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#15 アイデアをかたちにする方法~岩佐十良『里山を創生する「デザイン的思考」』より~|学校づくりのスパイス

 今後の産業社会における競争力を考える中で、近年注目が集まっているのが、「アート」や「デザイン(思考)」です。今回はデザインの発想を戦略的に実現していく技法について、岩佐十良氏の『里山を創生する「デザイン的思考」』(KADOKAWA、2015年)から考えてみたいと思います。

試行錯誤ができない教育現場

 筆者は仕事柄、教育委員会や学校のさまざまな改革支援に関係することがあります。以前はコミュニティ・スクールや小中一貫教育、最近は学校再編や多忙化対応の事案が増えました。これらの改革課題はいずれも戦略を持って長期的に取り組めば成果は相応の見込めるものの、何かを導入したり、変えたりすればすぐに結果が出るという種の取り組みではありません。

 筆者は通り一遍の仕事は嫌いなので、「これではちょっと実質的な成果に結びつかないな」と感じたときには、自分なりのアイデアや提案を持っていくようにしています。学校や教育委員会も困っています。どこでも最初は「これは思いつきませんでした。おもしろいですね」と請け合ってくれます。しかしその後に「でも……」というフレーズが続くことがままあります。当然のことながら教職員の負担、法制度、予算、危機管理等々……学校を管理する側からすると、いろいろな懸念材料があるからです。

 もちろん、こちらも素人ではありません。先方が想定している大概の懸念は織り込み済みで、出てくる懸念の一つひとつに対応措置を示したり他地域の事例を紹介したりしながら、その気になればできることを示すことはできます。ところが、一度「でも……」という言葉が返ってきたところに対応策を出してみたところで、「ではやってみましょう!」となることはほとんどありません。また次の懸念が示されます。

 こうしたやりとりが繰り返されるうちに筆者の頭に去来するのは次のような思いです。「ああ、結局『できない』のではなくて『やりたくない』のだな……」。こうしたやりとりの末、たとえ現状路線では行き詰まることがわかっていても、代案も出ないまま、元のプランに落ち着いたということがこれまでに何度かありました。

 個々の事例について当事者のさまざまな事情が介在してくるのは当然です。けれども問題の根本は、リーダーの頭の中で「できない理由は何か」という思考回路ばかりが活性化されて「なんとかやってみよう」という発想が生まれない状態になってしまっている、というところにあります。この心理的環境下で生まれてくる実践は、最初から担当者の頭の中でシナリオ化されていたことだけです。そして日々仕事に追われ、前例踏襲が常態化している今日の教育現場のこと、担当者の頭の中にユニークなシナリオが描かれる余地は残されていません。

里山を創生


岩佐十良『里山を創生する「デザイン的思考」』KADOKAWA

多重人格のすすめ

 筆者の岩佐氏は雑誌『自遊人』の創刊者で、新潟県大沢山温泉にライフスタイル提案型の旅館「里山十帖」を開業した方です。「里山十帖」は、地元の銀行の「100パーセント失敗する」という予測を覆し、開業3ヵ月で客室稼働率90%超え、半年後には「グッドデザイン賞ベスト100」、さらに宿泊施設として初めて特別賞も受賞したそうです。岩佐氏が「デザイン的思考」と呼ぶ考え方には、上で述べた「シナリオの寡占状態」から脱却するヒントが隠れています。

 ビジョン構築というと、組織論の通例では客観的データに基づいて現状を分析し、可能な選択肢をあげたうえで最も有効な手立てを選択することがイメージされがちですが、氏はこうしたアプローチをとろうとしません。逆にこんなことを言っています。

 「もっとも重要なスタート地点は『データを見ないこと』だと思います。ありとあらゆる白書もマーケティングデータも見てはいけません」(99~100頁)。 

 では、直感を頼りに物事を判断するカリスマタイプの経営者かというとそうではありません。次のように岩佐氏なりに組織単位でアイデアを生み出し、実現していくための理にかなった方法論がこの本には記されています。

 「地域おこしを考えているなら、ひたすらほかの地域を訪れます。宿泊施設の開業を検討しているなら興味のある施設に泊まっています。そして重要なのは、その際に自分の興味と趣味に走らないこと。自分自身をどれだけ俯瞰しながら体験できるか、そこが重要なのです。できるなら自分自身のなかにいくつもの価値観を併存させて、多重人格的に体験するのです。どのようなタイプの人から『共感』を得られるのか、自分のなかで複数の検証を行うのです。データを見るのはその後です」(100頁)。 

 そして、こうした「現実社会とデータの反復検証」と呼ぶ作業を行った後で、今度はそれらをまた一つのイメージに統合する「共感の統合」という作業に入るそうです。

 「多くの人格を同時に脳内に走らせて『現実社会とデータの反復検証』を行ったあとは、膨大に膨れあがった脳内の情報を統合していきます。自分のなかに形成された複数の人物の中から、“必要とする”人物を抜き取り、それらの価値観を同時に走らせながら共通する価値、つまり“共感ポイント”を探っていくのです。……(中略)……いわば多重人格をひとつの価値観を持つ人間に戻す作業と言えばいいでしょうか」(104~105頁)。 

 本書には「憑依させる」という言葉がときどき出てきますが、想像のなかで自分以外の人になりきってみて、今度はそうした複数の経験を統合させていくのです。 

 先に述べたように、学校に限らず多くの組織リーダーは、物事が動いていくシナリオを描き、進むべき方向を他の人々に示す必要があります。だからプレッシャーを感じて判断が慎重になるのはいわば当然の帰結です。

 多くのリーダーは、この重圧から一般解を求め、結果的に「シナリオの寡占状態」に陥ってしまっているように思います。岩佐氏のアプローチは、別人格になりきることで、重圧から一時的に解放される時間・空間をつくり、組織的創造を生み出そうとするものです。空想は自由です。一度試してみてはいかがでしょうか?

【Tips】
▼筆者の岩佐氏がプロデュースした旅館「里山十帖」のHPはこちら。
http://www.satoyama-jujo.com/
気軽に一泊というわけにはいきませんが、いつか一度くらいは行ってみたいものです。

(本稿は2018年度より雑誌『教職研修』誌上で連載された、同名の連載記事を一部加筆修正したものです。)

【著者経歴】
武井敦史(たけい・あつし)
 静岡大学教職大学院教授。仕事では主に現職教員のリーダーシップ開発に取り組む。博士(教育学)。専門は教育経営学。日本学術研究会特別研究員、兵庫教育大学准教授、米国サンディエゴ大学、リッチモンド大学客員研究員等を経て現職。著書に『「ならず者」が学校を変える――場を活かした学校づくりのすすめ』(教育開発研究所、2017年)、『地場教育――此処から未来へ』(静岡新聞社、2021年)ほか多数。月刊『教職研修』では2013年度より連載を継続中。


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