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#46 頭で考えてることと、あべこべのことをやらせるんだ。

ああ、悪魔が来りて笛を吹く。
小説家 横溝正史

#1コマでどれだけ語れるかチャレンジ

どんな人にも目的が存在すると考える。

それは漫然と今日を生きる事かもしれないし、将来の為に何かを積み上げる事かも知れない。

基本として、何かを食べなくてはならないし、ある程度は寝なくてはいけない。

息を吸わなくてはならないし、吸ったら吐き出さなくてはならない。体中へ血液を送り出さなくてはならないし、そのためには血液を一度集めなくてはならない。

たとえそれが無意識化で行われることでも、生きるという目的の為に達成される。

それらの多くを司っているのが、「神経」と言う機能だ。

神経とは動物に見られる組織で、情報伝達の役割を担う。

とあった。

情報を伝達している。という事は、当然、指示を出している機能がある。それは脳だったり脊髄だったり、最近だと腸とかも言われていたりする。いずれも生命活動を維持するという目的があってそのための指示である。

だから、このコマを良く読むとある種の恐怖に駆られる事になる。

是非、きちんと読んで欲しい。

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てんとう虫コミックスドラえもん第1巻収録「コベアベ」からの1コマ。

F先生もA先生も大好きな、もしもいつもとは逆になったら。
の笛バージョン。

まずとにかくこのコマは構図が良いと思う。
集中線がコマの中央で集まる場所には、今回のひみつ道具コベアベがある。

のび太とドラえもんを左右に配置して、真ん中には集中線を書かずに余白としているのがとても見やすい。今回の道具はこれです。ってことだ。

ドラえもんは手をあげてコベアベを出しているので、必然として必要のない下半身は描かれておらず、2人ともバストアップの構図になる。ドラえもんの左手がちょっとだけ描かれているのがカワイイ。

良く見るとドラえもんは余白の中にいるのに、のび太は左の集中線に被って配置されている。これは、このコマのメインがコベアベとそれを説明するドラえもんであるからであり、それをみて「わぁ!」というリアクションをするのび太がサブに回っている事を表している。のび太にはセリフも無く、驚きと嬉しさ、ワクワク感を表情だけでわからせる先生のタッチに相変わらず痺れる思いだ。

そして、問題のセリフを見ていただきたい。

素晴らしいポイントとして僕がお伝えしたいのが、3つの吹き出しに分かれているという事だ。

①コベアベというふえだよ。
②これからでる電波で神経のはたらきをかえて、
③頭で考えていることと、あべこべのことをやらせるんだ。

これは意味で分析するとこうだ。

①名前とカテゴリー
②仕組みと作用
③効果

この3つの文章の読みやすさったらない。

無駄がなく頭にスッと入ってくる。ここで説明されていないが、道具の使い方として笛は吹けばいいというのは、明白なのでいらない。

ドラえもんが言うのセリフの中では、やはり道具の説明は長くなりがちだ。このコマの文章量もやはり同じ話の他のコマと比べたら多い。だからこそ、洗練された言葉選びになるのだと思う。

このコマで言えば文章の区切りが適切に行われた事で、1コマに3つもの吹き出しが書かれることになったとも言える。読者である小学生が、道具の説明という長くちょっと複雑な文章を、無理なく理解できるようにするための工夫でもあると思う。

一つ一つの文章が区切られて短くなることで、複雑な構造を単純化しているのだ。そのことを意識しなければ、別に1つの大きな吹き出しにしてこのセリフを収めてもいいハズだし、その方がコマへの書き込みも少なくて済んだハズである。

この分かれた3つの吹き出しは、一定の距離を持って配置されている。この距離感もまた抜群だと思う。このような読みやすいコマの配置の為に、このコマは横長の長方形になったのではないだろうか。

先ほど、ドラえもんの左手が少し描かれているのがカワイイと言ったが、たぶん、元の絵はもっと大きかったのではないかと考えた。

腰かお腹くらいまであったのではないだろうか。それがセリフとのレイアウトの為にバストアップにカットされているのではないだろうか。のび太の位置も、元の絵を切り取って移動させて配置したのではないだろうか。

それもこれも、全ては読みやすさの為であると考える。

そして、設定上での理由としては、

ドラえもんがのび太に理解できるように簡単な言葉を選び、簡潔にそして丁寧に、説明を大いに端折っている

という大事な事が見えてくる。

連載中期ごろから良くあるパターンとして、ドラえもんが道具の説明をクドクドとし出すと、のび太はそれを聞かずに道具だけ持って出て行ってしまう。

それは、物語のキーポイントや複線として使われることもあるし、のび太というキャラクターが読者である小学生と同じ目線で、難しい話は理解しようともしないからでもある。

のび太でも理解できるような、ひみつ道具の説明。という点で考えた時、僕たちも人に何かを説明する際は、このコマのドラえもんの説明の仕方がお手本になるのではないだろうか。

わかりやすさと面白さを同時にやってのけているであろう、このコマはまさに読み流すには惜しい珠玉の1コマだ。是非、そんなことを思いながらまじまじと眺めて欲しい。

ここでセリフに戻る

①コベアベというふえだよ。

②これからでる電波で神経のはたらきをかえて

③頭で考えていることと、あべこべのことをやらせるんだ。

この②に注目してほしい。コベアベは、

電波で神経のはたらきをかえるのである。

このひみつ道具コベアベは、ストーリーこそドタバタコメディと大いなるギャグのオチで終わるが、一旦立ち止まって考えてみれば、恐ろしい行動矯正ツールであるとも言える。

一体、なんの目的でこれは作られたのだろうか。面白グッズだろうか?

その働きから、いくつか仮説を立ててみた。

仮説1:人・動物の行動矯正のため
仮説2:護身のため
仮説3:洗脳や自白のため

■仮説1の人・動物の行動矯正のため
作中でも、悪い事を使用としている人の行動が、このコベアベによって抑制されている。最初こそ、ママの小言を避けるために使われたが、その後はバットでスネ夫を殴る事だったり、しずちゃんの家に入った強盗の仕事を阻止する事だったりする。

コベアベは使用者にとって不都合な結果がもたらされそうな時、その音色で自分にとって都合の良い展開にする事ができる。この事から考えたのが、コベアベは困難を抱える人とそのケアをする人の為のひみつ道具なのではないだろうか。というものだ。

※これは種々のご意見や倫理的観念からの指摘なども予想されるが、あくまでも個人的な見解。

世の中には、困難を抱えていて感情や行動の抑制が効かず特別なケアを必要とする人達がいる。その人達はやってはいけない事をやってしまう事があり、それは理屈や理性ではないため、抑制が効かない。そのような人達の為に、必要な心理的ケアや抑制を促すような成分の投薬などによって緩和・改善させようというのが現在の対処方法となっている。

先ほど、恐ろしい行動矯正ツールと言ってしまったので、とてもイメージが悪いが、常識・倫理的にやってはいけないことをしてしまうような状況で、このコベアベを吹くと少なくともその行動を抑制できる訳である。

■仮説2:護身のため
誰かに襲われるという事は、正直滅多にない。しかし、そういった脅威は確かに自分の身の回りに存在する。特に力の弱い子供がその対象かもしれない。

襲われるという事は、相手側には「襲おう」という意思が存在する事になる。このような危険から身を守らなくてはならない子供たちには、このコベアベを持たせると効果的な使い方が出来るかもしれない。

いざ自分が襲われてしまうかもというタイミングで、コベアベを吹くのだ。そうすると、「襲おう」としていた人は、吹いた人間を「守ろう」とする事になる。

合気道の最も究極の業は「自分を殺しに来た相手と友達になること」と、合気の神様である塩田剛三氏も言っている。これをコベアベは可能にするのである。有効な使い道であると言えるだろう。

そして、子供でも笛を吹く事は出来るという点が凄い。コベアベはユニバーサルデザインなのである。

今、小学生の子供たちのランドセルには、防犯ブザー的な物が付いている。登下校中などで不審者が近寄ってきたときには、このブザーを鳴らすのである。ブザーは周囲の人達が異変に気が付くのに十分な程、大音量である。

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不審者はその音を聞き、自分の行動を抑制してその場から立ち去る。というのがこの商品の狙いとなる。現代社会にあるものでは、コベアベに近いのは音という意味ではこれなのかもしれない。

■仮説3:洗脳や自白のため
仮説1や2の使い方は、あくまでも善意に基づいた使い方と言うか、他人を傷つけたり搾取するための使い方ではない。

だが、いつでも善悪とは表裏一体である。

宗教上の理由や信念から、何らかの行動はしないという事はごく自然に存在する。しかしながらコベアベを使えば、その理由や信念があるために、そのしてはいけない行動をとらせることができてしまう。

例えば、大前提の倫理として「人を殺してはいけない」という物があるとしよう。誰かから銃を渡されて「あいつを撃ち殺せ」と言われたら、あなたはどうするだろうか。拒否するに違いない(そうであって欲しい)。

しかし、拒否したところで相手がコベアベを吹いたらどうなるだろうか。

あなたは「人を殺してはいけない」という意思を持っている事によって、誰かを撃ち殺す事になる。

さらにコベアベは、名誉の為に黙秘を続ける人の口を簡単に割らせることが出来る。黙っていようという意思を、話そうという意思に変えられるからだ。

このようにコベアベには恐ろしい一面がある事がわかる。というか、本当に恐ろしいのはその効果を悪事に利用しようという人間側なのかもしれない。というかこんなことを考える僕がサイコパスなのかもしれない。

■コベアベの効果の本質について
ここまで読めばわかるように、思っている事とは逆をしてしまう事になる。というのが本質だ。意思が強くてはっきりしていればいるほど、その意思とは逆に行動させられてしまうのだから恐ろしい。

これはどう解釈するかについては、順序だてて考えてみよう。

何かをしようと言う意思が存在する。
この意思を、行動を起こそうという最初のエネルギーとする。
このエネルギー(意思)を使って、実際の行動を起こそうとする。
行動を起こすためには脳からの指示を神経を伝わらせる。
その指示が神経から筋肉に伝わり行動が起こされる。
これによってエネルギー(意思)は消費される。

しかしコベアベは音波によって、脳からの指示が筋肉に伝わる前に干渉する事が出来る。

「神経のはたらきをかえて」とドラえもんは言う。

これは想像だが・・・

コベアベから出る音波は、神経に作用して一旦、対象者の脳に届く。

そして脳にあるエネルギー(意思)とは逆の事をするような指示を、脳に出させるのである。エネルギーの消費の仕方を変えているのだ。

意思とは関係なく・・・というか意思がある事によって、逆の行動をするような指示を、対象者の脳自身に出させているという事だ。

そしてコベアベの音色、音波が届くのは、耳だ。耳の神経は目や鼻、口と言ったような機関と同じ様に脳に最も近い神経の集まりでもある。音は光の次に速いと言ってもいい。そして、目よりも勝手に耳に入ってくるという点で、抗いにくい。目はそらしたり、閉じればある程度は防げる。耳はとっさに無音にする事はなかなか難しい。だから、作用をさせるのに効果的だ。

コベアベに掛けられている人間の生理構造と脳と神経を研究しつくしたバイオ科学、音波音声を出す楽器であるというプロダクトデザイン。22世紀のひみつ道具メーカーには脱帽である。

尚、コベアベの初出は、1972年だ。2021年から49年前。半世紀前も前の事だ。F先生の生み出した物は、2021年の今でもまだたどり着けそうもない。そういった意味でも、未来のひみつ道具というネーミングがしっくりくる。


是非このコベアベが開発されたならば、僕が絶望して何にもやりたくなくなっている時に吹いてほしい。そうしたら、希望に満ち溢れてやる気満々な僕がそこにいるハズである。・・・それがまだ僕であるならば、だが。

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