【備忘録SS】それは「かつての」キャラクター
「おはよう、四条畷さん」
「……あ、お早うございます……」
肩越しに掛けられた言葉に自動的に反応した紗季は、キーボードから手を離して大きく伸びをした。
「んーっ、だいぶ進んだなぁ」
本社における業務ルーティンにようやく慣れてきた彼女は、持ち前の能力を発揮しつつあった。
手元にあったマグカップを引き寄せて、すっかり冷めてしまったカフェラテに口を付ける。
(……はて?)
ここで彼女は、ふと先ほどのやり取りを思い出した。
(さっき、寝屋川副部長らしき人が通過したような気がしたのだけれど……)
フロアをざっと見渡したが、彼の特徴的なフォルムを見付けることは出来なかった。
はてと首を傾げた紗季は、ちょうど近くを通り掛かった年齢不詳のイケメン男性に声を掛けた。
「すみません、先ほどここに寝屋川副部長いらっしゃいませんでしたか?」
すると、その男性は首を傾げて応える。
「いらっしゃいますも何も、目の前に居るだろう?」
「……え?」
彼女は改めて、その男性に目を向けた。
聞き覚えのある声は、彼が寝屋川慎司であることを証明しようとしている。
但し、外観は先月までのカタチと明らかに異なっていた。
両手の親指と人差し指で四角形を作った紗季は、片目を閉じて彼の方に向けていく。
その中に入った画像を脳内で横に伸ばしていくと……。
「流行り病で病気療養とお伺いしていましたが、改造費用はおいくらだったのですか?」
「美容整形じゃないよっ!」
およそイケメンに似つかわしくないクネクネとしたリアクションを取って、寝屋川は抗議の声を上げた。
「あー、鬱陶しいなぁ」
フロアのそこかしこから向けられる好奇の視線に、市川春香はうんざりとした態度で毒付いていた。
「まあ仕方ないよ。あれだけ劇的に変化したらさぁ」
自身も無自覚イケメンである本八幡ハジメは、冷静な言葉を返している。
「外観がちょっと変わっただけでキャイキャイ色めき立つって、この会社はいつからホ●トクラブになったのかしら」
「そう言いながら、市川さんも写真撮ってたじゃない」
ハジメの鋭い指摘を受けて、春香の頬にさっと朱が差した。
「あっ、あれは私のイ●スタが映えるかなって」
「上司をイ●スタに投稿したらダメでしょう……」
「随分と落ち着いていらっしゃいますね」
ひと通り黄色い声の住人達が立ち去ったあと、紗季は寝屋川の席に近付きながら声を掛けた。
「ん、まあ慣れているからね」
「あ、お花見会の写真……」
この春まで2人が所属していた●●支店で行われた花見宴会の際、彼女は20代の頃の寝屋川を写真で確認していた。
(確かに、かなりの美形だった気がするわ。同期でも一番のモテ男と言われていたとか)
もっとも、彼女は元上司の京田辺課長(現支店長)の若かりし姿にクギ付けだったので、いまいち記憶があやふやであったが……。
「外見だけで騒がれることに嫌気が差してしまってね。地方支店への異動を機に、思い切ってキャラ変をしたんだよ」
「それが、『とんかつ課長』ですか……」
思いもしないところから●●支店の7不思議に数えられている強烈なキャラクターの誕生秘話を知った紗季は、目の前で無駄に色気を振りまいている現在の上司を、もう少し深く分析してみようと考えていた。
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