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眠れぬ夜に



〈眠れぬ夜〉


どのくらいの時が経ったのだろう。

ごろんと転がって、頭上のスマホに手を伸ばす。

明るくなった液晶に映し出された時間は-ー。

午前一時五十三分。

…………まだ五分しか経ってない。

その事実に大きなため息が漏れた。


眠れない。

時計の針の音が気になる。

チッ、チッ、チッ、チッ。

規則正しく、狂うことのないリズム。

こんな小さな音なのに。

昼間だったら絶対気にしないのに。

常に同じ間隔で時を刻む音がやけに耳に残る。


カーテンを閉めた部屋の中は薄暗い闇で満たされている。

今夜は月が明るいのか、闇の暗さに目が慣れると、家具や伸ばした自分の腕などの輪郭がわかる。

自分の腕--。

昔は程よく筋肉のついた、しなやかなラインを描いていたのに。

今、目に映っているのは--。

脂肪のついたぶよぶよの肉の塊。

焼いて食べたら美味しそうだ。

月日の流れとは何と無情なことか。

やっぱり運動しないとダメかな。

また昔みたいにテニスやるか……。

それともダイエットが先、か……?

ダイエットする時間なんて。
今の自分にあるだろうか……。

そういえば。
昔、通販で買ったビリーズブートキャンプがあったな……。

それをやる為には。
残業を一時間減らして。

その為には業務をスピードアップしてこなせば……。

いやいや……それが出来るなら残業なんて最初からやらなくて済むわけで。

じゃあ、休みの日にやる、か……?

そもそも、週イチの運動で効果はあるのだろうか……。

休みの日くらい、ゆっくり寝たい、よなぁ……。


いやいやいやいや。

そう。

『寝たい』のだ。

なのに。

こんなどうでもいいことをいつまでも考えているんだ、俺は。

腕を伸ばし、頭上にあったスマホを掴んで電源ボタンを押し、目の前にかざす。

明るくなった液晶から映し出されたのは--。

--午前一時五十七分。

あんなに色々考えていたのに!
まだ四分しか経っていない。


「……………………」

もう何も考えまい。

スマホの電源を落とし、目を瞑り、思考を閉じた。

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☆☆☆


目を瞑る。

眠ろうとする。

何も考えない。考えない。考えない。

けれども。

神経が研ぎ澄まされて。

他の五感が冴え渡る。


暑い。

汗がこめかみから首を伝ってうなじへと垂れる。

額と喉回りで汗がじっとり、べたつく。

二、三時間前に風呂に入ったばかりだというのに。

汗でシャツが貼り付いて気持ち悪い。

喉が渇く。

喉の奥が貼り付く感じ。

起き上がってキッチンで水を飲むべきか。

いや。

身体がだるい。

起き上がるほどの余力はなく。

もうすぐ……眠りに落ちる、かも……。


☆☆☆☆☆


〈水の音〉



ジャー。


水の流れる心地よい音。ステンレスを叩きつけつける低い音はまるで打楽器のように音を重ねて、和音を奏でる。

レバーを上げて、下げる。

それだけで。
水が出て、止まる。

蛇口を捻っていた頃と比べると、随分と簡単な作業になったものだ。

蛇口を閉めた時のキュッという音も、感覚もない。

結局、喉の渇きが治まらず、重い身体を無理矢理起こしてキッチンに立った。


ジャー。


再びレバーを押し上げ、水を出す。

コポコポコポと音を立てて、コップに収まった。

ぐいっと飲み干すも、喉の渇きが癒えず、更にレバーを押し上げる。

ジャー。
ジャー。
ジャー。


それは。
水の音、ではなかった。


☆☆☆


ジャー。
バリバリバリ。


オフィスにいた。


目の前で。
紙がシュレッダーに吸い込まれていく。


バリバリバリ。


--なんだ。シュレッダーの音だったのか。

夕べ上手く眠れなかったせいで、頭の中が霞みがかったかのようにぼんやりとしている。

おかげで文章のミスに気付かないままプリントアウトしてしまい、大量の無駄紙が出てしまった。


ジャー。
バリバリバリ。
ジャー。
バリバリバリ。


会社の経費とはいえ、紙が勿体ない。

裏紙を使おうにも個人情報満載で、情報漏洩を考えるととても使えたものではない。


ジャー。
バリバリバリ。
ジャー。
バリバリバリ。
ジャー。
バリバリバリ。


大量の紙が。
次から次へと吸い込まれていく。


ジャー。
バリバリバリ。
バリバリバリ。
バリバリバリ。


ぐいっ。


シュレッダーに入れていた紙が何かに引っ張っられたような感じがした。

--紙が詰まった、かな。

そう思って手元を見ると。

ヤギがいた。


〈Goats to eat the darkness〉


「………………!?」


ヤギが俺の手から、紙を奪うように引っ張り食べている。


バリバリボリボリ。
バリバリボリボリ。


シュレッダーではなく。

ヤギが。


バリバリボリボリ。
バリバリ
ボリボリ。


ひたすら紙を食べている。


--どういうことだ?


辺りを見回す。


すると。

ヤギが。

あちらからも。
こちらからも。
顔を出し。

四頭のヤギが。

世界を四隅から。

まるで二次元の世界にいるかのように。

一枚の大きな絵画となって暗闇に覆われた世界を。


バリバリボリボリ。
バリバリボリボリ。
バリバリボリボリ。
バリバリボリボリ。


中心に向かって。

食べ進む。

バリバリボリボリ。
バリバリボリボリ。
バリバリボリボリ。
バリバリボリボリ。

中心--?

いや。

『俺』に向かって、だ。


バリバリボリボリ。
バリバリボリボリ。
バリバリボリボリ。
バリバリボリボリ。


そこに広がるのは。


バリバリボリボリ。
バリバリボリボリ。
バリバリボリボリ。
バリバリボリボリ。

『駄』が食べられ。

バリバリボリボリ。
バリバリボリボリ。
バリバリボリボリ。
バリバリボリボリ。

『無』のみ。


☆☆☆☆



「うわあぁぁぁぁっ」


目が覚めた。

--夢、か……。

辺りはすっかり明るくなっている。

眠れないと思っていたが。
いつの間にか眠っていたようだ。

昔から『夢を食べる』動物は『獏』と言われているが。

--ヤギが闇を食べたのか?

『悪夢』はどうやら『ヤギ』が食べた、らしい。

それとも食べたのは『無駄』、か……。

大量の無駄紙。
考えるだけ無駄な……不毛な世界。

それとも--。
無駄な抵抗をせずに『眠り』を受け入れろというメッセージ?

頭の中でほんやりと考えながら上体を起こし、スマホの電源を入れる。

液晶に映し出されたのは-ー。


--午前七時二十八分。

「…………嘘だろ、おい」

八時には家を出ないと遅刻する。

残りあと三十二分。

一気に現実に引き戻される。

もはや『ヤギ』を気にしている場合ではなかった。


ベッドから慌てて跳び降り、洗面台へ向かう。


-ーそしてまた、いつもの朝が始まる。


☆☆☆☆☆

「眠れぬ夜に」

2018/08/08 エブリスタ 妄想コンテスト「真夜中」応募作品。

加筆修正して掲載いたしました。

※2018年よりエブリスタにて松浦祈流として、執筆しております。

ジャンルとしては、ヒューマンドラマ、ホラー、恋愛、エッセイなど。現在、社労士試験勉強の為、ほぼ休載しておりますが、気になる方はご覧ください(^-^)/

https://estar.jp/users/153851468

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