見出し画像

お借りしました……🍮🍮🍮

 みんなのフォトギャラリーで見つけました。
 おいしそうなプリンアラモード、先日、ときどきランチに行く喫茶店で、この写真にそっくりなプリンアラモードを食べました。
 ランチと同じくらいの値段がしましたが、どうしても食べたくて、食べました。
 むかし懐かしいい喫茶店なので、ソファにはたばこの香りがしますが、亡くなった父は煙草を吸っていたので、懐かしい香りで、子どもの頃に、上野の病院まで通院した帰りに慣れない喫茶店に連れて行ってくれて、プリンアラモードを食べたような気がします。
 妄想かもしれません。
 父はあまり外に行くのは好きではなかったので、だいたいの通院は祖母が連れて行ってくれて、60年くらい前なので、秋葉原で乗り換えて、御徒町で降りて歩いて行きました。
 小学3年生の夏に首の麻痺を和らげる手術をするために、上野の整形外科病院に入院したことがありました。
 そのころの入院は付き添いが必要で、自炊でした。
 付き添いは祖母でした。
 首も頭もギブスで固められていて、片目しか見えなくて、暑くて大変だった気がします。
 祖父が扇風機を買ってくれました。

 人生初の小説は高校2年のときに書きました。タイトルは「扇風機」です。
 夏休みの宿題でした。
 先生のコメントは忘れません。
「セリフはいいが背景が描けていない」でした。

 いまも進歩がありません。
 それでもあきらめずに書いています。
 高校生の私は人生をあきらめていたので、周りが見えていませんでした。
 勉強はする気がなくて、宿題もやったことのない私が唯一提出した宿題なので、文章を書くことは興味があったのだと思います。

 いまになって、児童文学を勉強しています。

 プリンアラモード食べる片目の少女と、ハンサムな父親を想像してしまいます。
 娘がいうのもなんですが、父はハンサムでした。
 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?