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正解のない食の押問答〈後編〉 稲田俊輔×TaiTan対談 in青山ブックセンター本店

稲田俊輔さんの『食いしん坊のお悩み相談』の刊行を記念し、ラッパーのTaiTanさんをお招きして開催したトークイベント。その盛り上がりをレポート記事にしてできるだけお届けしております(前編はこちら!)。
おいしいってなんだろう。お二人の味覚と言語化への飽くなき探究心の一端を覗けます。後編はライブ版お悩み相談も!


◆TaiTanさんのお悩み検証会

TaiTan この間ちょうど経験したんですけど。お昼に都内某所を歩いてたら、料亭があったんですよ。高そうな料亭だなと思ったら、ランチ営業やってますと。値段を見たら、まあ安かったんです。ネットでちょっと調べたら、普段(夜の平均予算)は2万から3万。だからまあちょっと入ってみようかなと。で、料理の具体的な写真は見ずに入ったら、店内は結構質素で。料亭というよりは蛍光灯が目立つ感じだったんですね。で、結果からいうとその店で山菜そばを頼んだんです。料亭ですから、お昼といえどさぞやおいしいでしょうと。……と思って食べたら、何も味がしないんですよ。

稲田 何も、味が、しない。

会場 (笑)

TaiTan 本当に何も味がしなくて。塩とか振っても紛れないくらい元の味がしないんですよ。料亭でこの感じかぁ、と。シンプルにおいしくないと思ったんで、一旦箸を置いて、この店はそもそもなんなんだ?と調べたんです。そうしたらその店の親会社であろうところが、ネットに上がってて。そこが主にやっているのが介護食の事業だったんです。介護食の事業の傍らで始めた料亭だったんですね。つまり、向こうで使った食材や料理がこっちにも流れてきている。だからこの味なんだなって。
そう思った瞬間に、僕はちょっと食べれなくなっちゃって。で、僕このことにずっとモヤモヤしていて、果たしてあの山菜そばをおいしく食べるという選択が、それこそ稲田さん流に言ったら「世の中にまずいものなんてない」っていう気持ちの切り替えができたのかな?というお悩み相談です。

稲田 なるほどね〜。

TaiTan かなり難しい問いだと思うんですけど。要はめちゃくちゃシンプル言うと、知らなくても良かった情報が入ってきちゃった時に、このご飯に向き合えなくなる。そういう時ってどうしたらいいですか?

稲田 まずですね、前提としてその山菜そばですが、最初から作り手がこういう味にしたいと思ったものが出てきたのか、単なるミスであった可能性はないか、という。僕だったらまずそこから疑う。あまりに味がしない以上は何かミスっているだろうと。とりあえず分岐がありますよね。単なるミスであった可能性と、意図していた可能性。

では、一つずつ片付けていきましょう。ミスがあったとしたら、やっぱりミスって——僕もほら一応料理をやってるから——絶対ゼロにはできないのね。その場合、かえしというか、味付けの部分にあるんじゃないかな。
記憶を辿って下さい。どこにミスがあったのか。

TaiTan 取り調べみたいだな……(笑)

会場 (笑)

稲田 味がないと言うのは、いわゆる醤油やみりんの出汁がなくてお湯みたいだったがゆえに味がないのか、出汁は一応ちゃんと取られてるんだけど、味付けの塩、醤油、砂糖、みりん、そういうものが薄かったか。どっちだったと思います?

TaiTan えっとですね。まず前提として、汁だくのものというよりは冷やしそばみたいな、混ぜて食べるもので。下の方に出汁というか、醤油とかみりんとかのものが溜まっていたんですけど、それを全体に絡ませても、味がしないんですよね。

稲田 わかりました!一応、その冷やしそばの汁自体には味があった。単体で啜ったら味がする。ここでミスの可能性がほとんど消えたと思います。完全とは言えないミスというのは起こりうるけど、味付けの量が少ないミスは起こりにくいので。
じゃあ意図的なのか?ということですよね。介護食の会社が母体だと知らなかった状態に戻ってみましょう。つまり、それぞれには味がついているが、混ぜると味が薄い。しかもそこは一応建前上は料亭ですか。ということはおそらく“上品”。これを意図していた。必ずしも上品と高級感がイコールではないが、少なくともこの“上品”、“薄味”によって高級感を演出することで、1500円を納得させようという意図があったのではないかと。
山菜そばでしょう?立ち食いそばに行っても300円台、高くても500円で食べられるようなものなのに。そこに1500円を求めるには高級感を出したかった。無理やり湯葉やエビを乗っける方向性もあるけど、それはそれで下品になっちゃうので、味付けを上品にすることで高級感、“割烹らしさ”を出そうとしたけれども、その意図がちょっと滑っている感じがしますよね。そばはねぇ、ある程度味がついてるのが食べたいですよねぇ。

TaiTan 要はそのお店の狙いというか意図、基本的な方針としては“体にいいもの系”を、ということでしょうね。

稲田 そこなんですよ、介護食が親会社なので、おそらく“減塩”みたいなもの。それこそ病院食とか、あの界隈でいう減塩というのは、我々が考えているのとは桁が違う。

TaiTan あれは本当に桁違いますよね。

稲田 ご存知の方もいらっしゃると思うけど、「一食で塩分何gまでにしましょう」という基準があるんですよね。僕は一応、家で作って食べる時は日本人の平均よりかなり減塩をしているつもりなんです。一箇所でガツンと塩を使う献立を組むみたいなことも、自主トレ的にはやったりするんですけどね。それで、今日うまいことやったなぁっていう時は、なんだかんだ1食で塩分4gとか使っちゃうんですね。
でも、減塩食だとその半分以下なんですよ。例えば、ラーメン二郎ってありますよね。あれ多分、1食で(塩分)20gとかいきます。汁まで飲み干したらね。でも、介護食や病院食界隈は桁が違う。確かにそばって何も考えないと、二郎ほどじゃないけど、かなり塩分を摂るから、彼らの基準値に合わせようとするならば富士そばの3分の1くらいの介護食味になる。まあ、納得はいきますと。ええ、納得はいきました。
つまりこの出来事はですね、TaiTanさんのチョイスミスですね!

会場 (爆笑)

TaiTan そんな回答、聞いたことあります!?

稲田 ほら、ここまで突き詰めないと自分のミスって認めづらいじゃないですか。

TaiTan 認めづらいですけど(笑)

稲田 これは僕が“不幸な出会い”と呼んでいる事件ですよ。そういう店でそばを食べちゃいけなかった。

TaiTan あ〜それはそうかもしれないですね。親子丼とかだったかなあ。

稲田 そもそも減塩に向かない料理が多そうですね。例えば、いろんなもの
がちまちまある定食みたいなのとか、ああいうのだったら減塩してもいけるはずなんですけど。一番減塩食として選ぶべきものではないものを選んじゃう。それは店側のミスでもある。ミスというか、若干力足らずというのか。まあそこを責めてもしょうがないのでね。

TaiTan だからまあ、そういう界隈があるんだっていうのを知ればこそですね。

稲田 本当はそのお店に入る時に、そういう界隈の店であるというのを……。

TaiTan 無理ですよ(笑)

会場 (笑)

TaiTan 食べて調べてみて、結果が出てきた時、ほら!って。まったく予想しようもないですよ。介護食事業と直結しているからフィロソフィーはそういう感じなんだなという。でも、今食いたいもんじゃねぇな、みたいな。

稲田 それでいうと、塩分1.5g以下、通常の3分の1の塩分です、みたいなものを求めているおじいちゃんとかいるよね。お金持ちのおじいちゃんとか。

TaiTan だから2万、3万の単価が成立するんだ。

稲田 そういうことですよ。だから、そういう意味ではTaiTanさんのチョイスミスではあったが、そこまでわかっていたら来るべき未来、50年後くらいの未来を今シミュレーションしてみるという、そういう楽しみ方はできた。

TaiTan すごい。ちゃんとしましたね。確かに。50年後に自分がこういう飯を食うかもなっていう楽しみ方。

稲田 そうそうそう。

TaiTan いつか俺らだって食うかもしれない。今更後悔してもしょうがないですもんね。今度料亭を見つけたら気をつけてくださいね。

稲田 はい(笑)

TaiTan いや〜、素晴らしい。これ稲田さん答えづらいだろうなと思ってニヤニヤしながら持ってきたんですけど、ちゃんと答えてくれて。

稲田 私もドキドキしましたよ。どう持っていってどう落とそうか、かなり悩みました(笑)

◆答えられない質問

TaiTan こういう変化球みたいな相談もちゃんと受け止めてくださって。何を当てても返してくれますね、これ。

稲田 いやぁ、意外と返せないものもあるんですよ。

TaiTan それはどういった?

稲田 あのね、質問が良すぎて。ある種の哲学的なところまで到達していて、すごくいい質問だなぁ、これに答えられたら「まず味」理論くらいの新しい概念が生まれるなぁって。そういうやつほど、今の僕では迂闊に答えられない。

TaiTan なるほどなぁ。

稲田 やっぱり、いただく質問のすべてに答えられるわけではないんですよね。だから半分かそれ以上は積み質(つみしつ=積まれていく質問)。積まれていく中には良すぎるがゆえに積まれてしまう質問がいっぱいあるので、僕それを時々遡って見たりするんですよ。
5年後くらいに、5年分成長した暁には、出した人も忘れているかもしれないんですが、ひょっこりニッコニコで答えてるかもしれないです。ついにこれに答えられる日が来ました!みたいな。

TaiTan 稲田さん、わりとロジックで仮説を立てるじゃないですか。そんな稲田さんが、これに答えられたらもう全うしたな、みたいな質問もあるんですね。

<会場からのお悩み相談コーナー>

稲田 せっかくなので、会場の皆さんからご質問などあればお答えしたいと思います。

●Q1  漬物嫌い

相談者Ⅰ 私、結構遠くから来ていまして。

稲田 はるばる、どちらから?

相談者Ⅰ 山口県です。

稲田 めちゃくちゃ遠いじゃないですか!

相談者Ⅰ 東京に用事があって来ていて、たまたまこのイベントを見つけました。

稲田 どうもありがとうございます。

相談者Ⅰ お漬物が嫌いで、祖父から「日本人のくせに」とずっと言われてて。苦手なものって、例えばうちの子どもは辛いのが嫌いで、そういうのって克服した方がいいのかな?と。困ってないから別にいいんじゃないかとも思うんですけど、それは食いしん坊としてどうなんだろうと思って。

稲田 結論からいうと、克服したくなければする必要はないっていうのが原則だと思います。だけど、苦手を克服するということは、食べるものの選択肢が少なくとも一つ増えるということで、克服することのメリットはあっても、デメリットはないじゃないですか。
絶対に得する戦いなので、これは。そういう意味では、克服しない理由は何一つないっていうふうに自分は思います。
お子さんが辛いものが苦手なんですね。脅すわけじゃないですけど、辛いものが苦手だと将来的にすごく狭まるみたいなところはあるじゃないですか。辛さだけによって、カレーのうちの何種類かを食べられなくなったり。辛いものの克服ってどうしたらいいんでしょうね。

TaiTan 確かに、辛いものって基本コショウかチリじゃないですか。結構痛いですよね。

稲田 うん、難しいな。僕は辛いものを克服しようなどと思ったことが一度もないんですけど、やったことがないから克服の仕方もわからない。辛いもの苦手なんですよって言う人は多いけど、辛いもの苦手な人の感覚がわからないので、身近に辛いもの苦手だったけど克服したっていう方を見つけるのがいいんじゃないですかね。
お漬物はもういいでしょ! おいしいし、僕は大好きですけど、漬物ってはっきり言って日本食の世界から衰退していくばかり。あとは今、それを好きな人が大事に大事に保護活動をすればいんじゃないかな。これから漬物のブームがきて「漬物、今年くるよー!」みたいなの、ないじゃないですか。なので、いいんじゃないですかね。

相談者Ⅰ はい、ありがとうございました。

●Q2 白ごはん+甘いおかずが苦手

相談者Ⅱ すごく個人的で需要があるかわからない相談なんですけど。それ単体ではいいんですけど、こと白ごはんと一緒に食べるとなると、甘い味付けがすごく苦手です。例えば、一般的なサバの味噌煮とか、ハンバーグのデミグラスソースとか、焼き肉のタレとかも、あんまりおいしくないと思っていて。
そうなった時に、一般的なレシピでも、もう少しシャープな、しょっぱい方に寄せる方法だとか、こういうジャンルのおかずはシャープめだとか、例えば同じ和食でも、このお店はちょっと外れているお店だよとか、もしあれば。

稲田 はい、わかりました。その思考は、僕とかなり近いと思います。話を伺っていると、僕よりもう少し極端な気がしなくもないんですけれども。
あの、わかります。僕もね、それこそ焼き肉のタレとか、いわゆる醤油と砂糖とみりんみたいなものをベースにしたああいうタレ的な甘じょっぱさで食べるのが苦手。多少甘いのは大丈夫ですか? 程度の問題?

相談者Ⅱ 程度の問題。甘すぎるとちょっときついなって。

稲田 はい。それは多分、僕とものすごく近い。一つは、焼き肉のタレとかを買う時。焼き肉のタレって買います?

相談者Ⅱ 買います。

稲田 お好きな銘柄とかあります?

相談者Ⅱ いや〜普通の、エバラとかですね。

稲田 はい。市販の調味料を買う時に、焼き肉のタレでもポン酢でも何でも、裏の成分表示を見て下さい。で、どこを見るかというと、食塩相当量もしくは塩分量と、炭水化物もしくは糖類。この二つを見てください。で、炭水化物のところは、炭水化物と書いてあるけど、ほぼほぼ砂糖だと思ってもらって大丈夫です。なので塩の量と炭水化物の量を比較して、比率を出してください。パーセントを。

会場 (ざわざわ)

稲田 パーセントを出した時に、炭水化物のパーセントが塩に対して低ければ低いほど、当たり前ですが甘くない。スーパーで焼き肉のタレとかが並んでる棚で比較をすると、甘さが強くないものがどれかがすぐにわかります。

もう一つ、これすごい役に立つと思うんだけど。焼き肉のタレでも何でもそうなんですけど、リリース時期が古ければ古いほど甘さが少ないです。エバラのたれも、黄金の味とか色々種類があるでしょ。味は一緒と思うでしょ、ところがエバラ、あの何もついてない、単なるエバラ「焼き肉のたれ」と、エバラ「焼き肉のたれ 黄金の味」と、あと最近出たエバラ「極旨 焼き肉のたれ」みたいなやつを比較すると、もちろん何もついていない「焼き肉のたれ」が一番古いんだけど、あれが甘さが少ないです。裏の表記を見てパーセントを出してみてもそれは明らかで、倍くらい違います。
で、ちなみに焼き肉のタレに関して言うと、各メーカー基本的に昔のものの方が甘くないんですが、一番甘くないのは「ベルのたれ」。北海道のベル食品のたれです。使ったことある方いらっしゃいます? あ、やっぱりあんまりメジャーじゃないんだ。北海道では各家庭に必ずあるみたいな、本当かわからないですけど。その「ベルのたれ」をもし見かけたら、市販の焼肉のタレの中で一番シャープでソリッドなので、ぜひ。
古い時代の方が醤油やみりんだけで、現代的なものほど旨味と甘みが増していくというのは売っている商品だけじゃなくて、お店もそうです。特に東京だと、下町で昔からやっている店みたいなところに行くと、いろんな味付けが見られる。「こんなところにこんな味が!」という発見があるので、古臭い老舗をぜひ探してください。ただし、老舗は逆に、信じられないくらい極端に甘いということも稀にあるので、失敗は覚悟の上で古い店に行くと、お好きな味に出会いやすいかもしれないです。

相談者Ⅱ ありがとうございます。

●Q3 もし味覚を失ったら?

相談者Ⅲ この前コロナになった時に後遺症で味覚と嗅覚に障害があって、このまま続いたらどうしようと、絶望して。まあ治ったんですけど、食べるのが好きなので生きてられないなと思ったんです。
稲田さんがもしコロナなどで味覚が落ちたり、失ったりしたら、どういうふうにされるのか、聞きたいなと。

稲田 難しいですね。心配しますね、もしそうなったら。カレーの香りも味もわからないってなったら。実際、僕も心配したんだけど、その時は「自分は意外と運がいいから大丈夫だろう」と思うしかないですよね。ただ、そうは思ってたんですけど小心者でもあるので、もしそうなったらどうしようと。正直、自分がどうこうよりも自分の仕事の方を心配しました。意外と真面目だぞっていうね(笑)。
例えば、エリックサウスはじめ飲食店の仕事とか、味見してもわからないような状態はどうしようっていう。
でもカレーでもなんでも、ロジックで数字を組んでいるところがあるので、あとは微調整でしかない。味覚がなくてもロジックは組み続けられるから、ロジックを信用できる舌の持ち主に託して、調整をしてもらえばなんとかなるかなあと思ったんですね。
その次に、自分の食べる楽しみがなくなった時にどうしようって思った時に、この本にもまさに書いたんですけど、おいしいもの、食べ物について考える時間は、おいしいものを食べることと同じくらい楽しいっていう。これは僕、真実だと思っていて。おいしいものを食べるのはお腹いっぱいになったらそこまでだけど、考えたり書いたりするのは基本的に無限にやれるから、まあそっちの楽しみだけでも残ったらいいんじゃないかと、楽天的に考えます。でもこの話はここで終わりじゃなくて、食べることについて考えたり、書いたりするのが楽しいのも、やっぱり実際に食べる楽しみを味わっているからかもなあと。そこはちょっと結論が出てないですね。

相談者Ⅲ ありがとうございます。

●Q4 食べる楽しみは後天的に身につくのか?

相談者Ⅳ 自分は正直、食に無頓着で、今日も友人に連れられて、あと「奇奇怪怪」のTaiTanさんもいるっていうので来たんですけど、自分は小さい頃からお菓子とか味の濃いものが好きで、食の英才教育を受けてきていないので、これから食を楽しめるかっていうのが不安で。この前、下北でカレー食った時も、クセが強すぎてこれは太刀打ちできないなみたいな。これは違う教育を受けてきた方たちの食べ物んだなって……。これから俺、楽しめるのかなっていうのと、稲田さんはそういう英才教育を受けてきたのかっていうのを聞きたいです。

稲田 そうですね、ある意味最高に難しい質問かな。

TaiTan 後天的にアジャストできるのか、ってことですね。

稲田 正直、自分は食に関しては恵まれた環境で育ったと思うのでそこはラッキーだったなと思うんですが、同時に、自然と食べ物にこだわるようになったというよりは、「食べ物にこだわるぞ」って決めてこだわるようにしているんです。それこそ後天的にね、自らの意思でそうなったっていう人は周りにもいます。
そもそもこれは食べることに限らない持論なんですけど、人が何かを好きになる時って別に自然と好きになるんじゃなくて、その何かを好きな自分になりたいんじゃないかな。TaiTanさんの前で言うのが適切かどうかわからないけど、もしかしたらヒップホップが好きっていうのも、「俺はヒップホップが好き」っていうのがもちろん芯にあるのと同時に、「俺はヒップホップが好きな俺になりたい」。アーティストそれぞれに対しても、「Dos Monosって難しいけど、俺はこれを理解して楽しめる人間になりたいから好きになる」みたいな。わりとそういう信念とか理屈から入ってものを好きになるって、普通のことだと思うんですよね。
なので、もしこれから「食べることが好きになりたい」と思ったら、それは堂々と「食べることが好きと言える自分になりたい」と変換してもらっていいし、理屈から入るといいと思います。食べ物のおいしさについて語っているテキストとか、まあ自分の本も含めて、世の中に色々あるので、「なるほど、食を楽しんでいる人というのは、こういうふうに楽しんでいるんだ」というのを頭で理解するところから、理屈から入った方が入りやすいんじゃないかな。ある人が、ある食べ物をすごく深く、しかも情熱的に楽しんでいるというのを読んだら、それを自分でも真似してみる。そこと同じお店に行って同じメニューを頼んで、わからないかもしれないけど、同じ感想を無理やり持ってみるみたいな。人の真似をすることでその人みたいになりたいと思える対象ができれば、多分いけると思います。自分の感覚だけに頼らない方がいいかなとは思います。

相談者Ⅳ ありがとうございます。

TaiTan 下北のどこの店に行ったんですか? 気になる(笑)

相談者Ⅳ あの、一番有名な。

TaiTan ヤム邸すかね?

相談者Ⅳ あ、そうそう。ヤム邸です。

稲田 確かに有名どころだけど、ハードルは高いと思います。

TaiTan エリックサウスはどうなんですかね?

稲田 どうなんだろう。最近その位置付けがますますよくわからなくなってきたからあんまり安易に薦められないですけど。エリックサウスと検索して、エリックサウスという店に行っていただければ、弊社が倒産する確率が少しだけ下がりますので、ぜひご検討いただければ。

TaiTan えらい遠回しだな……。

●Q5 包丁の選び方

相談者Ⅴ 調理器具についてのコラムも楽しく読ませていただいています。持っている包丁が三徳包丁と、あと果物ナイフなのですが、もし新しく包丁を買うのであれば、これがいいとか、もう十分なのかとか、アドバイスをいただければ。

稲田 個人的には三徳とペティがあれば、とりあえず大丈夫です。もう一個買うとしたら、いわゆる牛刀というやつです。牛刀というのは三徳よりもうちょっと分厚くて、三徳だとちょっと平らになっているけど、牛刀の方はちょっと尖ってます。牛刀はその名の通り、肉を切ったり捌いたりできます。出刃包丁ってあるじゃないですか。出刃包丁まで手を出しちゃうとハードルが高いというか、そこから包丁マニアにならざるを得ないので、そうならないためにも牛刀。出刃包丁の一歩手前だと思ってください。とりあえず買うならそれでどうですか。

相談者Ⅴ ありがとうございます。

稲田 僕はTaiTanさんに昔から訊いてみたいことがあるんですけど、それはまた今度いつか。

TaiTan  はい、ぜひ。

稲田 ちなみにどういう質問かだけお伝えしておくと、ヒップホップミュージシャンはいかにしてヒップホップミュージシャンになるのか。すごく素朴で根本的なんですけど。訊いてみたかったんですが、ぜひそれはまた次回。

TaiTan そんなところでしょうか。

稲田 そんなわけで、今日は皆さまお付き合いいただきありがとうございました。

TaiTan ありがとうございました。

了(2023年8月27日 青山ブックセンター本店にて。
*一部、ライブならではのトークを省略したダイジェスト版です)


『食いしん坊のお悩み相談』稲田俊輔

食いしん坊が結集! 食べる・飲む・料理にまつわるQ&Aに共感必至!!南インド料理店「エリックサウス」総料理長、飲食店プロデューサー、大ヒット料理書も多数手がける…!飲食界きってのエンタテイナーがさまざまなお悩みやギモンに答えます。エッセイを読むように楽しめる、粋な名回答64連発。東海林さだおさんも推薦!! 全国の書店にて、好評発売中。

定価:本体価格1600円+税/2023年発行/B6判・並製・200ページ

■登壇者プロフィール

稲田俊輔(イナダシュンスケ)

料理人/飲食店プロデューサー/「エリックサウス」総料理長
鹿児島県生まれ。京都大学卒業後、飲料メーカー勤務を経て、円相フードサービスの設立に参加。居酒屋、和食店、洋食店、フレンチなど様々なジャンルの業態開発やメニュー監修、店舗プロデュースを手掛ける。2011年、東京駅八重洲地下街に南インド料理店「エリックサウス」を開店。南インド料理とミールスブームの火付け役となる。食べ物にまつわるエッセイや小説を執筆する文筆家としての顔も持ち、X(Twitter @inadashunsuke)でも人気を博す。
著書は『人気飲食チェーンの本当のスゴさがわかる本』(扶桑社新書)、『南インド料理店総料理長が教える だいたい15分!本格インドカレー』『ミニマル料理 最小限の材料で最大のおいしさを手に入れる現代のレシピ85』(柴田書店)、エッセイ『おいしいもので できている』『食いしん坊のお悩み相談』(リトルモア)、『お客さん物語』(新潮社)など多数。

TaiTan

Dos Monosのラッパー。これまで3枚のアルバムリリースに加え、台湾のIT大臣オードリータンや、小説家の筒井康隆とのコラボ曲を制作するなど、領域を横断した活動が特徴。クリエイティブディレクターとしても¥0の雑誌『magazineⅱ』やテレ東停波帯ジャック番組『蓋』などを手がけ、2022年にvolvoxを創業。Spotify独占配信中のPodcast『奇奇怪怪』やTBSラジオ『脳盗』ではパーソナリティもつとめる。

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