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人生はチューブのように

「ちょうどさっき、別の部屋で出産が終わって。先生もうすぐ来れると思うんだけど。」
私の出産の準備は完了し、あとは医師を待つのみとなった。麻酔のお陰で痛くはないけれど、中からの圧力がすごいので、とにかく早く産みたかった。

程なくして部屋をノックする音が聞こえ、検診の時からお世話になっているリン先生が颯爽と入ってきた。直前まで別のお産を担当していたとは思えないほど爽やかだった。
「始めましょう。」
そしてすぐに準備をして分娩台の前の椅子に腰かけた。
横たわる私の左にはジェンさんが、右にはAさんが立っていた。もう一人の助産師は医師の近くに立っていたように思う。
子宮が収縮するタイミングにあわせて「いきんで!」と合図が出された。
「よし、お腹に力を込めよう」と顔を上げて自分の臍の方を見ようとした。すると臍より先にAさんが私の胃のあたりに前腕をピッタリと置いているのが見えた。
「ん?なんで?」と思ったその矢先、Aさんは私の子宮収縮に合わせてその前腕を下腹部の方へスライドしていく。ものすごい力で。

ぐえええええー!!!(心の叫び)

ど、どうやら、そろそろなくなる歯磨き粉チューブのように、私の中身をおしだそうということらしい。こんなの聞いてないよ。
正直、この日イチバンの痛さで、いきむどころではなかった。
子宮収縮が終わるとAさんの腕が離れてほっとした。
ただホッとするのもつかの間、次の収縮タイミングはすぐにやってくる。またも歯磨き粉チューブ状態になった。泣きそうだった。

ただこのAさんのゴッドハンドのお陰で分娩はめちゃくちゃ早く終わった。
「頭が出てきた。」
リン先生のいつも通りの落ち着いた声が聞こえた。
「頭出てきたって。もういきまないでいいですよ。」  
 「えっ、もう!?」
あまりの展開の早さに耳を疑った。
そして次の収縮タイミングでするっと産まれた。女の子。

「おつかれさまです。おめでとうございます。」
ジェンさんが私に声をかけてくれたが、私としては、あまりの展開の速さに脳がついていけていない感じがした。だって、ほとんどAさんによる押し出し(×2回)であっという間に勝負がついたんだもの…。
娘はせっせと口の中の羊水を出されたり、体を拭かれたり、計測されたりしていた。そして可愛らしい動物の描かれたガーゼタオルに包まれて、私のところへ連れてこられた。小さくてふわふわとしていた。顔は息子にそっくりだった。
リン先生もジェンさんも、娘が取り上げられた瞬間「おおきい!」と驚いていたが、私にはとってもとっても小さく感じた。息子を見慣れているからだろう。
ふわふわとした産毛、しわくちゃの肌、細い指とその先にあるちょこんとした爪。全部可愛らしかった。私を求めるようにぴったりとくっついてくる様子もまた、たまらなく可愛らしかった。

「今日の午後生まれた人は、とってもいい人生なんですって!」
ジェンさんが教えてくれた。
「え、そうなんですか?」
「はい!さっき、占いを調べました!」
ジェンさんは得意顔だ。台湾の人は占いが好きだし、スマホも好きだ。きっと待機時間中にネットで調べてくれたんだろう。
(日本人からすると信じられないかもしれないが、台湾では勤務時間中でもプライベートのスマホをいじるのは普通のことである。)
何占いの結果なのかはわからないが、産後すぐに運勢を教えてくれるのも台湾ならではかもしれない。こうして娘の「とってもいい人生」が始まったのだ。

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