見出し画像

忌み嫌っていたおっさんに自分がなるということ

今週末、3年半ぶりにとあるアーティストのライブに行った。最後は2019年12月14日。あの頃は新型ウィルス感染症で世界が変わるとは夢にも思っていなかった。そしてまた世界は開けた。本当に感慨深い。感慨深いとはこういうときに使うのだなと改めて思った。

ふとこの3年強に思いを馳せると、自分自身のことではあるが、この間にも確実に歳を重ねて、社会的な立場も変わってきてしまった。心は若いつもりでも、白髪が目立ち始め、健康診断の結果も芳しくなくなり、後輩と写真を撮ると、自分だけ外見がちょっと違う気がする。肌のハリ? 髪の毛の量? いわゆるおっさんになった。感慨深くない。

コロナ後の世界が開けて、人との交わりが増える中で、自分はもう若手ではないことを実感する。このおっさんというか、中年は、実は思春期に次いで心の変化が大きい時期なのではないか、と思っている。身近な人でも、40代、50代になりメンタルダウンで休職される方を見て、なおさら実感してきたところ。人によっていろいろ要因はあると思うが、いざ自分はと鏡に映すと、心のどこかで「あの頃の40歳(例えば新入社員だったころの上司とか)と俺は違う。俺は若い。」という気持ちが常にあり、外からの見られ方、自分の外見の変化とギャップが生じ始めて、違和感をひしひしと感じてきた。多分数年前にはこういう感覚はなかったと思う。

コロナ禍で良かったことの1つに、本をたくさん読んだことがある。数ある本の中で、特に印象に残っているのが若林正恭著『ナナメの夕暮れ』である。あの「オードリー」の若林氏のエッセイ。今日の本題は「おっさん」だが、この『ナナメの夕暮れ』なくしては語れない。この本のおかげで、おっさんになる心の準備が整ったのだ。

若林正恭『ナナメの夕暮れ』文春文庫

『ナナメの夕暮れ』は、この中年期に差し掛かる心情の変化を見事に描き出している。

 ついにゴルフを始めてしまった。
 ついに、と書いたのは若い頃ゴルフに興じるおっさんなどクソだと決めつけていたからだ。森林を伐採しゴルフ場を造り「自然の空気は美味しい」などとのたまう厚顔無恥な奴らだと。

若林正恭『ナナメの夕暮れ』文春文庫、P.20

この短い一節が、若い人から見た「おっさん」像をとてもわかりやすく表現している。そして彼はこのあとゴルフにはまり、もっと早くに始めておけば良かったとまで言うのである。夕暮れになぞらえ、心の変化のグラデーションが面白おかしく描かれている。そして、特に秀逸なのが、

 若者は社会のゲストで、おっさんはホストだ。昔のぼくは、お客様だから人見知りなんてしてられる余裕があったのだ。
 (中略)若い子には批判精神は似合う。「それを言っちゃあおしまいよ」というのはおっさんの役目だ。若者は批判さえすればイデオロギーを持っているように見せられる時期がある。だが、おっさんは批判した場合すぐに代案を求められる。ホスト側の責任があるから。壊して終わりじゃない。批判は割と簡単だ。だって完璧なものってこの世にはないから。批判は一瞬で、創造は一日にしてならない。

若林正恭『ナナメの夕暮れ』文春文庫、P.107-109

おっさんの役割を端的に述べている。僕はここを読んで、ぱあっと自分の心の中のモヤモヤが晴れた。同時に「おっさん」としての自分の役割を全うしようという覚悟が決まった。

自分がホストして行動をしていくことはいろいろ困難が伴うと思う。ある意味「もうお客様ではない」「自分が主役ではない」ということを腹落ちさせて、社会の裏方、社会の潤滑油としての発言や行動を実践していくことが求められる。

例えばシェフであれば、もう自分一人でミシュラン三つ星を目指すのではなく、チームで目指す、もしくは三つ星を取れるようなシェフをたくさん育てる役割に回る。

卑近な例では、飲み会で自分が話題の主役じゃなくてもイライラしない。周りの人が楽しかったと思えるように、聞き役に徹する。振られたら、面白い話をする。背中を押してあげる。自慢話と昔話はしない。

40歳くらいの人が会社やら上司やらに対しての愚痴ばかり言っていると、周りから諭されるというのもそういうことだと思う。もうお前は文句を言っている立場ではなく、嫌なことは自分で変えろと。

外見に対する意識も変わり始めた。まず細身の服装をやめた。スーツもゆとりをもったものを選ぶようになった。様々な色の服を着るようになった。そうすると、白髪やハリのなくなった肌にもちゃんと服が合うようになってきた。服で自己主張するのではなく、TPOに合わせて、相手に良い印象を与えることを大事にするようになった。ゲストではないので、もう服で褒められることもあまりない。いつまでも昔好きだったブランドにこだわらない。ホストらしい格好を意識する。だけど不思議と服の選択肢が広がったような気がするのも面白い。

ホストであるがゆえに、ゲストが楽しいと思ってもらえる場を用意する責任がある。その観点に立つと、やることがいっぱいあるなぁと力が漲ってくるのである。世の中のおっさんが元気な理由の1つかもしれしない。

いつも読んでいただいて大変ありがとうございます。