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少年ジェットがいた日.. 19

日吉丸2号(3)


正治は脳天を摩りながら教室から廊下に出た。
しかし廊下に立っている間に身体中から喜びが溢れてきた。
『やった!砂だったんだ。タクちゃんが言った通り、ヒントは石だったんだ。これで地雷が出来るぞ…』
地雷開発の構想はどんどん膨らみ、仕掛け、容器、調合のタイプまでが頭の中に出来上がっていき、あっという間に懲罰の時間は過ぎていった。


授業が終わり、先生が教員室に戻ってしまうと、みんなは興味深々で正治の元に集まった。
「なになに?どうしたの?」
「どうやったら火が付いた?」
「上手くいったってこと?」
「先生に言った通りなんだよ。タクちゃんが正しかった。石なんだ。砂を混ぜると摩擦熱が出やすくなるんだ」
「なるほど…」
「だから…ちょっと見て」正治はノートに簡単な図を描き始めた。
「こう…容器はちょっと細長くして…上は紙で蓋しちゃう。これを土の中に縦に埋めるんだね。そいで、同じ長さくらいに割り箸を切って上に当てる。で、その上に板を置いて少し土を被せとくんだ。どお?」
「いいじゃん」
「今度は上手くいきそう?」
「多分ね。だってさっきもちょっと力入れて擦っただけだったもんな。びっくりしたよ。今日、何発か作ってみるよ。あ、そうか、でもちょい遅くなるな…」
「あれじゃ仕様がねえな。助けようがないもんな」
「俺たちは先ににしらに行って、ヒデオたち手伝ってるからな」
「道具も持ち寄んなきゃなんないし…」
「正ちゃんもなるべく早く切り抜けて来いよな」
「うん…分かった…」


正治は懲罰の掃除当番を終え、覚悟を決めて約束通り教員室に向かった。
「先生… 掃除終わりました…」
「おう、ご苦労様。それで?…」
「あ、あの…今日は…すいませんでした…」
「何が悪かったのか、分かってるな」
「はい…」
「二度とあんなこと、学校でやるんじゃないぞ」
「はい…分かりました…」
「よし、もう帰っていいぞ」
「すいませんでした…失礼します」


正治がにしらに到着した頃には、既に大勢の子供たちが働いていた。

正治を見つけると、昌志と幸夫が駆け寄って来る。
「ヒデオくんたち凄いよ」
「うん。ほら、どんどん小屋が出来てくよ」
「本当だ…」
幸夫が指差した場所では、小屋の四方の壁がもう殆ど建ち上がろうとしていた。

正治はヒデオに近づいて話し掛けた。
「遅くなってごめんね…」
「おう、授業中に爆発させちゃったんだって?」
「えへへへ…ちょっと失敗…」
「大丈夫だったのかよ?」
「うん。すんげえ怒られたけどね。でもお陰で地雷完成するよ。」
「本当か?」
「おう、これから作る。それより小屋凄いな…」
「ああ、あとはカスガイ噛ませて、両脇の屋根沿いの斜めの蹴込み板打ち付けたら壁は完成だな。窓はちっちゃいけど二箇所切っといたからよ。入り口はドア付けんなら丁番ちょうばんとかいるから、なんか見つけないと…屋根やんのは明日からだな。やっぱ、パレットとブロックとあるから早いよ。釘もカスガイも山のようにあるぜ。終わったら錆とって売りゃ、また一儲けだぜ。なあ」
「そう…ねえ、俺さ地雷の方作ってていい?」
「おう、いいよ。和夫たちも手伝ってくれてるから、こっちゃ大丈夫だからよ」
「悪いな…」

正治は早速コンクリート通路上の新しい作業台のところに行き、棚に置かれた箱を開けて、中から火薬が入ったフィルム缶をいくつか取り出す。
ノートを開いて、幸夫と相談し、先にボール紙の筒を何本か作って貰う事にした。セルロイドを削り、火薬を調合し、放課後学校の砂場から失敬してきた同じ条件の砂を作業台の上に広げた。

砂とセルロイドと火薬…正治は思い描いた幾つかのタイプをフィルム缶に作ると、昌志に廃材の中から踏み板に使えそうな板を物色しておいてくれるよう頼み、南品川の飲食店街を一回りして、大量の使用済みの割り箸を手に入れた。考えてみれば、誰に指示されるわけでもなく、それぞれが自分の役割をはっきりと自覚して、いつの間にかきちんとしたフォーメーションが出来上がっていたのも、何とも不思議な話である。


にしらに戻ると、昌志や幸夫と相談しながら、3タイプの地雷の試作品を作った。
これらは『日吉丸2号』と名付けられた。

正治たちの作業が一段落する頃、頑さんのところに行っていた卓也がやってきた。
卓也の前に全員が集まった。
「どうだった?」
「へへ…」卓也は嬉しさを隠せない様子だ。
「ねえ、いくら位に売れた?」
「すげえぞ、ほら…」と、ポケットの中から紙の封筒を出して、正治に渡す。
「わ、千円札じゃん」

正治が封筒の中を覗くと、千円札が六枚と百円札が六枚、さらに五十円玉が一枚入っていた。
「それと、これ、みんなにお土産!」卓也が大事そうに抱えた紙の袋を下ろすと、中には冷えたラムネの瓶が沢山入っていた。みんなから歓声が上がった。

「すげえな…」
「こっちの取り分は昨日の千円も合わせて全部で七千七百五十円。帰りにラムネ二十本、百円使った。ちゃんと栓抜き袋ん中に入ってるからな」

ラムネは全員に手渡り、4本残った。
「ヒデオの方はどう?」
「おう、壁は出来たぜ、明日屋根作って、んで完成だ。ひゃー、労働の後のラムネは旨いぜ!で、正治の方は?」
「うん。三本出来たよ。地雷。『日吉丸2号』な。これ飲んだら実験してみる」
「おお、楽しみだな」
「それよりさ、卓ちゃん、これ、お金、どうしよう…」正治は現金の箱の中を見せた。
「ちょっと大金になっちゃったな…」
「靴箱じゃさすがにやばくない?でも、持ってて家で親に見つかるのもやだしなあ…」
「台の横に引き出し置いてあっだろ?」思いついた様に一平が言う。
「うん。まだ使ってないけど…」
「あの一番下のでっかい引出し、鍵掛かるよ」
「本当?」
「うん。鍵、一番上の引出しの中にテープで止めてあったよ」

一平の言うとおりだった。現金の靴箱は、鍵付きの引き出しに入れられることとなる。出納係は一平と青木君に任された。ただし、念には念をいれて、千円札一枚ずつが昌志と幸夫に預けられ、いざと言うときの為に保管しておくように依頼された。

「じゃあ、これからは一平が金の係りだから、宜しくな」
「だいじょうぶ、インディアン正直者。ちゃあんとできる。白人うそつき、みなみなごろし…」
「大丈夫そうだな…」
「じゃ、そろそろ地雷の実験、始めようか」
「オーケー、もういつでもできるぜ」
「やろうやろう!」

ただちに幸夫の指示で3箇所に穴が掘られる。慎重に埋められた3本の『日吉丸2号』の上に割り箸と板がセットされ、そっと土が被せられた。
「よし、ぱっと見た感じじゃ分かんねえな…」
「誰がやる?」
「あのね、一応危ないかもしれないから、半ズボンじゃないほうがいいかも…」
「じゃ、決まりだ、ヒデオと一平と幸夫だ」
「ひゃー…怖えー…」一平が叫ぶ。
「どれが一番危ない?」
「えっとねえ、多分大丈夫と思うんだけど、強力な順にいうと、あれ、つぎがあれ、そんでこれだな」
「一平、お前、一番軽いんでいいや、最初に踏んでみ」卓也が命令した。
「ちょっと待って、だれかタオル貸して」

正治は渡されたタオルを一平の右足首の辺りからズボンの上に巻きつけた。
「いいよ」
「じゃ、いきまーすっ!」
一平は小さくジャンプして目的の場所に右足を踏み込んだ。
『ズボッ!』
「わ!」足元の周囲の土が少し吹き飛び、一平は驚いては思わずつんのめり、地面に片手を付いた。
「すげえ!やった!」
「大丈夫?一平」
「なんだこれ、凄いよ。いきなり足の下の土がなくなっちゃう感じ、なんだか良く分かんないけど、びっくり!」
「もっと、普通に歩いてくれたほうがいいかな」

幸夫が片足にタオルを巻いて、次の場所にゆっくり歩いて行った。仕掛けた辺りに片足が乗る……しかし、今回は何の爆発も起きなかった。
「あれ?だめだな」
「不発だな…」
「もう一回仕掛け直してみよう」
「じゃ、次、俺やってみるぜ」ヒデオが足にタオルを巻きつけながら言った。

ヒデオも幸夫と同じようにゆっくりと仕掛け地点に歩く…
ヒデオの右足がその場所を踏み込んだときだった。
『ズボムッ!』一平のときの倍以上の土塊が吹き飛んだ。大きな身体のヒデオがたまらず尻餅をつく。
「おおっ!」
「大丈夫?怪我しなかった?」正治が駆け寄った。
「おお。大丈夫大丈夫。凄えぞ!一瞬足が持ち上がったぞ」
「これだな」
「やったな」
「おう」

みんなから拍手が沸き起こる。大成功だった!ただし、この地雷は摩擦熱の起き方に偶発性が高く、不発の確率を排除することはできなかった。


夕方にはみんなはにしらを引き揚げた。正治は残って、今日の実験の結果を整理しながら成功の喜びを噛み締めていた。

「まだ帰んなくっていいの?」最後に残った卓也がいた。
「そうだな。もうそろそろ帰んなきゃな」

ビルの谷間のにしらは、もう暗くなりかけていた。
「そうだ、まだラムネ残ってたな。正ちゃん飲もうか?」
「いいねえ、飲もうよ」

残ったラムネはバケツの中で井戸水で冷やされていた。卓也が景気良く2本続けて栓を開ける。
「ほら」
「おう、サンキュー」
「あーっ、旨えな」
「美味しいね」
「なんかこうやってよ、夕方2人でラムネ飲んでると、ちょっと前が懐かしいよな」
「本当だよね。最初は2人だけだったもんねえ…」
「日吉丸とな。そうだ、日吉丸元気だった?」
「うん、おとといはね。残りのビスケット全部あげてきた」
「そうか、じゃ、大丈夫だな」
「大丈夫だよ。もともとあそこは日吉丸ん家だし」
「そうだな…俺たちが借りてたようなもんだもんな」

卓也がトランジスターラジオのスイッチを入れると、プレスリーの甘い歌声が流れる。
「よかった!ここもちゃんとフェン入る…」
「でもよ、本当に俺たちついてるよな。ここのことも金のこともよ。なにやっても上手くいくよなあ…」
「みんな、いい奴ばっかりだしね」
「武器もばっちりだよな」
「うん。俺たち本当に少年ジェットになれるかもな」
「本当だな。本当になれるかもな…」
そう言いながら卓也はアセチレンランプに火を付けた。

「綺麗だな…」
眩いランプの光が二人の満足そうな表情を照らし出した…

第20話につづく…

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