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錯覚の春夏冬 ♯2(ウサギノヴィッチ)

どうも、ウサギノヴィッチです。

今日は「錯覚の春夏冬」の第二回です。
第一回目はこちらです。

前回の夜の続きで朝食の二人の様子です。

さて、錯覚はそろそろ始まります。
物語とは関係ないしに。

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 朝ごはんを作るのはゆうだった。彼女の料理の腕前は人並みだった。ただ、それを彼女に言うことはなく、かと言って「すごく美味しい」と誇張して言うこともなく、褒めるときは褒めるがそれは直感的なものだった。今日はハムエッグとレタスとミニトマトときゅうりのサラダとトーストとコーンクリームスープなので、これと言ってコメントするところはない。二人は黙々と食べる。バックミュージックにテレビをつけている。ゆうは、食べていたトーストを両手持っていたが、居住まいを正してお皿の上に置き永井の方を真っ直ぐ見つめて言った。

「今朝、あたしの胸触ったでしょ?」

「ん? うん」

 永井は飲んでいたコーンクリームスープのカップで口元を隠しながら言った。すかさず、ゆうは言葉を切り替えしてきた。

「なんで触ったの?」

 彼女は若干前かがみになった。彼女の姿は寝ているときと同じほぼ下着姿で、永井は自然と視線は胸の方に行くが、付き合って三年も経つのですぐに慣れてしまい彼女の顔をじっと見れるようになった。その間に彼は言い訳を考えた。素直に自分の心に抱えているものが恐ろしかったと言っても良かったのだが、そんな弱い自分を見せたくはなかった。結局出した言葉が次の通りだった。

「なんか、触りたくなった」

 それを聞いた彼女は体を後ろに引いて息を飲んだ。

「えー、どうしたの急に?」

 子供のような言い訳に永井は怒られると覚悟したが、予想外の反応に彼はどう答えていいかわからなかったし、言いたくない本当のことを言わなければならないような気がしてしまった。

「特に理由はない……」

「久しぶりにムラムラしたの? いいわよ、今からでも相手になってあげる」

 ゆうは髪をなまめかしくかきあげて永井に近付こうとした。永井は「いやいやいやいや」と言いながら後退りした。

「なによ、つまんないの。でも、あたしはいつでも相手になってあげるから安心してね。まぁ、他の人とヤッたら殺すけどね」

「わかったよ」と呆れ顔で言った。もし、本当にそうしなければ自分は殺される、もしくは殺されることに準じる行為をされると永井は思った。

「話戻して悪いけど、本当に理由がないの?」

 ゆうは食事を完全に止めてしまった。永井はゆうのその姿を気にしながらも、自分のペースを崩すまいと食事をし続けた。ゆうは、夜のバイトをしていたし、永井とは半同棲の仲だった。彼女と永井の生活リズムは違うが、それでお互いの関係が破綻することはなかった。むしろ、尊重していた。それでもゆうのバイトを永井はよく思ってはいないときもあった。それでも、永井と一緒にいるときはこうして朝食を作ってくれているゆうには感謝している。永井はテレビの画面に映っている時計を確認した。七時三分。そろそろ着替えなければならない。食べ終わった食器を片付けた。

「きみに触りたくなったのは、衝動だと思う」

 水道の蛇口をひねって水を出して、洗い物の入ったボウルに水を入れる。その間に冷蔵庫から新しいミネラルウォーターを取り出して一杯飲んだ。

「衝動?」

「うん、なんか触りたかった。安心したかった。ただそれだけ。性的なものはほとんどない」

 ミネラルウォーターを飲んだコップも一緒に水につけて寝室に移動する。

「ふぅん」

 ゆうの顔は寂しそうな顔だった。

 それも当然の話だった。永井とゆうは約二年セックスをしていない。よくある倦怠期のセックスレスということで悩んでいるのではない。セックスができないのである。その原因は永井の方にあった。端的に言えば、彼はインポテンツだった。付き合った当初は行為はできていた。しかし、ある日突然できなくなった。そのことにたいして、永井とゆうはショックを受けた。当然、永井の方が大きかった。しかし、立ち直りが早かったのも彼だった。ゆうは依然としてそのショックから今も立ち直れないでいた。彼女は自分に魅力がないからだと自分を責めた。そんな彼女を見て優しい言葉をかけた。

「これは病気みたいなもので、一緒に治していこう。ゆうが必要なんだ」

 ゆうは救われた気がした。永井を信用していこうと思った。それをきっかけに彼女は自分磨きをするようになった。自分に足りない魅力があるに違いない。それは女性としての魅力、性的な魅力など彼女の考えられるものすべてを取り込もうとした。彼女は努力した。ネット上にあるアダルト動画を見て自分に欠けている色気を勉強した。友人に相談などをして、服を見てもらったり、話を聞いてもらうなりしていた。ただし、友人の中には男性もいた。ゆうはそれだけ友人が多いのだが、男友達に会うことに永井はいい思いをしていなかった。いつ、だれに会ったという報告はしないが、二人の会話の中で男友達の話が出てくると表面上は平静を装っていても内心は嫌な思いをしている。ましてや、ソイツと関係を持っていると邪推をする。それを確認したいと思ったことは何度もあるのだが、相手のプライベートに立ち入るような感じがして尋ねることができなかった。信頼はしているのだが、自分がインポテンツだということが欠点になって、相手に信頼されていないのではないだろうかという負のスパイラルに嵌まっていた。ゆうは永井の気持ちには気づかないで自分を一番色気のある女になることで頭がいっぱいだった。

「じゃあ、いってくるわ」

「はい、いってらっしゃい」

「鍵、よろしくね」

「わかってる」

「んじゃ」

 ゆうが手を振っていると扉がしまった。玄関に暗闇が訪れる。キッチンの換気扇の音がなっているのが聞こえる。

 ゆうは大きくため息をつく。

 ある考えが頭をもたげる。

『なぜ、彼はあたしの胸を触ったのか?』

 今まででそんなことをしたことがあっただろうか。いや、ない。本当にない。彼になにかあったのだろうか。胸がざわつく。ただ、もし、彼の言葉を額面通りに受け入れるなら、彼に性欲が戻ってきたということではないだろうか。ということは、彼のモノが勃起するのももうすぐなのではないだろうか。それはそれで楽しみになってきた。そんなことを思ったらはしたないと思われてしまうかもしれないが、二年もセックスをしてない人間からすると行為ができることはどれだけ嬉しいだろうか。洗い物をしている手もリズミカルに食器を磨いていた。

つづく


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