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俵万智『あなたと読む恋の歌百首』文春文庫,2005年

この前、友人と話していたら「意中の女性に振られた」という。
そして別れの時に、この『あなたと読む恋の歌百首』をプレゼントされたという。

なんだそれ。

「あなたと仲良く肩を並べて、この本を読む未来もあり得た」という意味なのか、「これでも読んで少しは女心を勉強しろ」という意味なのか。

いずれにしても、なんて感受性豊かで、ウィットに富んだ女性なのか。
そんな女性と「ふる/ふられた」の当落線上を漂った友人を少し羨ましいと思った。


そんなわけで私的ヒットソングを並べる。
個人の歌集ではないので、一首で状況がある程度分かる歌を基本的に選んでいる。

指からめあふとき風の谿(たに)は見ゆ ひざのちからを抜いてごらんよ
(大辻隆弘)

行為の時に「ひざのちからを抜いてごらんよ」とは言ったことないが、気分はこんな感じである。

われらかつて魚(うお)なりし頃かたらひし藻の蔭に似るゆふぐれ来たる
(水原紫苑)

「われらかつて魚なりし頃」というトンデモな仮定を、さらっと出す。
その時語らっていた藻の蔭に似た夕暮れとは、どんな夕暮れだろうか。
いずれにしても、この夕暮れで2人は「魚なりし頃」に引き戻される。

やがて死が堰き隔てむに忘失の刻あり人は生きて別るる
(稲葉京子)

ハッとさせられる歌。
恋愛に限らず、人との別れは、その人が死んだ時よりも前、その人を忘れた時に既に訪れている。

月に立つ君のそびらのひとつほくろ告げざれば永久にわれのみのもの
(青井史)

「そびら」とは背中のこと。
男なら「あいつのあそこにホクロがあるのは俺だけが知っている」と優越感に浸ったことがあるだろう。あるに違いない。私はある。
この歌は、本人すら知らないホクロでそれを感じている。さらに上級者である。

新妻の笑顔に送られ出でくれば
中より鍵を掛ける音する
(久松洋一)

これはいったいどんな感情なのか言い表せない。でも分かる。
かぐや姫『神田川』の「ただ貴方のやさしさが怖かった」の気配もある。

樹の葉噛む牝鹿のごとく背を伸ばしあなたの耳にことば吹きたり
(早川志織)

おっっしゃれーーー!!!(最大級の賛辞)

花水木の道があれより長くても短くても愛を告げられなかった
(吉川宏志)

こういう偶然が起こったか起こらなかったかで、男女の仲は大きく方向を違えたりする。

バルコンに二人なりにきおのづから会話は或るものを警戒しつつ
(近藤芳美)

「或るもの」というのがいいですね。なんでしょうね。

処女(をとめ)にて身に深く持つ浄(きよ)き卵(らん)秋の日吾の心熱くす
(富小路禎子)

生々しいが下品ではない。
こうした自分の内なる生命力、「卵」に突き動かされている感覚をリアルに持つ女性というのは多いのですか。

タッチアップなど分かっているのか神宮で原を観ている君のまばたき
(黒岩剛仁)

超分かるーソング。
女性とスポーツ観戦に行くと、その女性がいまいちルールを分かっていないことに妙な愛おしさを感じる。

君がふと冷たくないかと取りてより絡ませやすき指と指なり
(角倉羊子)

あるあるソングではないでしょうか。
「手と手」ではなく「指と指」。このクローズショットが官能的。

私をジャムにしたならどのような香りが立つかブラウスを脱ぐ
(河野小百合)

人間ってジャムになれる瞬間ありますよね。

洋服の裏側はどんな宇宙かと脱ぎ捨てられた背広に触れる
(永井陽子)

男性が女性に宇宙を感じることはあまりないと思いますが、女性が男性に感じることはあるのですか。

ギリシャ悲劇観てゐる君の横がほに舞台の淡きひかり来てをり
(高野公彦)

2人並んで映画を観る時、上映が始まる前に少し無理してでも話しかける。
前を向いていては気がつかない、お互いの近さを感じることができる。

チェロを抱くように抱かせてなるものかこの風琴はおのずから鳴る
(大田美和)

片一方だけ受け身ということがなく、主体性と主体性をぶつけ合いたいものです。何事においても。

男ではなくて大人の返事する君にチョコレート革命起こす
(俵万智)

男と大人を使い分ける。その二枚舌を見抜かれた男性は、かなりの劣勢に立たされます。

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