【ショート・ショート】妙案
荻野は、難題を抱えていた。これで、三人目か。なぜか荻野の課には、問題のある社員が回されてくる。
「荻野君、またよろしく頼むよ」
人事部長に追従笑いしながら、私は心中穏やかではない。
荻野の課では、これ以上人を増やす予算はない。と言うことは、暗に辞めさせろと言っているようなものだ。
前の二人は勤務態度や素行が悪かったから、特に策を巡らせるまでもなく、時間は掛かったが、自ら問題を起こして辞めていった。
しかし今度はちょっと違う。仕事のやり過ぎで軽いノイローゼになった若い社員だそうだ。根がまじめなだけに、扱いがやっかいだ。
下手な手を打つと、労働組合が人権問題だ労働基準法違反だ何だと、兎角うるさい。
丸一日考えて、荻野はいい案を思いついた。
「はい、どうぞ」
田中が、ハンコを片手にキョロキョロしていると、突然目の前にスタンプ台が差し出された。驚いて顔を上げると、庶務係の大木が微笑んでいる。
「あっ、ありがとう」
親切な人だなと、田中は思った。
それから、大木は何かと世話を焼くようになった。
コーヒーカップを手に電気ポットに近づくと、お湯は未だぬるいですよ。
物を探していると、何、あっそれはここです。
書類で詰まっていると、それはこう書くんです。
田中が手を休めると、すかさず話かけてくる。
こっそり薬を飲もうとしてると、どこか悪いんですかと聞いてくる。いや、ちょっと、と田中は言葉を濁した。
毎日がこんな調子。
田中は、どこにいても彼女の目が光っているようで、落ち着かない。
本人には悪意がなく、親切のつもりだけに質が悪い。
彼女の話し掛けを無視しても、彼女は一向に気づく様子がない。
それどころか、最近益々度が過ぎてきたように思える。
目、目、目。
田中は、彼女の目が気になって仕事が手に着かない。
怖くて仕方がない。
田中の症状は、日に日に悪くなってきた。病院に通う頻度も多くなった。
ある日。田中は、通院のため早退しようとしていた。大木が席にいないのを確かめて、席を立とうとした。
「田中さん、金曜日はいつも早いんですね」
何処にいたのか大木が現れた。田中の顔が強張った。大木は気づく様子もなく、明るい声で畳みかけてくる。
「早く帰れていいですね。うらやましいな」
限界だった。放って置いてくれ、心が悲鳴をあげた。田中は逃げるように部屋を飛び出した。
次の日から、田中は出社して来なくなり、しばらくして辞表が郵送されてきた。
「課長が気にかけてくれっておっしゃったから、私、精一杯やったんですけど。すみません、力が足りなくて」
「いや、君は本当によくやってくれたよ。残念だけど田中君のことは仕方ないさ」
世の中には、本人にはそのつもりはなくても、その言動で他人の神経を逆撫でする人がいる。自分は善意のつもりでやっているから、ことさら始末に悪い。
一ヶ月か。案外早かったな。
荻野は、頬が緩まないよう努力しなければならなかった。
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