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#3「話の長い教師」につける薬~髙田明『90秒にかけた男』より~|学校づくりのスパイス

 今回は『90秒にかけた男』(日本経済新聞出版、2017年)を手がかりに、教師なら誰もが日々直面している、人に何かを「伝える」という働きの秘訣について考えてみたいと思います。

 筆者は日本人であれば誰もが聞いたことのある、あの「ジャパネットたかた」の髙田明氏です。髙田氏についてはかつて顧客情報流出があった際の謝罪会見がすばらしいので、ときどき危機管理の授業などの折に活用させてもらっていたのですが、この本を読むとそうした表現力もけっして天賦(てんぷ)の才能などではなく、一つひとつの試行錯誤と努力の積み重ねから培われたものであることがうかがわれます。

「話の長い教師」の謎

 筆者が大学で教員とかかわる仕事をしていてずっと疑問に思ってきたことの一つが、多くの教員が「どうしてあんなに長い話をするのか」ということです。宴会のあいさつでも、児童・生徒を前にしたスピーチでも、大勢を前にするとやたらと長い話をしてしまう人が教員には多いというのが筆者の経験則です。そして悪いことに、ベテランになるほど、また役職が上がるほどにその傾向は強くなっていくような気がします。

 かくいう筆者も、自分自身をけっして話がうまい方だとは思っていません。言葉に詰まってしまうこともよくあるのですが、それでも大勢を相手にするときには、長いと感じさせる話だけはすることのないように気をつけています。

 というのも、長い話をしてもいいことは一つもないからです。たいていの人は大勢の人が集まるような場所では、長い話など聞きたいとは思っていません。また、話が長ければ長いほど、聞き手はその内容を覚えていられなくなり、伝えるべきことも伝わらなくなります。加えて「長いなあ」と感じるような話はだいたい内容も散漫なので、聞き手はますます耳を傾け続けるのが面倒くさくなっていきます。 

 教師の仕事の大部分は「伝える」ことにあるはずなのに・・・そして実際に授業はきちんとできるのに、テーマのあいまいな話となると、どうしてああなってしまうのか、そんな問題意識をもってこの本を読んでみました。

「伝える力」とは

 この本の主題は「伝える力」なのですが、「声を甲高く」「身振りは大きく」といった、いわゆるマニュアル的なテクニックは、それほど多くは出てきません。むしろ「しゃべりのプロ」がTV通販の実演をやっても必ずしもうまくいかないことや、笑いを取り入れてもうまくいかないことが紹介されています。 

 もっとも本書のなかでは「『間』の重要性」や「序破急(じょはきゅう)」「『ムダ』や『遊び』の意味」といった、ノウハウについても語られてはいます。しかし、こうしたプレゼン技術の本の常套句についての解説でも髙田氏の言葉に説得力があると思うのは、常に「聞き手」の視点に立った「話し手」のあり方という観点から技術の必要性が述べられていることにあります。たとえば「『間』の重要性」については次のような説明がされています。「私は番組で『2万9800円!』とか、いつも声を張り上げているわけではないのです。『2万9800円ですよ』と言って、3秒、間を置いてから次の展開に移る。(中略)その間の間に『おっ、次何が来るのかな?』と視聴者はとっさに考える。その間は長くてもいけないし、短くてもいけない」(78頁)。

 筆者はまさに「『2万9800円!』とか、いつも声を張り上げている」イメージで高田氏を見ていたので、これを読んでホントに申し訳なかったと反省しました(笑)。

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髙田 明『90秒にかけた男』日本経済新聞出版

コミュニケーションと潜在的メッセージ

 「伝える」という働きは「聞き手」と「話し手」がいて、メッセージの中身があってはじめて成立するものですが、実はこのメッセージの意味は、コミュニケーションの行われる場によって決まってくる側面があります。この本には次のような一節が出てきます。

 「モノの価値というのは、真剣になればなるほど出てくるもの。家電などの多量生産品でも研究開発などで表からは見えないもの(情熱)が入っている。人を感動させる、そういう一瞬が感じ取れるときがある。私はそういうものこそ伝えたいと願っています」(41頁)。 

 「商品の背後にある価値」を発掘して、それを限られた時間のなかでテレビの前の視聴者の心にどのように訴えるか、という課題に本気で取り組んだのでなければ、このようなことはなかなか言えるものではないと思います。きっと髙田氏は「商品」を通信販売で売るという行為の背後に、それ以上のものを見ていたのでしょう。髙田氏が自らを「私は商品を紹介するために生きた人間です」(98頁)というのも頷けます。

話の長い教師につける薬

 さて、髙田氏の技には遠く及びませんが、筆者が話を組み立てるときにいつも行っている工夫があります。それは「翌日の朝起きたときにも覚えておいてほしいこと」をあらかじめ決めておいて、そこを目指して話を組み立てることです。もう少し具体的に言うと、10分以内なら一つ、1時間以上の研修でも箇条書きで数点くらいです。なぜなら、筆者自身が講演会などで人の話を聞いたときに翌日覚えていられる要点が、恥ずかしながらそのくらいだからです。 

 きっと話の長い人というのは、「何を伝えるか」を頭において話を組み立てるのではなく、自分の頭に去来する思いをそのまま口にしているのではないでしょうか。日常会話ならそれでかまわないのでしょうが、多くの人が共有する「公共の時間」でそれをするのはエチケット違反というものです。

 目的をもって話をすると、短時間でも相当のことが伝えられます。時には研修や講演が筆者に与えられた時間よりも早く終わることもあります。そんなときは、時間を引き延ばさずに次のように提案するようにしています。

 「皆さんが真剣に聞いてくれたおかげで、今日話すべきことはすべて話し終えることができました。少し時間が残っていますが、早めに終わってもいいですか?」  

 幸いにしてこの提案だけは、筆者の人生ではこれまで首を横に振られたことがありません。

(本稿は2018年度より雑誌『教職研修』誌上で連載された、同名の連載記事を一部加筆修正したものです。)

【著者経歴】
武井敦史(たけい・あつし)
 静岡大学教職大学院教授。仕事では主に現職教員のリーダーシップ開発に取り組む。博士(教育学)。専門は教育経営学。日本学術研究会特別研究員、兵庫教育大学准教授、米国サンディエゴ大学、リッチモンド大学客員研究員等を経て現職。著書に『「ならず者」が学校を変える――場を活かした学校づくりのすすめ』(教育開発研究所、2017年)ほか多数。近刊に『地場教育』(静岡新聞社、2021年7月刊行予定)。月刊『教職研修』では2013年度より連載を継続中。


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