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阿片と毒と、甘いもの -4-

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そのあと、あっさりと解放されたが、由美からの連絡は2週間、途絶えていた。次の連絡は、落ち着いたら由美からするという約束をしていた。

正直、僕にとっては拍子抜けするほどあっさりとしたやりとりで、社長もそこまで悪い人には見えなかったし、僕もうまく振る舞ったはずなので、すぐに連絡がくると思っていたのだが、そう単純でもないのかもしれない。
由美が適度に客を送り続けることで、200万円の借金がチャラになるんなら、安い気もする。って、いつまでの契約なのか、何人送り込めばいいのか、全然知らないけど。


「お久しぶりです。先日は来てくださってありがとうございました!よければ、来週、社長も含めて、お食事でもいかがですか?」

由美からのLINEだった。まだ、社長からの監視は続いているんだろうか。電話をかけようにもかけられず、その誘いに乗るか、もう由美に見切りをつけるかしか選択肢はなさそうだったが、恐怖よりも由美に逢いたいという気持ちが勝り、応じることにした。

指定された場所は恵比寿駅から10分ほど離れた場所にある、フレンチビストロ。Googleマップを見ながら歩いていると、少し前に歩いているカップルの女性が、由美だと気づいた。男は社長だ。由美はポケットに手を入れながら歩く社長の腕に手をかけていた。
どういうことだ。
2人の顔は見えないが、こうして歩くことが2人にとってなんの違和感もなく、いつものことであるという空気は、遠くから見ても伝わってきた。

店に着くと、奥の個室に通され、2人は隣同志に座って僕を迎え入れてくれた。
僕は由美に目配せをしたが彼女はニコニコとしているだけで、飲み会は社長の最近の仕事にまつわるけっこうおもしろい話と、絵画の話が入り交じりながら進んでいた。
僕らがデザートを選び始めたのを見計らって、社長が「失礼」とトイレに立った瞬間、由美は初めて僕の目を意志を持って見つめ、早口にしゃべった。
「コウくん、私、もうたぶんダメだと思う。今週中に成約がなかったら、売られる」
「売られるってどういうこと?」
「たぶん風俗」
「うそだろ?」
「今日まで、いろいろ手を尽くしたんだけど、やっぱりだめだった」
「ちょっと待って、なに、今日、俺どうしたらいいの?」
「・・・わかんない。なに考えてるか、わかんない人なの」
沈黙が流れる。
「たすけて」
と由美が小さな、小さな声でつぶやいたところで、社長が戻ってきた。
それまで引き込まれるように聞いていた社長の話が、まったくアタマに入ってこなくなった。


「もう1軒いこうよ。銀座におもしろい店があるんだ」
社長は有無を言わさずタクシーを止め、僕と由美を押し込み、自分も大きな身体をねじこみ、「銀座の並木通りに向かってください」と丁寧に運転手に伝えた。
目的地らしきところにつくと、「ちょっと待ってて、一応、開いてるか確認してくるから」と一人車を降りて店の中に入っていった。

「すいません、車、出してください」
社長が入っていったビルの扉が閉まるのを見計らって、僕は大きな声で運転手に伝えた。
「え?」という運転手に、前に乗り出し、「早く!早く、お願いします!」と声がうわずって、超絶かっこ悪い。
僕は、自分の心を鎮めるために、由美の手を強く握って、少し後ろを振り返ると、社長が店の前で仁王立ちしてこちらを見つめていた。暗闇の中で表情は確認できないまま、どんどん遠ざかり、小さくなっていった。
とりあえず僕たちは池袋に向かい、ホテルで震えながら、ほぼ何も話せずに抱き合ったまま朝を迎え、2人で僕の家に帰った。

※※※

いや、帰ろうとしたのだが、帰れなかった。
家の前には、すでにFiftystormから来たらしき人間がいて、僕たちは、結局、もう、2週間も上野のネットカフェにいる。ネカフェから出社し、夜に由美と落ちあい、マクドナルドかすき屋で腹を満たして時間をつぶし、ネカフェに帰って、カップルシートで抱き合いながら眠る。この生活がどれくらい続くのか、これからどれくらい金がかかるのかまったく読めないから、できるだけお金をかけないことにしよう、と決めたのだ。由美は特許事務所の仕事を辞めた。昼間は何をしているのかわからないが、なんだか、怖くて聞けなく、昔、海に遊びに行って撮った写真がどこかに残ってないか、過去のSNSを漁ったりして、泣きながら笑いながら、日々を過ごしていた。

1週間たった時、僕の職場に電話がかかってきた。社長からだった。「どこにいる?」という一言を聞いて、僕は電話を即切りして早退し、次の日からは会社に行くのも辞めた。会社からは鬼電が来ていたが、無視をしていると、3日目からは連絡がなくなった。別に義理立てるような会社でもない。知らねー。

そして、居心地の良いネカフェが定宿のようになった。一つのところにいるのはよくないと思いつつ、いつも受付にいるリョーヘイが同い年と知ってから仲良くなり、いまはほぼこのネカフェに入り浸っている。ドリンクバーでジンジャーエールを注いでいると、リョーヘイが「あれ?今日は一人なの?」と声をかけてきて、少しカフェスペースで話しをした。
最近のこの近辺の客層の変化だとか、youtuberの話とか、そんな他愛もない話から、リョーヘイが切り出した。

「話したくなかったら、話さなくてもいいんだけど・・・大丈夫?家がないわけじゃないんでしょ?」
なんと答えたらいいのかわからず目を泳がせると、リョーヘイは言葉を続けた。
「時には逃げるのも大事だと思うけど、逃げ続けようとすると、モノゴトってあんまりいい方向にいかないんだよね」
僕は何も答えたくなく、答えられず、下を向いた。
「どういう状況かわかんないし、ウチの店はありがたいんだけど、ずっとこのままってわけにいかないでしょ」
当たり障りのない静かなピアノジャズのBGMが存在感を増し、僕とリョーヘイの間を流れていった。

「あ、社長!」
リョーヘイが急に明るい声を出し、僕は自分でもわかるくらい、まさに飛び上がって振り向いた。

-つづく-

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