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余白で ことばを つくるひと

-美しい店には、美しい店主が必要だ-

そんな旨のことを、この記事で書いたのだけれども、

今回、またもとても素敵な店主に出会ってしまった。安心した。そんなおはなし。


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そこはとある本屋で、ここしばらく、ずっと行ってみたいと思っていた。

細い路地の奥の奥。店主によって選ばれた本だけが、丁寧に並べられている本屋だという。


店主が発信するSNSを見て、言葉の使いかたや文字の置きかたが、とっても素敵なひとだなと思っていたのだけど、

行ってみようと決心したのは、ある日引用されてた一文。


-雨はいちんち眼鏡をかけて-


なんということ。この人、尾形亀之助の詩を引用しているわ。

そう思って矢も盾もたまらず、予定を組んで出かけたのだった。



コンクリートと花のある、小さな店はとても素敵で、

わたしの好きな「プラテーロとわたし」という詩集が本棚の目立つところに置いてあるのにも感動し、

体感温度を数度は涼しくしてくれそうな音楽もたいそう心地が良かったのだけれど、


いちばん印象的だったのは、店主の話し方だった。



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彼は、わたしが文字で見ていた、そのままの話し方をした。

優しい声で、ゆっくり、ゆっくりと。ねむい音楽みたいにしゃべる。


彼は文字で発信するとき、余白に . をうつ。

そして目の前で話すそのひとの言葉と言葉のあいまには、たしかに . が存在するのだった。しかもふたつくらい。

十分すぎる、柔らかな空白。


そして彼のひらがなと漢字の割合が、わたしはとても好きだったのだけど、

同じく目の前で話す彼のことばもやっぱり、ひらがな多め、でしゃぼん玉みたいに浮かんでいくのだった。


書きことばと話しことばの間に寸分の差もないそのひとを見て、

わたしはやっぱり、このひとに会いに来て良かったと心から思った。



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わたしたちはたぶんいつも、彼のペースよりずっとずっと急かされた速度で会話している。

だから、彼の余白に何か書き込みたくなる人もいるだろう。


でもそこを少しだけ、その世界に浸って、

ゆっくり、ゆっくりと彼の言葉に耳を澄まして

ゆっくり、ゆっくりと返事をしてみれば

いつの間にかとても心地よくて、

余白に投げられた言葉にならないものを、たしかにたくさん受け取っている。



こういうひとがいてくれて、良かった。

そう思って、わたしはひとつ、詩集を買って店を後にしたのだった。


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文字のけたたましい世の中だ。

どこかで教わった書き方や、必要のない強い言い回しも溢れてる。

ひとと文字がどんどん、乖離していくように感じることも、ときにある。


そんな中で、その店主のことばは誰のものでもなく、その彼のもので、

ことばの間に浮かんだ空白さえも、彼のことばのひとつで。


そういうひとは、圧倒的に信頼できるなって思ったのだ。


ことばでないところにも、ことばを語れ。

自分にも強く、そう思った。



店主はお店の宣伝とかには、あまり興味がなさそうだったので、

今回はどのお店か紹介するのは控えるけれど、

素敵な余白を語るひとが営む、素敵でふしぎな本屋さんが、

この世界には、あるのです。













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