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中学に入学してすぐの頃、授業でのちょっとしたお話。人類の起源事件。

中学校一年生。入学して間もなく、初めての歴史の授業があった。受験して入った学校だったので前からの知り合いはほとんどいなかったし、みんな優秀そうに見えて緊張していた。今までの市立の小学校とは違い、みな私語もせず真面目に先生の話を聞いていた。

間もなく先生が一枚のプリントを配った。紙の左上に(      )と名前を書く欄があったので、やおら「よし、小学校のテストと同じで、名前を書くんだな。」と張り切り、デカデカと「○○ クミコ」と姓名を記した。

プリントには、サルが人類に進化していく図が書いてあった。そう。今日の授業は人類の起源。人類の進化の歴史と特徴を学ぶ。

人類の始まりは猿人。アフリカで骨が発見され、600万年前ほどから生きていたとされるアウストラロピテクス。猿人という通り、見た目はかなり猿に近い。二足歩行をして道具を使ったものの、脳の容積はかなり小さく、背筋は曲がり、背は130cm程度と低い。鼻の下が長く、顎が出て、見た目は人というもの猿そのものだ。

180年前ほどになると原人が出現する。中国の北京原人、インドネシアのジャワ原人が有名だ。石器を作り、火を使う。猿人よりは脳の容積が増えるもののまだ小さく、背筋はややのび、背も少しだけ伸びる。少しだけ人っぽくなる。

次に旧人。ヨーロッパで発見されたネアンデルタール人。旧人は20万年ほど前に生きていたとされ、原人よりも大きな脳を持ち、背も伸びる。顔はだいぶ人に近づくものの、まだ猿っぽさが残る。

そして数万年前に出現する新人。フランスで発見された新人のクロマニョン人は、現在の人類の直接の祖先と言われ、絵画を描くなど芸術的なセンスも持ち合わせた。脳の容積も見た目もほぼ今の人類そのものだ。

この猿人、原人、旧人、新人は時代を経るにつれ、立ち上がった猿、に限りなく近い容貌から、背筋が伸び、脳の容積が増え、鼻の下が縮まり、人間に近くなってゆく。ヒトという高度な知能を持った生命体は、長い時間をかけて地球上に現れたのだ。

先生の触りの説明をきいていておやと思った。「では、プリントの猿人の絵の上に、『アウストラロピテクス』と書き込んでください。」みんな静かに何かを書いている。私のプリントに該当の欄はない。どこに。そう、私がさっき自分の名前を書いた欄は「アウストラロピテクス」と書き込むべき空欄であった。まるで人類が「○○ クミコ」という猿人(腰が曲がり背が悪く顎は出、見た目はかなり猿に近い)から進化したかのような図に仕上がっていた。

壮大な勘違いに一人困惑し、猛烈にいたたまれず恥ずかしくなったが、誰かに話して笑い飛ばそうと、隣の席の精悍で真面目そうな男の子、N君に話しかけた。「ちょっと見て。私、アウストラロピテクスと書くところに自分の名前書いてしまった。」

N君はブーーーと吹き出すと、プリントを持って、後ろの席のムードメーカー、H君にも見せ始めた。H君も笑った。その後、周りの数人にも回し見され、前の席のMちゃんや後ろのHさんも一緒にみんなで笑った。恥ずかしさは増大したけれど、笑い話にできてすっきりした。何より、真面目で優秀そうに見えたみんなもくだらないことで笑うと知り、一気に身近に感じたのであった。

そのクラスはほどなく仲良くなり、本当に楽しかった。休み時間には男女混じってくだらぬ話をして、床に這いつくばって笑っていた。2年生でのクラス替えの後もいい人ばかりに恵まれた。みんな実際に優秀で、張り切ったのは最初だけで居眠りばかりしていた私は成績の面では劣等生であったが、この3年間は、本当に楽しく過ごし、今でも大切な宝物だ。

N君とは2年生からクラスが分かれ、高校はたまたま同じところに進んだもののクラスは違い、大きな高校だったので顔を合わせることもほとんどなかった。彼は去年地元の選挙に立候補し、めでたく議員となった。SNSの投稿によると、最近は感染防止対策関連の仕事に日々奮闘しているようだ。

H君とは2,3年も同じクラスになり、高校は離れたがその後も何かとみんなの集まりでよく会っていた。H君が雪国の大学に進学したときは、友達とシェアしているという一軒家に泊まりに行ってみんなでスノボをした。将来は家業を継ぐといっていたから、今は経営者になってるのだろうか。
Mちゃんは地元の法学部を卒業後、法律事務所に勤めていたが、今はどうしてるのかな。
HさんはSNSで、子供が生まれた報告を読んだ。幸せそうだった。

気が合うかな、と思った人々とも、同じことで心から笑えたら一気に心の距離が縮まる。あんなふうに笑ったのは最近ではいつだっただろうか。N君のSNSを見るといつも、アウストラロピテクスのことで笑ったあの日を思い出し、議員となった今も親しみを感じる。そして、若かりし頃の純粋な友情を懐かしく感慨深く思い出し、大人になった今も同じ気持ちで周りの人と信頼関係を築いていきたいと、自分を振り返るのであった。

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