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メディアと精神衛生

 メンタルヘルス(精神衛生)の問題というのは伝え方が難しい。伝え方次第で受け止め方が変わって来るからだ。
 メディアとメンタルヘルスとの関係について焦点を当てたシンポジウムが2024年3月2日(土)、有楽町朝日ホール(東京都千代田区有楽町2-5-1有楽町マリオン11F)で開かれた。
 まずは主催者挨拶で公益財団法人日本精神衛生会の小島卓也理事長から同会の122年の歴史や現在の活動などが紹介された。
 続いて、厚生労働省障害福祉部の辺見聡部長の来賓挨拶が代読され、今年4月から改正障害福祉法が施行されることなどの説明があった。
 ここからは映像ジャーナリストの原義和さんによる特別講演となった。「「自己表現」で目指す精神障害のある人の生きづらさや社会的抑圧からの解放」とのテーマのもと、約1時間15分にわたって講演した。

映像ジャーナリストの原義和さん

 まず原監督は災害時に最も痛手を被るのは障害者だという話から始めた。13年前、3.11の後、原監督は4月あたまに福島県南相馬市に入ったという。メディアは原発事故による放射能汚染のため福島第一原発から30キロ圏内に入ることを躊躇していた。
 カメラ関係の組合がストップをかけていたが、原監督はフリーランスなので「即座に私が行きます」と声を上げて一人で現地に赴いた。
 「特に障害者が被害者になります。自宅にいて福祉的なつながりが薄いからです。災害弱者は避難をしたくても出来ない。障害がある人がいっぱい残っていた」と原監督は振り返った。
 原監督は2006年に精神科の取材を始めた。きっかけは友人の牧師さんが精神病院で働いていたことで、沖縄県の南風原にある精神科病院「嬉野が丘サマリヤ人病院」に見学に行ったのだ。
 「最初は小さな喜びをみんなが共有して笑いが絶えずいいなあと思いました。でも何かひっかかるもの、違和感があって取材を続けました」。
 「社会の中に居場所を見いだせない人たちで、あきらめ感があって、世の中から距離を置くという雰囲気を持つ人たちでした。自分(原監督)に近いものを感じたのです。とても人間的な・・・」。
 「彼ら彼女らは社会的差別や抑圧を背負っている。果たしてメディアは彼ら彼女らに光を当てているのだろうか」と自問したという。

沖縄の「私宅監置(したくかんち)」
 後日、原監督は「私宅監置(したくかんち)」の写真を見たのだいう。本土では1956年に禁止された精神障害者の自宅監禁は沖縄は米軍統治下だったということで1972年まで残ったのだ。
 「2016年にその写真と再び向かい合うことになりました」。それが映画「夜明け前のうた~消された沖縄の障害者」(2020年文化庁映画賞/文化記録映画優秀賞)に繋がっていった。
 隔離されていた障害者の写真にぼかしを入れるかどうか、またその障害者の親戚へのインタビューをめぐっては苦労した。
 ぼかしを入れるということは「社会から消してしまうこと。いないという状況を作ってしまうこと」だと思ったという。
 「親戚にインタビューしようとしたら断られました。映画公開の後、許さないという苦情を申し立てる家族がいたぐらい、家族の猛反発というのが多いんです」と原監督は話した。
 私宅監置の場所が一カ所沖縄に残っているという。中は3畳ぐらいで隅に排泄する場所が備えられている。近くに母屋あるが、そこも老朽化しているが、私宅監置場と母屋とセットで修理して保存して「この歴史を伝えていく拠点にしたい」との話もあった。

現存する私宅監置小屋

気づいた共通項は歴史修正主義
 この後、話は慰安婦問題に移って、原監督は「私宅監置も沖縄戦のことも慰安婦も取材して気づいた共通してくるのは歴史修正主義でした。国家としての歴史修正主義。日本という国においてそういうことがなかったということにすれば大得意なんですよ」。
 原監督は「集団自決」という言い方を例に挙げた。「これは軍用語なんですよ。自ら進んで天皇万歳っていって散ってゆくということなんです。しかし、実際は住民たちは逃げる場を失い、米軍に捕まってはいけないと日本軍が許さないので家族が家族に手をかけたんです」。
 「今は「強制集団死」という言葉が使われています」。
 「沖縄戦の被害が書き変えられているなか、慰安婦もそうです。私宅監置の傷をなかったことにする力学と同じです。傷が深かったから終わったとしようとする。でも終わったとすると責任がどこかにいってしまいます」。
 「社会、国家として行われたことへの責任がなくなってしまう。社会的検証をするということが欠落している。歴史は繋がっています。清算していないし、謝罪もしていない」。
 休憩は挟んで、「フォーラム メディアと私たち:伝える、受け取る」に移った。コーディネーターは西ヶ原病院の林直樹さんと毎日新聞社会部の山田奈緒記者の2人。

コーディネーターの2人


 シンポジストは4人
ー東京都立大学人文社会学部の勝又陽太郎准教授
ー木原育子・東京新聞編集局特別報道部記者
ーNPO法人ぷるすあるはの北野陽子代表
ー公益社団法人全国精神保健福祉会連合会の岡田久実子理事長。
 勝又准教授は自殺対策に関わる立場から発言した。
 学校の休み明けに子どもの自殺者が増えるという9.1問題について聞いた時「これはまずいなと最初思いました。子どもたちはそういうのを見たらみんな死んじゃうんだなと思ったりします。数が多いという情報を出すのはかなり難しくて、慎重にしないといけないのです」。
 「情報を見た人が同じ行動をとる「ウェルテル効果」というのがあるんです。情報を出す側は良かれと思ってやっている。それが問題で意識を高めないといけない。良かれと思って出す情報が、受け手のリスクをかえって高めてしまうというパラドックスです」。
「常に安全性を考慮する必要がある。ジレンマの中の発信」だという。

勝又陽太郎准教授


 勝又准教授は「言葉を紡ぐことの葛藤」に触れた。「故人や遺族に対するスティグマへの配慮が必要です。自殺といわずに自死というなどです」。
 「支援情報については工夫をして本当に必要な人にピンポイントで届けることが大切です。またWeb検索との連動も重要」との発言もあった。

虫の目と鳥の目
 木原記者の話のテーマは「新聞報道、取材記者の立場から」。
 なぜ報道をするのかということから始まった。細かくは健全な民主主義を守るとか知る権利に応えるとか社会制度の不備や課題を問うということだが、つまり「より良い社会に」ということだと話した。
 「事件報道をしていて福祉の問題が見えてくることが多い。社会の流れについてゆくのが大変難しい人が多い。障害者ではないか配慮が必要なことがある」と木原記者。
 木原記者は「彼ら彼女らに近づくことが必要だと思って」精神保健福祉士と社会福祉士の資格をとった。

木原育子記者


 木原記者によると、福祉の現場では「虫の目になって入り込む」そして記者として「鳥の目になって俯瞰して伝える」。
 記者とソーシャルワーカーの「壁」について木原記者は福祉の閉鎖性を上げて個人情報については「守秘義務」があると述べた。
 「見ようとしなければ見えない世界は確実にあります。伝える側も受け取る側も「知る」ことからすべてが始まるのです」。
 北野さんが代表を務めるNPO法人ぷるすあるははメンタルヘルス全般に関する情報発信と精神障がい、メンタルヘルスの課題を抱えた親、家族、その「子どもたち」の応援をしている団体だ。
 「絵本と情報サイトが2本柱です」。
 2012年に設立され、その3年後にNPO法人に。精神科看護師と医師を中心としたプロジェクトチームで、ちあきさんがすべてのイラストを担当している。ちあきさん自身親が精神的に不安定な中で育ってきた。


 北野さんは「ヤングケアラー」という言葉が生まれたプラスに言及した。「一つの言葉が広がって課題が可視化されました。あとはヤングケアラーという言葉から外れる子どもたちです」。
 体験談や当事者の声を発信することについては「いずれもしても人権への配慮が必要だ」と話した。

北野陽子代表

 岡田さんが理事長を務めている全国精神保健福祉会連合会は「みんなねっと」との名称でも知られ、精神障がいを抱える人の家族の団体だ。精神障がい者とその家族に対する相談、支援、調査研究、政策提言などを行っている。また岡田さんの娘も22歳で統合失調症を発症した。
 その家族の立場からの発言だった。
 一番思い浮かぶのはメディアの事件報道が差別や偏見を助長している面があるということだという。
 何か事件があると精神障がい者が疑われたり、精神障がいがあるから
事件を起こしたとか誤った認識が世間にはあるという。
 障害者の家族は「不安を抱えながら、社会からの圧力を感じながら生活を送っているのです」と岡田理事長。
 家族であってもいつも接している中で「恐怖心と嫌悪感」をいつの間にか抱いていることがあるし、身近な家族の精神疾患の発症で間近に体験する「理解できない症状や出来事」があるという。
 「こういう現状に対して、偏見を解消する有効な手立てが取られていない。そしてメディアの事件報道に不安と偏見を募らせていく」。

岡田久実子理事長


 みんなねっとは次のような提言をしたことがあるー「報道機関が事件の報道を行う際には、事件の内実と精神疾患および精神科通院歴との因果関係が判断できない段階で、そのことに触れる記事を掲載したり、ニュースとして取り上げることを避けることを求めます」。
 「メディア報道は少しずつ変化してきていると実感しています。このような傾向を歓迎しています」。
 精神疾患がある者を「医療機関につなげただけでは安心できません。家族の支援が必要だと言い続けています。医療機関に地域そして社会全体で見てゆくのです。家族にケアの負担が重くのしかかっている日本の現状を変えていかなければいけません」。


 


 
 

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