それでは、個撮における本番シーンにいざ参るとしよう。

**

亀裂の原因は要するに「熊野に住みたい」だった。それによって小田原に引っ越すことは妥協なのではないかと思い始めるようになった。そしてついに耐え切れなくなりキャンセルに至った。

担当いただいたスズキ氏には本当に申し訳ないことをした。せめてものお詫びとして「小田原で家をお探しならぜひマイハウスへ」と宣伝させていただきたい。もちろん棒読みではなく。

断ることを決めた日には山ちゃんから連絡があり、断りを入れた日には濱田氏から連絡があった。まるでトゥルーマン・ショーのように完璧なタイミング。僕はただただもう、ラストシーンのあのトゥルーマンのように両手を広げ空を見つめながら不敵に笑うしかなかった。頭の中ではなぜかバグダッド・カフェの「コーリング・ユー」がゆるやかに流れていた。

熊野市運営のお試し移住施設が空いていることも分かり、僕はまたすぐにでも家探しのため熊野へ行こうと思っていた。そうでなければこの高まった熊野熱がどこかへ逃げて行ってしまう気がした。

でもそのときふいに、いつぞやの東海林のり子が僕にこんなことを囁きかけてきた。
「個撮スレンダー系JD中出しモノで抜くのもいいけどね、移住前に親知らずも抜いといた方がいいわよ」

それから僕は、フィニッシュ直前で動画が途切れたときのような心境でもってグーグルに「川崎駅 親知らず 抜歯」と尋ねた。

次号へ続く。

後記

一進一退。一喜一憂。一長一短。一朝一夕。一回一万。当時の僕の気持ちを一字一句違わずに表現してくれる言葉は残念ながら一つもない。そう分かっていながらも懲りずにそれを探し続けるのは、空気に対して延々と腰を振り続けるぐらい無意味なことだ。

そう分かっていながらも懲りずに記事を書き続けるのは、それ以上にきっと無意味なことなのかもしれない。じゃあ意味のあることって何だろう。そうやってまた言葉の袋小路にはまってゆく。

つまり何が言いたいかというと、め(フィニッシュ直前で記事が途切れるハプニング)

●読後のデザートBGM

次号はこちら。

※ホ別。