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『Rain』鈴木竜 × 大巻伸嗣 × evala、米沢唯主演のダンス(新国立劇場)

サマセット・モームの短編小説『雨』を原作とし、「舞踊・美術・音楽の三位一体」をうたうダンス公演。2021年夏頃からリサーチを開始して小説を読み込み、ディスカッションを経て制作を進めたという。

原作小説は1921年にイギリスで発表された。感染症まん延のため南の島で足止めされた医師夫妻と牧師夫妻、そして売春をする女性らを巡る物語。牧師は毎晩、売春をやめるよう諭しに女性の部屋を訪れるがーー。

ダンス作品は、筋を追うよりも、雨が降りしきる蒸し暑い島の空気感の中で人々がどのような関係を結ぶかを緊張感の下で描く。

冒頭、黒い衣装に包まれたダンサーたちが現れた瞬間から、ずっと緊張感が続く。一人だけ白い衣装を身に着けた米沢唯さんが現れた際は、そのいかにも売春婦らしい衣装に不安がよぎったが杞憂に終わった。

黒い衣装から肌色の衣装になったダンサーたちの身体がうねる。売春婦と牧師は誘惑し誘惑される。高い官能性、しかし嫌らしくはない。欲望と快楽、嫉妬、苦悩が交錯する(愛もあるのか?)。

売春婦と牧師だけでなく、牧師と妻、牧師と医師、売春婦と医師などの関係もあぶり出されるかのようだ。

直接的過ぎないが十分にセクシーな性的表現や、手をつなぐという当たり前とも思える動きで人々の関わりを表現しながら斬新に見えるなど、振付がよく工夫されている。期待を持たせるオープニング、高まっていく緊張感など、構成も見事と言える。

大巻伸嗣さんの舞台美術は、2012年に発表された『Liminal Air - Black Weight』を原案としているそうだ。たくさんの黒いひもがつり下がり直方体を形成する大きな物体が舞台中央に天井からつるされ、場面によって上げ下げされる。その物体の中からダンサーの身体の一部が突き出たり、そこからダンサーが出入りすることで、衝撃や恐怖を演出する。

evalaさんによる書き下ろしの音楽は、湿っぽい雨と人間関係などをスタイリッシュに提示する。大きな目立つ音も、控えめに流れる音も効果的で、無音のシーンではダンサーたちが動く音と呼吸が響き渡る。「どこで音を鳴らすか」とともに、「どこで音を止ませるか」という点も計算し尽くされている。

売春婦の米沢唯さん、牧師の中川賢さん、牧師の妻と思われる木ノ内乃々さん、医師と思われる戸田祈さんをはじめ、どのダンサーも作品が表現したいことをよく咀嚼し、緊張感と一体感を持って集中して踊っていた。

米沢唯さんはクラシックバレエの舞台で見たことがあるが、バレエを見るときは遠い席に座る(安い席は舞台から遠い)のに対して、今回は小劇場のため間近で見られて、細い身体についた強靭な筋肉に驚嘆した。脚を高く上げたときの安定感などダンスのテクニックも素晴らしいが、誘うような表情や仕草、一瞬見せる切なそうな顔など、はつらつとした妖艶さも魅力的だ。牧師の中川賢さんと息の合った踊りを展開し、カーテンコールでは2人はねぎらい合うようにほほ笑みを交わしたり抱擁したりし、良好なパートナーシップを感じさせた。

ダンス作品には優れたダンサーももちろん必要だが、ダンサーが優れていても、振付と演出が群を抜いていなければ素晴らしい舞台にはならない。さらに、美術、音楽、照明なども一流であって初めて、輝く作品となる。テーマや表現したいことがよく追及されているかも重要だ。『Rain』はそのすべてを兼ね備えている作品だと思う。丁寧な制作過程を経ることができたのも、よい作品になった大きな要因の一つなのかもしれない。

日本でこのような作品が作られる機会がもっと増えるとよい。そのためには、優れた作り手と、その創作を支える環境づくりができるプロデューサーやスタッフが必要なのだろう。

カーテンコールと終演後の舞台は撮影可だった。

作品情報

日時:2023年
8月4日(金) 19:00開演
8月5日(土) 12:00開演 / 18:00開演
8月6日(日) 12:00開演 / 16:00開演

会場:新国立劇場 小劇場

愛知県芸術劇場×DaBYダンスプロジェクト
鈴木竜 × 大巻伸嗣 × evala

原作:サマセット・モームによる短編小説『雨』

愛知公演:8月18日(金)18:30、幸田町民会館さくらホール
福岡公演:8月27日(日)14:00、J:COM 北九州芸術劇場 中劇場

演出・振付:鈴木竜 (Dance Base Yokohama)
美術:大巻伸嗣
音楽:evala

出演:
米沢唯(新国立劇場バレエ団)
中川賢
木ノ内乃々(DaBYレジデンスダンサー)
Geoffroy Poplawski
土本花(DaBYレジデンスダンサー)
戸田祈(DaBYレジデンスダンサー)
畠中真濃(DaBYレジデンスダンサー)
山田怜央

プロデュース:唐津絵理(愛知県芸術劇場/Dance Base Yokohama)、勝見博光(Dance Base Yokohama)
プロダクションマネージャー:世古口善徳(愛知県芸術劇場)
照明ディレクター、デザイン:髙田政義(RYU)
照明オペレーター、デザイン:上田剛(RYU)
音響:久保二朗(ACOUSTIC FIELD)
舞台監督:川上大二郎(スケラボ)、守山真利恵
舞台監督助手:峯健(愛知県芸術劇場)、松嶋柚子
舞台:(株)ステージワークURAK(中井尋央、浦弘毅、森田千尋)
衣裳:渡辺慎也
衣装管理:菅井一輝[東京/北九州]、佐藤亜矢[愛知]
リサーチ・構成・美術製作進行:丹羽青人(Dance Base Yokohama)
振付アシスタント:堀川七菜(DaBYレジデンスダンサー)
制作:宮久保真紀、田中希、神村結花(Dance Base Yokohama)
企画・共同製作:Dance Base Yokohama、愛知県芸術劇場


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