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映画『世界で一番美しい少年』:50年を経て語られる『ベニスに死す』の美少年ビョルン・アンドレセンの当時とその後

ドキュメンタリー映画『世界で一番美しい少年』(2021年スウェーデン)。イタリア出身のルキノ・ヴィスコンティ監督による1971年の映画『ベニスに死す』で監督に見いだされてタジオ役で出演し、全世界から称賛された俳優、ビョルン・アンドレセンを追った映画だ。

1955年生まれのビョルンは、父を知らず、アーティストやモデルだった母は失踪後に亡くなったため、寄宿学校に通った後、祖父母に引き取られる。祖母は孫が有名になり稼ぐことを夢見たようだ。

バンド活動をしスウェーデンの映画に端役で出演した後、ストックホルムでヴィスコンティが行ったオーディションを受けた。15歳だった少年は高身長で美少年。ヴィスコンティは彼に下着1枚になるように言い、撮影させる。

トーマス・マン原作の小説を映画化した『ベニスに死す』はヒットし、一躍有名になったビョルンの元には取材が殺到、日本などから手紙が届き、来日もしてテレビ出演や歌の収録に臨んだ。

漫画家の池田理代子(本作に出演し、来日したビョルンに会っている)は、『ベルサイユのばら』の主人公オスカルのモデルはビョルンだと明かしている。

世界で一番美しい少年2

現在のビョルンは小さなアパートに住み、音楽を制作して細々と(と見えるが財産はあるのかもしれないが)暮らしているらしい。不潔な暮らしぶりと火元への不注意さで大家の不審を買い、追い出されそうになったところを、恋人の女性に家の片付けや掃除を手伝ってもらって、なんとか切り抜ける。俳優としても活動を続け、2019年のアメリカ映画『ミッドサマー』に出演した。

『世界で一番美しい少年』のタイトルは、ヴィスコンティがビョルンを形容した言葉から取られている。

ビョルンはこの映画で、パリ、東京、ベニスなどを再訪してかつての知り合いに会い、妹や娘と過去について話し、映画出演やその後の苦悩、母親と自身の幼子の死などを振り返り、また人間らしく生きようと前を向く。

本作には、家族とのプライベートな写真やビデオ映像、テープの録音音声も織り交ぜられている。

世界で一番美しい少年3

『ベニスに死す』の出演後に演劇学校に通って結婚もしたものの、酒におぼれていて自暴自棄になっていたという。まだ子どもだったのに真に頼れる人はおらず、誰からも守られずに、金のなる木としておだてる連中ばかりに取り囲まれて、大変な半生を送ってきたのだろう。児童虐待に近いのではないかと思うが、50年前のみならず、今もそうしたことが繰り返されているのかもしれない。

ビョルンはすっかり老けてはいるが、相変わらずたたずまいは美しい。声も言葉も表情も、絵になってしまうというか、スター性やカリスマ性はやはりあるのだと思う。しかしそれも、15歳のときから体に染み込ませられてきたものなのだろうか、わからない。

私は彼の顔が好きなわけではないが、『ベニスに死す』のリバイバル上映をわざわざ映画館で見たとき、この少年は、この後どんな人生を歩むことになってしまったのだろうと勝手に心配していた。まだ無事に生きていて、ノンフィクション映画に出て自分の過去と現在と未来に向き合おうとしている姿を見て、少年の頃の痛ましさを感じながらも、なんだか少しほっとした。

世界で一番美しい少年4

ゲイと公言していた(と本作では述べられていたが、ネットではバイセクシュアルという情報もある)、イタリア貴族の生まれだったヴィスコンティは、本作に登場するアーカイブ映像で、イタリア語、フランス語、英語を話す。ビョルンも英語を話すようだ。

ヴィスコンティは『ベニスに死す』は性的な表現ではないと述べていたが、エロティックさを完全に排除した演出とも思えない。

ビョルンが、ヴィスコンティの指示は「歩いて、止まって、振り返って、笑え」の4つだったと語っており、『ベニスに死す』の映像が映し出されて、確かにそのとおりの演技が多々見られたなと思い出した。

彼の演技のぎこちなさがよかったのかもしれないが、『ベニスに死す』は私にとって居心地の悪さを感じさせる映画だ。少年への中年男性とカメラ(監督と言い換えられるかもしれない)の視線が気持ち悪いからだ。それも含めて傑作と評価されているのだろうが、後味が悪い。

「謎めいた」「得体のしれない」美少年として描き出されたビョルンが、この映画『世界で一番美しい少年』で自分の言葉を使って語ることができたのはよかったのだろう。数えきれないくらい何度もカメラの前に立ち、実の娘とも11年も会わなかったりした人なので、何が本音かは誰にもわからないかもしれないが、なんとなく、作り込まれたのではない彼の姿が映し出されていると思った。

世界で一番美しい少年5

ビョルンが少年の頃の来日時に、日本語で歌を収録し、CM出演していたこととか、全然知らなかった。本作のエンドクレジットでも彼による日本語の歌が流れていた。何度も訪日し、日本が好きと言っているようだが、かつて本人の意志や人格を無視した仕方で仕事をさせていたのだとしたら、彼が日本を気に入っていることで、当時の大人たちによる行いを帳消しにしてはいけない。

作品情報

2021年製作/98分/G/スウェーデン
原題:Varldens vackraste pojke
英題:The Most Beautiful Boy in the World
配給:ギャガ

監督:クリスティーナ・リンドストロム、クリスティアン・ペトリ
製作:スティーナ・ガルデル
撮影:エリック・バルステン
編集:ハンナ・レヨンクビスト、ディノ・ヨンサーテル
音楽:アナ・フォン・ハウスウルフ、フィリップ・ライマン
出演:ビョルン・アンドレセン、池田理代子、酒井政利ほか


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